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 私はゆっくりと目を開いた。

 最初に見えたのは、見覚えのない天井。

 瞬きをして、体を起こした。


 室内を見まわしてみると、公爵邸の私の部屋とは比べ物にならないほど立派な調度品で整えられている客室のようだ。

 私が寝かされていた寝台はとても大きくて、シーツも毛布も蕩けそうなほど手触りがいい極上品のようだ。

 ここがどこかはわからないが、今まで私が訪れたことがない部屋だということは確かだ。

 

 大きな鏡がついた鏡台がある。

 私はそっと寝台を抜け出して鏡を覗き込んだ。


 映ったのは、水色の髪と藍色の瞳をした、青白く痩せた少女。

 フランセット・オクレール、十七歳だ。


 そう、今の私はフランセット。


 そして、フランセットになる前の私は……


 コンコンと控え目に扉を叩く音が響き、「失礼します」と声がかけられ扉が開いた。

 入ってきたのは、王宮のメイドのお仕着せを着た女性だった。

 ということは、ここは王宮なのか。


 メイドは鏡台の前に立つ私に驚いた顔をして、それから私の体調を確かめる質問をして、軽い食事を持ってきてくれた。

 食事の後は、宮廷医師により丁寧に診察をされ、痩せすぎなこと以外は健康に問題ないと診断された後は、簡素だが質のいいドレスに着替えさせられた。


「あの、私はこれからどうなるのですか?」


「もうすぐ王弟殿下がいらっしゃいます。直接お尋ねになった方がよろしいかと」


「お、王弟殿下が!?」


 私は目を丸くした。

 第三王子殿下と婚約していた私だが、王弟殿下とは形式的な挨拶を何度か交わしたことがあるだけで、個人的に関わったことは一度もない。

 

 しばらくして連れて行かれたサロンには、本当に王弟殿下がいた。


「久しぶりだね、フランセット嬢」


「……お久しぶりでございます、王弟殿下」


 気さくに声をかけてくる殿下に、私はまた内心驚いた。

 殿下は私に向かい側のカウチに座るよう促し、メイドはお茶を淹れてくれた。

 

「体調はどう?あれからずっと目を覚まさないから、心配していたよ」


「もう大丈夫です。ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」


 診察してくれた医師によると、私は三日三晩眠り続けていたのだそうだ。

 それだけ長い間眠っていたからか、洪水のように流れ込んできた記憶はフランセットの中に馴染んでいる。


「きみは、突然気を失って倒れたんだけど、その前になにがあったかは覚えてる?」


「……第三王子殿下に、婚約破棄を言い渡されました」

 

 おそらくそれが引き金となってあの記憶が戻って、フランセットの精神が耐え切れずに失神してしまったのだ。

 

「マルスランのアホは、陛下から大目玉をくらって現在謹慎中だ。

 夜会で大々的に宣言すれば無理が通ると思ったらしいが、本当に馬鹿なことをしてくれたものだ。

 きみは見るからに不健康そうで、ドレスも粗末なものだった。

 明らかに虐げられている令嬢をさらに虐げ無体を働くなど、許されることではない。

 あんなふるまいをする王族になど、誰が忠誠を捧げてくれるものか。

 マルスランのせいで、王家の威信に傷がついてしまったんだよ」


 大事になっているだろうとは思っていたが、かなりの大事になっているようだ。

 ということは、オクレール公爵家も評判が悪くなっているのではないだろうか。

 

 以前の私なら、家のことや両親のことを一番に気にしただろうが、今は違う。


 家も家族も、どうだっていい。

 どうなろうと私の知ったことではない。


「きみには、とても辛い思いをさせてしまったね。

 申し訳なかった。

 許してくれとは言わないが、マルスランの叔父として謝らせてほしい」


 王族なのに潔く頭を下げる殿下に、私は慌ててしまった。


「おやめください。殿下が悪いのではありません」


「いいや、マルスランがあんなアホに育ってしまったのは、俺たち王族のせいだ」


 それは否定できないところだが、だからといって、王弟殿下に頭を下げられるのは畏れ多いことだ。

 私は王弟殿下にはなんの恨みもないのだから。


「それから、きみをオクレール公爵家に戻すわけにもいかないので、王宮に留めた。

 今のきみは、俺の庇護下にあると思ってくれていい」


 私は王弟殿下に庇護されているの?


「その理由は、わかる?」


 私は首を横に振った。


 王弟殿下は私ともオクレール公爵家とも関わりがなかったはずだ。

 そして、第三王子殿下の保護者というわけでもない。


 その王弟殿下が、なぜ私の面倒を見るようなことをしているのか、見当もつかない。


「俺は見ていなかったのだが、きみがマルスランに突き飛ばされて床に倒れた後、きみの様子がおかしくなったのだそうだ」


 それは……そうだろう。あの記憶が蘇ったのだから。

 

「きみは涙を流しながら断末魔のような叫び声を上げて……同時に大量の魔力を周囲にまき散らした」


 え?そんなことになっていたの?

 叫んだことは覚えているが、魔力のことは意識していなかったのだが……


「待ってください、ということは、私は誰かを傷つけてしまったのですか?」


「幸いなことに、夜会に参加していた人々はきみたちを遠巻きにしていたからね。

 驚いただけで被害はなかった。

 ただ、近くにいたマルスランときみの妹だけは吹き飛ばされた。

 その二人も、打ち身くらいで大きな怪我はしていないから心配いらないよ」


「そうですか……よかった……」


 あの二人だけは大怪我くらいすればよかったのに……なんてことは、以前の私なら考えもしなかっただろう。

 とにかく、他の人たちに被害がなくてよかった。


「今のきみは、以前とは比べ物にならないくらい多量の魔力を持っている。

 自分でもわかるだろう?」


「……わかります」


 今の私の魔力は、記憶の中の私の魔力と同じ量と質になっている。

 私としては違和感はないのだが、他人からすればなんでそんなことが起こったのか疑問に思うのは当然だ。

 それが、私が王宮に留められた理由なのだろうか。


「それから、もう一つ。

 きみの叫びに呼応するように、竜たちが一斉に叫びだしたんだ」


 私は目を瞬いた。


「あんなことは初めてだった。

 あれからずっと、竜たちはなんだか落ち着かなくてソワソワしている。

 理由を調べてみたが、さっぱりわからない。

 ただ、タイミング的に、きみがなにか関係しているかもしれないと思うんだが……

 心当たりはある?」


 なるほど、だから王弟殿下が私を保護してくれたのか。


 心当たりなら、ある。


 私は王弟殿下をじっと観察した。


 パトリック・アングラード王弟殿下。

 アメジストに蒼穹を混ぜ込んだような青紫の瞳に、王家特有の銀色の髪。

 精悍に整った顔立ちで浮いた噂も多いが、まだ独身で現在三十五歳のはず。

 鍛えられた長身に黒い騎士服がよく似合っている。


 そして、この黒い騎士服は、殿下が竜騎士であることを示している。

 殿下は、竜騎士を束ねる竜騎士団長なのだ。


 数年前の式典で、殿下がエメラルドのような美しい鱗の大きな竜に乗っていたのを見たことがある。

 あの竜は、竜騎士団にいる竜の中でも最古の竜なのだそうだ。


 竜騎士は数が少なく、現在アングラード王国全体でも二十人ほどしかいない。

 それでも、竜騎士団の強大な戦力は国防の要となっている。


 竜騎士も、竜騎士に必須の竜も、国の宝なのだ。

 

 女性関係はともかく、竜騎士団長としての王弟殿下は公明正大で、竜騎士ではない騎士たちにも慕われていると聞く。

 私に対する態度も柔らかく、威圧感もない。

 いくらでも命令できる立場なのに、私を一人の人間として尊重してくれている。

 

 この人は信用できる、と私の直観が訴えている。

 王弟殿下なら……あの記憶のことを話してもいいかもしれない。


 どちらにしろ、オクレール公爵家も第三王子殿下も頼りにならないのだから、私には庇護者が必要だ。

 王弟殿下はそれに最適なのではないだろうか。


 私は一度深呼吸をして、覚悟を決めた。


「王弟殿下……今から、あの時私になにが起こったのかをお話しします」

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