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 私がぎこちない手つきで刺繍を始めた数日後、おじ様から飛行訓練をするようにというお達しが下った。

 補助をしてくれるのはレアンドルなのだそうだ。

 

 初日である今日は午前中はいつものように厩舎の掃除などをして、午後から飛行訓練をすることになっている。


「本当に大丈夫?」


「大丈夫だと思いますよ。今までも背中にはよく乗せてもらってましたから」


「地上を歩くのと空を飛ぶのは違うだろうよ」


「そうですけど、前世の飛んでた記憶もありますし、高いところは怖くないんですよ」

 

 エドモンさんとガエルさんは心配そうだが、私はなんとかなるだろうと楽観している。


「まぁ、ジョゼなら大丈夫だろう」

 

「危なくなったら俺が支えるからな」


『今日は王都周辺をゆっくり飛ぶだけだ。ただ私の背に座っているだけでいい』


『私たちもいるからなにも心配いらないわ!』


 初飛行の今日は、ブリュノに私とレアンドルが乗ることになっている。

 ブリュノが私の初飛行に選ばれたのは、ブリュノが一番落ち着いた飛び方をするからだ。


『また姉さんと飛べるなんて、嬉しいわ』


「私もよ。前はたくさん飛んだものね」


 生まれ変わって初めての飛行を私はとても楽しみにしていた。

 おじ様を乗せて一緒に飛んでくれるイヴェットもはしゃいでいる。


「よし、まずは鞍をつけるところからだ」


「はぁい!ブリュノ、よろしくね!」


 前世では、馬の鞍を改良したような鞍を使っていたはずだ。

 三百年経った今は鞍も改良されていて、私の記憶にあるものよりも随分と軽く快適そうになっているように見える。 

 

「鞍はしっかりと取り付けないとダメだ。ここで手を抜いたら墜落して死ぬからな」


 そうだろうなと思いながら、教えられるままに鞍をブリュノの背中に乗せて固定し、首のところに手綱をつけた。

 竜につける手綱は単純に竜騎士が落ちないように掴むためのもので、馬につける手綱のように指示を出すためのものではない。

 竜は賢いし、竜騎士とは魂で繋がっているから、心で強く思うだけで指示が伝わるのだ。

 

 ちなみに、契約していない竜に乗って飛ぶレアンドルは、飛んでほしい方向などを直接言葉にしてお願いするのだそうだ。

 私も同じようにすることになる。


「よし、準備完了だな。団長、いけますか」


「ああ、いつでもいいぞ」


 私が鞍に座ると、レアンドルはこの前マノンに一緒に乗ったときのように私の後に座った。

 背中でその体温を感じるとドキドキと胸が高鳴って、私はそれを誤魔化すために手綱をぎゅっと握った。


「ブリュノ!お願い!」


 ブリュノは大きく美しい翼を広げ、ふわりと飛び立った。

 羽ばたくたびにぐんぐんと高度が上がり、景色が変わっていく。

 ある程度の高度に達したら、そこから平行飛行に移った。

 下を見下ろすと、城下町に並ぶ家がおもちゃみたいに小さく見えるくらい遠くなっている。


「わぁ!すごく高い!」


 人間になってからは初めての空から地面を見下ろす光景に、私は歓声を上げた。


「怖くねぇか?」


「怖くなんてないわ!ブリュノが安全飛行してくれてるもの!

 自分で飛ぶのと、乗せてもらって飛ぶのって、やっぱり違うのね」


 頬で風を感じるのも、髪が靡くのも、以前はなかった感触だ。


 飛ぶのってやっぱり気持ちがいい。


「レアンドルは、最初に飛んだ時怖いと思ったの?」


 竜騎士は、自分が契約している竜に乗る。

 魂が繋がっていて、心が通じ合っているから、竜騎士は初飛行の時でも恐怖はほとんど感じないのだそうだ。

 初めて私に乗ったときはまだ小さかったロイクも、喜んで笑っていたのをよく覚えている。


「いいや。俺が最初に乗ったのは、爺さんが契約してた竜だった。

 その竜とは仲良くなってたし、爺さんも一緒だったからな」


 レアンドルのお爺さんは前竜騎士団長で、今は引退して諸国を放浪して傭兵というが冒険者のようなことをしているのだそうだ。

 きっと今の私がしてもらっているように、レアンドルもお爺さんに竜の乗り方を教えてもらったのだろう。


「私に乗ってたロイクも、きっとこんなふうに感じてたのね」


 そう呟くと、私の腹に回されていたレアンドルの腕に力が入った。


「ロイクのこと、今も思い出すのか」


「たまにね。でも、もう昔のことよ」


「あんたは……俺のこと、ロイクだと思ってるのか」


「いいえ。ロイクはロイク、レアンドルはレアンドルよ。同じ魂でも別人だわ」


 沈黙が返ってきた。

 後にいるから表情は見えないが、多分レアンドルは納得していないのだろう。


「レアンドルはお酒大好きでしょ?ロイクは飲めなかったの。

 ロイクは絵を描くのが好きだったし、お花の名前もたくさん知ってたし、小さな子にもよく懐かれてた。

 レアンドルは、美術もお花も興味ないし、この前クロヴィス様の娘さんに怖がられて泣かれちゃってたでしょ?

 ロイクとレアンドルは、別人よ」


「そうかよ。悪かったな、俺の方が出来が悪くて」


 レアンドルが拗ねてしまった。


「あら、そんなこと言ってないわ。

 時代が違うっていうのもあるけど、レアンドルの方がロイクより物知りよ。

 ロイクは本を読むのが好きじゃなかったもの」


 意外にもレアンドルは読書家なのだ。

 恋愛小説を気まぐれに貸してみたら、その二日後には「こんなナヨナヨした騎士団長がいるわけねぇだろ」と現実的なツッコミと共に返却されてきた。

 それなりの厚さの本だったのに、と驚いたものだ。


「それから、レアンドルは慎重派だけど、ロイクはちょっとお調子者だったのよね。

 たまにそれでメサジュの王様から怒られてたわ」


「ロイクって、お調子者だったのか……」


「ロイクの伝記を読んだけど、ロイク本人に関してはかなり美化されてるところも多くて笑っちゃったわ。

 実際のロイクはあんな完璧超人なんかじゃなくて、普通の男の子だったのよ」


「……俺はてっきり、あんたは俺とロイクを比べて、俺にがっかりしてるんじゃねぇかと思ってたんだが」


「そんなわけないじゃない!

 レアンドルもロイクも同じくらい努力家で優しくて、とってもいい子よ」


「それを聞いて安心したよ」


 後から私を抱える大きな体から少し力が抜けたのがわかった。

 

『ジョゼ、そろそろ旋回するぞ』


「はぁい!ブリュノが旋回するって言ってるわ」


「わかった。ブリュノの動きに合わせて体を傾けるんだ。

 少し斜めになるが、落ちはしねぇから慌てるんじゃねぇぞ」


 ブリュノがゆっくりと右方向に旋回し、私はレアンドルと同じように体を傾けた。

 地面に対して体は斜めになっているのに、重力は相変わらずブリュノの背中に向かって感じる。なんだが不思議な感覚だ。


 私たちはそのまま王都の上空をぐるっと回って、王宮内の竜の運動場に戻った。

 着地もとても静かで滑らかで、ブリュノが私に気を遣ってくれているのがわかった。


「ありがとうブリュノ!とても快適だったわ。

 イヴェットも、つきあってくれてありがとうね」


『どういたしまして。ジョゼもいい乗り手だったぞ』


『姉さん、次は私に乗ってね!』


「飛行は全く問題なさそうだな」


「はい。とても楽しかったです!」


「次からはレアンドルと二人だけで大丈夫だろう。

 そのうち弁当でも持って、ピクニックにでも行ったらどうだ」


「いいんですか!?」


 おじ様の提案に、王都から出たことがない私は顔を輝かせた。


「レアンドル!私、頑張ってお弁当つくるわ!」


「……いや、それは……そうだ、行った先で、俺が野営料理をつくるってのはどうだ?

 俺の料理、食べてみてぇって言ってただろ」


「それは是非食べてみたいわ!」


 というわけで、私はお弁当を作らなくてよくなった。

 なんだか上手く誘導されたのは気のせいだろうか。


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