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⑬ レアンドル視点

「レアンドル……私、芸術ってよくわからないみたい」


「俺もだ。きれいなんだろうな、ってくらいの感想しか出て来ねぇ」


「私も同じよ。よかった、私だけじゃないのね。なんか安心したわ」


 団長が特別展示のチケットをくれたので美術館を訪れてみたのだが、絵も彫刻もあまりに前衛的すぎて、二人して首を傾げるばかりだった。

 それがなんだかおもしろくて、顔を見合わせて笑ってしまった。


 ちょうどお昼時だからと、庶民向けの食堂や屋台などがある区画に向かおうとしたところ、近くを走っていた馬車が急停車して、中から変な女が飛び出してきた。


「フランセット!」


「ねぇレアンドル、今日はなにか新しいお店あるかしら」


「フランセット!」


「この前の、お肉と野菜の串焼き美味しかったわよね」


「フランセット!無視するんじゃないわよ!」


「あ、いい匂いがするわね。どのお店かしら」


「フランセット!フランセット・オクレール!返事くらいしたらどうなの!」


 豪華なドレスで着飾った見るからに貴族の令嬢が、その装いに相応しくない大声でなにやら叫んでいる。


「ジョゼ、あれってあんたを呼んでるんじゃねぇか?」


「そうでしょうね。でも、私はもうフランセットじゃないもの。返事をする理由がないわ」


「フランセット!私を無視するとか、どういうつもり!?」


「お腹空いたわ。早く行きましょう」


 恐ろしい顔で叫ぶ令嬢だが、ジョゼは視界に入れることすらせず完全に無視して背を向けた。


「あれ、誰なんだ?」


「ベアトリス・オクレール。フランセットの妹よ」


 なるほど、と俺は納得した。


「へぇ、あれがあの妹か。全然似てねぇな」


「私もそう思うわ。両親は同じはずなんだけどね」


「あなたたち!なにをしているの!早くフランセットを連れて来なさい!」


 令嬢はおろおろしている様子の護衛騎士二人に金切声で命じた。


 令嬢がごちゃごちゃ言っているのは無視すればいいが、護衛騎士まで使ってジョゼに直接手を出そうとするのは見過ごせない。


「お嬢様、どうか……」


「私はあなたたちのお嬢様じゃないわ。そこをどいてくれる?」


 護衛騎士が、なんとかジョゼを説得しようとするが、ジョゼは取り付く島もない。

 その顔には、憎しみとか怒りとかの暗い色はなく、ただ単純に面倒で邪魔だとしか思っていないようだ。


「触るんじゃねぇ」


 もう一人の騎士がジョゼに伸ばそうとした手を、俺は払いのけた。


「怪我したくなかったら退け。あんたらじゃ俺に敵わねぇよ」


 こいつらは騎士ではあるが、オクレール公爵家の私兵でしかない。

 竜騎士である俺の敵ではないのだ。

 

「こんなところで騒ぎを起こしていいのかよ?

 また醜聞だって叩かれるぞ」

 

 そう言うと、護衛騎士たちは怯んだが、令嬢は頭に血が上ったままのようだ。


「なにをしているの!早く捕らえなさい!」


「お嬢様、いけません!」


「私の言うことが聞けないの!?雇われ騎士のくせに、生意気ね!」


「お嬢様!」


「さっさとやりなさい!これは命令よ!」


 喚く貴族令嬢と、喚かれる平民の服装をした男女と、それを取り囲む騎士たち。

 どう見ても不穏な光景に、賑やかに通りを歩いていた人々は、今は遠巻きで野次馬になっている。

 

 俺としても離れていてくれた方が助かる。

 巻き込んで怪我でもさせたら大事だ。


「もう一度言う。退け」


 護衛騎士たちは、俺たちを取り囲みながらも、命令には従いたくないという顔をしている。

 気の毒だが、あんな主に仕えることを選んだのだから自業自得だ。


「ごめんなさい、レアンドル。私のせいで」


「なに言ってんだ。あんたのせいじゃねぇだろ」


 護衛騎士の一人が、はっとしたように目を瞠った。


「レアンドル?もしかして……レアンドル・バロー?」


「え?それって、竜騎士じゃあ……」


 竜騎士?竜騎士だって?

 そういえば、あの顔、竜騎士団のパレードで見たことがあるような……


 ざわざわと周囲が騒ぎ出した。


「そうだよ、俺は竜騎士レアンドル・バローだ。

 竜がいなくても、あんたらを叩きのめすことくらい朝飯前だ。

 どうする?試してみるか?」


 剣の柄に手をかけ、殺気を放った。

 一般人を怯えさせてはいけないので、控え目の殺気だったが、護衛騎士たちは明らかに顔色が悪くなって後退りした。

 

「もう!さっきから、なにをやっているのよ!もういいわ!私がやってやるんだから!」


 思い通りにいかないことにキレたベアトリスが、また金切声を上げた。

 

 まずい、と思った次の瞬間、ベアトリスから魔力が溢れだした。


 魔法が使えない平民が集まっている街中で、攻撃魔法を放つつもりか!?

 

 ベアトリスは右手を前に突き出し、その先に炎でできた矢が出現した。


 よりによって炎魔法かよ!なに考えてんだ!


 剣を抜いて前に飛び出そうとした俺を、ジョゼが抑えた。


「大丈夫。私が防ぐわ」


 こんな状況なのに、至極冷静な声。

 そして、俺の隣からもぶわっと魔力が溢れた。


「ジョゼ!?」


「私に任せて。下がってて」


 ジョゼはぽんと俺の肩を叩くと、前に進み出た。


 ジョゼの華奢な体の前には、水で出来た盾のようなものが浮かび上がった。

 

 雑に放たれた炎の矢は、絶妙に制御された盾にぶつかり、音も衝撃もなにもなくあっさりと消滅した。

 炎魔法を、水魔法で相殺したのだとわかるが、驚くほど無駄がなく、巧みに魔法を使いこなすジョゼに、俺は呆気にとられた。


「なっ!なんであなたがそんなことできるのよ!

 平民並みの魔力しか持ってないはずなのに!」


 性懲りもなく次々と放たれた炎の矢は、全て水の盾により防がれ、跡形も残さず消えた。

 

 平然とした顔のジョゼと、みるみる顔色が悪くなっているベアトリス。

 ついに魔力が底をついたらしく、立っていられなくなったベアトリスが地面に膝をついた。 

 

「もう終わりね。拘束するわ」


 水の盾はするりと蛇のような細長い形に姿を変え、ベアトリスと護衛騎士たちにするすると巻きついて身動きがとれないようにした。

 護衛騎士たちは青い顔で抵抗することもなく、ベアトリスも半ば意識を失っているので静かなものだ。


「あとは、憲兵に引き渡せばいいのかしら?」


「ああそうだな。これだけの騒ぎだ、もう誰かが通報してるだろう。

 引き渡して、あとは事情聴取とかもされるんじゃねえかな」


「やっぱりそうなるわよね。

 あーあ、せっかくのデートが台無しだわ。

 今日はカップケーキを買って帰ろうと思ってたのに!」


 ジョゼは口を尖らせた。


 こんな時にカップケーキの心配か……

 あの炎の矢は、直撃したら簡単に人を殺すことができるくらいの威力があった。

 それを向けられたというのに、箒で落ち葉の掃除でもするかのようにあっさりと片づけて平然としている。 


「どうしたの?」


「あー……怖くなかったのか?」


「別に?だってほら、私はジョゼだから」


 そうか。ジョゼの中には、前世のジョゼの記憶だけでなく経験もあるのだ。

 竜として長く生きたという前世のジョゼは、数えきれないほどの獣や魔物を狩ったことがあるはずだ。

 俺なんかよりよっぽど戦闘経験があるのだろう。


 それに、あの魔力量。あの魔法制御。

 国内で匹敵するのは、うちの団長と騎士団長くらいじゃないか?


「ねぇ、レアンドルも事情聴取につきあってくれる?」


「当たり前だろ。あんたを置いて帰ったりしねぇよ」


「お昼ご飯、食べられなさそうね。お腹空いてるのに……」


 ジョゼが悲し気に呟いたのとほぼ同時に、やっと憲兵がやってきた。


 それにしてもこれは、面倒なことになるかもしれない。

 一刻も早く団長に報告しなくては。


 そう思って、憲兵隊には最低限のことだけ伝えて「あとは竜騎士団に問い合わせを!」と言い残して、ジョゼを引っ張って半ば無理矢理王宮に帰った。

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