⑳
それから私は眠り続け、目が覚めたのは翌朝のことだった。
慌てて厩舎に行ってみると、まだ早い時間なのに竜騎士や薬師が何人もいた。
「あ、おはようジョゼちゃん。もう大丈夫なの?」
気さくに声をかけてきたのは、レアンドルと親しいローランだ。
「ええ、もう魔力も回復したから。
それで、竜たちはどうなってます?」
「水色の若い方は、元気になってコラリーと遊んでるよ。
白い方は、まだ動けないでいるけど、少し食事ができるくらいにはなってる」
「そう、よかった」
「ジョゼさんの治癒魔法がなかったら、白い方は確実に死んでたよ。
お手柄だったね」
そう言ったのは、薬師のエミールさんだ。
竜に詳しいエミールさんが中心となり、治療にあたっているらしい。
私も頑張ったけど、他の人たちも頑張ったと思う。
特に、レアンドルとユーグは、王都と北東の山を二往復もしたのだから。
白い竜の傍らには、イヴェットが付き添っている。
人間が近くにいることに慣れていない白い竜を、そうやって落ち着かせているのだろう。
助けられてよかった。
早く元気になってくれるといいな。
「ジョゼちゃん。新しい竜が二頭も来たって聞いたけど、どんな感じなの?
怪我してるって本当?」
そう尋ねてきたのは、顔見知り程度の騎士だった。
今日は医務室のお手伝いをする日だ。
騎士に限らず、怪我人や体調不良の人が来ると、訓練を兼ねて私が治癒魔法をかけることになっている。
「大きい方は、まだ治療中です。回復には時間がかかりそうです。
小さい方はもう元気になってるみたいですよ」
「そ、そうか……大きい方って、どれくらい大きいの?」
「イヴェットと同じくらいの大きさだと思います」
「そんなに大きいのか!それはいいな!」
その騎士はそれだけ聞くと、なんだか嬉しそうに帰っていった。
治療のために医務室に来たわけではなかったらしい。
それからも、同じように竜のことに探りをいれてくる騎士が何人もいて、私は首を傾げた。
別に隠すことでもないので、知っていることは正直に答えているのだが、そんなに新しい竜が気になるのだろうか。
そして、それと同時に困ったこともあった。
「なぁジョゼちゃん。今日の夜、なにか予定ある?」
「今日の夜ですか?特になにもありませんけど」
「じゃあさ、俺と食事にいかない?いいレストランを知ってるんだ」
突然の誘いに、私は目を瞬いた。
「レアンドルとよく出かけてるのは知ってるよ。
でも、まだ付き合ってるわけじゃないんだろ?
だったら、俺にもチャンスくれないかな」
特に親しくしているわけでもなく、顔見知り程度の騎士だった。
悪い人ではないと思うが……
この人とデートするのは、無理だ。
レアンドルとするように、手をつないで歩いたり、竜に二人乗りしたり、そういうことを想像すると、感覚的に無理だとしか思えない。
「ご、ごめんなさい……」
「そうか……それなら、諦めるよ。無理言ってごめんな」
少し寂しそうに笑って、その騎士は去っていった。
どういう訳か、それからもデートに誘ってくる騎士が何人も現れ、私は戸惑った。
意味がわからない。今までこんなことはなかったのに。
断るとすぐに引き下がってくれる人ばかりだったのだが、終業後に医務室から厩舎に向かう途中で声をかけてきた騎士はそうではなかった。
「なぁ、いいじゃないか。少しだけ付き合ってくれよ」
「お断りします」
「そうつれなくするなよなぁ」
「厩舎に行かないといけないので、通してください」
この騎士は顔見知りですらないというのに、とてもしつこい。
口元はニヤニヤ笑っているのに、目は笑っていないのが嫌な感じだ。
私に好意があってデートに誘おうとしているのではないことがよくわかる。
「さあ、いいとこに連れてってやるから」
強引に腕を掴まれて、ぞっと鳥肌が立った。
こんな男とデートだなんて、絶対に無理だ。
「放して!」
振り払おうとしたが、私の腕力ではそれは叶わなかった。
魔法でどうにかする?
だが、相手も騎士だ。魔法を使い慣れていることだろう。
王宮内で魔法の応酬みたいなことになったら大騒ぎになってしまう。
そうなったら、私の後ろ盾であるおじ様にも迷惑がかかるかもしれない。
それは困る……
「放して!放してよ!誰か!」
どこに連れて行くつもりなのか、無理矢理私を引っ張って行こうとする騎士に、足を踏ん張って抵抗した。
「ちっ、強情だな」
舌打ちをした騎士の瞳に、剣呑な色がよぎった。
本能的に身に危険が迫っていることがわかった。
これは、騒動になることを恐れている場合ではない。
水魔法を発動しようとした時、
「ジョゼ!」
聞き慣れた声が響いた。
「レアンドル!」
振り返ると、黒い騎士服が駆けてくるのが見えて、ほっとして体の力が抜けた。
だが、私の腕を掴んだままの手にはさらに力が籠められた。
「トリスタン!なにをしてる!」
「久しぶりだな、レアンドル」
トリスタンというらしいこの騎士は、レアンドルの知り合いのようだ。
「ジョゼを放せ!嫌がってるじゃねぇか!」
トリスタンは嫌な感じの笑みを見せながら、レアンドルに見せつけるように私の腕を引いた。
息がかかるくらいの距離になり、嫌悪感で私は顰めた。
「なぁジョゼ。俺に乗り換えないか?
俺の方が爵位も上だし、こんな半端者よりきみを満足させられると思うよ」
この人、今、レアンドルを半端者って言ったの?
そう言われてるって以前におじ様が教えてくれたけど、私の目の前でそんなことを言う人は初めてだった。
心がすっと冷えると同時に、頭にかっと血が上った。
「レアンドルは半端者なんかじゃない!」
怒りで私の魔力がぶわっと膨れ上がった。
これにはさすがにトリスタンも驚いたらしく、やっと私の腕を放してくれた。
「撤回しなさい!」
「ジョゼ!落ち着け!」
「レアンドルはとってもいい子なのよ!侮辱するなんて許せない!」
トリスタンの胸倉を掴もうとした私を、レアンドルは後からガバっと抱え込んで抑えた。
「落ち着けってば!トリスタン!なにぼーっとしてる!さっさとどっか行け!」
言われて、はっとしたようにトリスタンは走り去った。
「ジョゼ、落ち着け。大丈夫だから、魔力をひっこめろ」
私を腕の中に閉じ込めたまま、レアンドルが耳元で囁いた。
トリスタンの姿が見えなくなり、レアンドルの体温を感じられるくらいに心が落ち着きを取り戻すと、やっと私の魔力も元に戻った。
そして、今度は涙が溢れてきた。
「なっ!なんで泣いてるんだよ!」
「だって……私のせいで、レアンドルが……」
「なに言ってんだよ、あんたのせいじゃねぇだろ
俺のコレは仕方ねぇことなんだよ」
今まで何度レアンドルは半端者って言われてきたのだろう。
どれだけ悔しかったことだろう。
私ですらこれだけ悔しいのに……
「あぁもう、泣くなって!」
体をくるりと反転させられ、今度は正面からぎゅっと抱きしめられた。
レアンドルの胸に顔を埋める体勢になり、私も反射的に大きな背中に腕を回して抱きついた。
汗の匂いと、僅かに柑橘系の香りがする。
「ごめんね、レアンドル」
「謝るなって……はぁ、もうダメだ。もう俺が耐えらんねぇ」
なにがダメで、なにに耐えられないのだろう、と思っていると、頬を両手で包まれて顔を覗き込まれた。
「ジョゼ。次のデートは、俺が行先を決める。いいな?」
強い光を湛える赤い瞳に、私は半ば強制的に頷かされた。
その後レアンドルが教えてくれたことによると、突然私が誘われるようになったのは、竜たちのお気に入りである私の恋人になれれば、自分も竜に好かれるようになるのではないか、という思惑があってのことなのだそうだ。
竜騎士に憧れる騎士は多いが、竜と契約できるものはほんの一握りだけだ。
二頭もの新しい竜がやってきたので、もしかしたら契約できるかも、と期待をしている騎士たちが私に接触するようになったのだ。
トリスタンという騎士もその一人だ。
士官学校でレアンドルと同期で、やっぱり竜騎士を目指していた。
当時はそれなりに仲良くしていたのだが、契約できなかったのは同じなのにレアンドルだけが特例として竜騎士に採用されることになり、それ以来なにかとレアンドルを貶めるようになったのだそうだ。
そんな性格だから、竜に選ばれなかったんだろうな。
おじ様に今日あったことを報告し相談すると、配慮が足りなかったと謝られてしまった。
そして、私はしばらくの間は寮と厩舎以外のところには一人では行かないように、レアンドルとおじ様に約束させられた。




