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「昨日は、マルスランのアホが悪かったな。

 まだ謹慎中ではあるんだが、閉じこもったままでは息が詰まるだろうと、お情けで少し散歩に出したら、あんなことになってしまった……

 ただ、ジョゼに絡んでマノンに怒られて腰抜かしたってだけじゃ、これといった処分はできない。

 陛下にまた特大の大目玉を喰らっていたから、それで手打ちにしてくれないか」


 翌朝、疲れた顔をしたおじ様に謝られてしまった。


「手打ちもなにも、私にはなにも被害はありませんから」


「そうか……」


「それより団長、あの王子サマはジョゼをまだ諦めていないようでした。そっちの方が問題ですよ」


「それもちゃんと陛下に報告してある。

 ジョゼとマルスランのアホをもう一度婚約させるなんてことは、絶対にないと断言する。 そこは心配いらない」


 それなら、とりあえず安心かな。

 陛下にまで報告が上がっているのだから、もう面倒なことは起きないだろうと私たち全員がそう思っていた。


 思っていたのだが。




 第三王子殿下が私を口説きにやってきた日から、約一か月後。


 そんなことがあったことなど忘れて、穏やかな日々を送っていた私たちのところに、また招かれざる客がやってきた。


「フランセット!」


 水浴びが好きなアシルに、魔法で水をかけてあげているところに、また捨てた名を呼ばれた。


『えー、なにあれ?鎧着てるよ?』


 アシルの呟きに、鎧?と思って振り返ると、そこにいたのはプレートアーマーで完全武装した第三王子殿下だった。


「フランセット!ああ、こんなところで働かされているなんて、なんて不憫な!

 私が助けてあげるよ。もう大丈夫だからね!」

 

 なにを言っているのかわからないが、完全に自分に酔っていることはわかる。


「なにをしにいらっしゃったのです」


 言葉を交わすのも嫌だったが、状況的にしかたなく尋ねてみた。

 無駄に煌びやかな鎧姿に、嫌な予感しかしない。 


「古臭い考えに凝り固まった伯父上に代わって、私が竜騎士団長になる!」


 私も周りの竜騎士たちも竜たちも、目が点になった。


「そのために、まずは我が剣によりあの緑の巨竜を屈服させ、従属を誓わせなくてはならないのだ!」


 点になった目玉がポポポーンと飛び出した。


 なにそれ!?だれがそんなことをこのアホに教えたの!?


 こんな時に限って、おじ様はいない。

 王族を真正面から制止できるのは、おじ様しかいないというのに!


 第三王子殿下は、ゴテゴテと装飾がついた剣をすらりと抜き放ち、切っ先をイヴェットに向けた。


「さあ、巨竜よ。どこからでもかかってくるがいい。私が相手だ!」


「あの、第三王子殿下」


「大丈夫だ、フランセット。下がっていてくれ。

 私が竜騎士団長になって、きみをここから救い出してみせるから」


 さすがにマズいと止めようとしたのに、話を聞いてくれない。

 この自信はどこから来るのだろう。洗脳でもされているのだろうか。


『へぇ?この私に刃を向けるというの?』


 いつもは陽気なイヴェットも、これは癇に障ったらしい。


 金色の瞳が眇められ、大きな翼がバチバチと電撃を纏った。

 

 どう考えても第三王子殿下はイヴェットの敵ではないのだが、そんな問題ではない。


 イヴェットはアングラード竜騎士団最古の竜で、代々王族かそれに近い血筋の人間と契約し、三百年もの長い間アングラードを守っている。

 それは、アングラードがイヴェットたち竜を尊重し大事にしているからで、今のように刃を向けられるとなると話は変わってしまう。

 しかも、よりによって刃を向けたのは現国王の息子で、竜騎士団長の甥だ。


 イヴェットからしたら恩を仇で返されたようなものなのだ。


 今にもイヴェットに斬りかかりそうな第三王子殿下を拘束するため、私は水魔法を放とうとしたが、それより早く反応したものがあった。


「グガアアアアアアッ!」

『私の番になにをする!』


 イヴェットの番であるブリュノだ。


 ブリュノは銀色の瞳を怒りで燃え上がらせ、氷のブレスを吐いた。


 第三王子殿下は剣を振り上げた姿のままカチコチの氷漬けになり、そこをさらにブリュノの強靭な尾で強かに叩き飛ばされ、砕けた氷の尾を引きながら遠くに控えていた護衛騎士たちの上に落下した。


「ガアアアア!グガアアアアア!」

『身の程知らずな人間よ!

 我らを力ずくで屈服させられると思うのなら、やってみるがいい!

 この城も都も、灰燼と化してくれよう!』


 いつもは穏やかで理性的なブリュノが本気でキレている。

 私でも怖い。これは本格的にマズい。


「おじ様と国王陛下に知らせを!早く!」


 周りにいた人たちが全速力でバラバラに駆け出した。

 ブリュノに呼応するように、他の竜たちも咆哮を始めた。


「ブリュノ、皆も、落ち着いて。

 アホなのは第三王子殿下だけで、他の王族はまともなんだから」


『ジョゼ。いざとなったら、私たちはこの国を捨てる。

 その時は、一緒に来るといい』


 イヴェットはおじ様と、ブリュノは副団長のクロヴィス様と契約を交わしているが、それはいつでも竜の方から解除することができるのだ。

 竜と人間の契約は、お互いを大切にし、尊重しあうという信頼関係の上に成り立っている。

 契約をしていても、人間側が竜を敬わないのなら、竜にとって人間は守る価値の無いものということで、契約解除されてしまう。


 私はアングラードという国に忠誠を誓っているわけではないが、ここには私の大切な人がたくさんいる。

 簡単に捨てることはできない。


『大丈夫よ!レアンドルも連れて行けばいいわ』


「ダメよ、レアンドルはアングラードの騎士なんだから」


 それにしてもイヴェット……ブリュノの背中に守られて、瞳がハート型になっている。

 恋愛小説でも、ヒーローがヒロインのピンチに駆けつけて、背中に庇って守るような場面がいくつもあったことを思い出した。

 イヴェットは簡単に第三王子殿下を捻り潰すことができたので、そういう意味ではピンチではなかったわけだが、それでもブリュノに守られて惚れ直したらしい。


 これは、コラリーに妹か弟ができるかもしれない。


『姉さんが私たちと去るなら、レアンドルもついてくると思うわよ』


「それはないんじゃないかな……あ、最後にシたいって言われるかも」


『もう、姉さんったらなに言ってるの!?

 そんな最低なことレアンドルは言わないわよ!』


 まぁ確かに、そんなこと言うのは最低だと思うが、だからと言ってレアンドルが国も故郷も捨てるとは思えない。


 そんなことを話していると、青い顔をした国王陛下とおじ様と王太子殿下が走ってきた。

 三人揃ってイヴェットとブリュノの前で膝をついて首を垂れ、第三王子殿下の非礼を詫びた。

 少し遅れて、そこに王妃殿下と第二王子殿下も合流し、宰相や騎士団長など要職にある人々も次々に駆けつけてはそれに倣い、厩舎前は大変なことになった。


 私はイヴェットたちの言葉を正確に通訳し、陛下たちに伝えた。


『私たちはここじゃなくても生きていけるのよ。

 そっちがその気なら、隣の国にでも移り住みましょうか』


 そうイヴェットが言ったのを訳すと、皆倒れそうなほど土気色になってしまった。


 アングラード王国の上層部全員が必死で謝罪をしたことにより、最終的には竜たちが矛を収め、事態はなんとか収束した。


 ただし、次はない!と極太の釘をブスブス刺されまくって、人間側は幽鬼の集団のようになっていた。


 もしイヴェットとブリュノがアングラードを捨てると決めたら、娘のコラリーだけでなく、他の竜たちも全てそれに倣うのは間違いない。

 そうなっていたら、戦力の要である竜騎士団を失ったアングラードは他国に攻め入られて、私の大切な人たちもたくさん命を落としたことだろう。


 陛下たちがなりふり構わず竜たちに謝罪して正解だった。


 戦争なんて嫌だ。大切な人が死ぬのは嫌。

 

 そうならなくて、本当によかった。


 愚かな野心により国家転覆の危機を招いた第三王子殿下は、大怪我を負いながらもまだ息はあったそうだ。

 だが、治療を施されることはなく、代わりに毒杯が与えられ、そのまま息を引き取った。


 ちなみに、竜との契約について嘘の情報を第三王子殿下に教えた侍従は、なんと他国の間者だったということが後にわかった。

 ほんの少しずつ判断力が弱くなるような薬を数年にわたって盛り続け、「竜騎士団長にはあなたが相応しい」と煽り、あのような大騒動を意図的に引き起こしたのだそうだ。


 第三王子殿下がフランセットと婚約破棄をしようとしたのも、もしかしたらその薬のせいなのかもしれないが、今となっては真相は闇の中だ。

 私としても、もうどうでもいい話なので究明する気もない。


 私は竜たちを引き止めてくれてありがとうと陛下直々に礼を言われ、王宮の貴賓室の一室と、専属のメイドまでつけると大幅な待遇改善を提案されたが、丁重に辞退した。

 私としては、今のメイドの寮での暮らしが楽しくて、友人たちと離れるのが嫌だったのだ。

 

 それならと、迷惑料も含めた報奨金を下賜されてしまった。


 王都でお邸を一軒買えそうなくらいの金額で、また目玉が飛び出したが、これはいつか誰かのために使うことにして、今は貯金しておくことにした。

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