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⑫ レアンドル視点

 フランセット・オクレールは、家族や婚約者から虐げられていたようだとローランが教えてくれた。

 ジョゼになって竜騎士団で働き出した当初、青白い顔色で折れそうなほど細い少女を、皆が心配していたのだそうだ。

 俺からしたらジョゼは今でも細すぎるくらいだが、これでもマシになったのだとローランは言っていた。


 暗い過去など感じさせない明るい表情で、楽しそうに厩舎を掃除し竜たちと戯れるジョゼ。

 貧相なんかではない。

 むしろ、かなりの美少女ではないか。

 俺も竜騎士になってから、それなりにモテるようにもなったが、ジョゼは今まで俺の周りにいたどんな女とも違って見えた。


 ヤろうと思えばヤれる。

 というより、是非ともヤらせてほしいとお願いしたいくらいだ。

 だが、俺のためにジョゼに悲しい思いをさせるのは、どうしても嫌だった。

 

 セックスしましょう!と迫るジョゼに困り果てていると、意外なことに助け船を出してくれたのは、ブリュノだった。

 いつも穏やかな青く美しい竜は、人間観察が趣味なのだそうで、かなり的を射たアドバイスをくれた。

 竜は知能が高い生き物であることはよくわかっていたが、ここまで理知的にものを考えることができるとは驚きだ。

 

 ブリュノのおかげで、セックスする代わりに城下町デートに行くことになった。

 約束の時間に寮に迎えに行くと、いつもとは別人のようなジョゼが現れて、どきりと心臓が跳ねた。


 団長から贈られたという紫色のワンピースを着て、薄く化粧をして髪を編み込みにしたジョゼは、文句なしの美少女だった。

 貴族の令嬢が着るような豪華なドレスではないのが、逆に溌剌としたジョゼにはよく似合っていると思った。

 いつもの男物のお仕着せ姿でも可愛かったのだが、ちゃんと着飾ったらここまで変わるのかと密かに目を瞠り、同時に変な男に絡まれないように注意しなければと気を引き締めた。


 案の定、ジョゼは多くの男の目を惹いていたが、本人はまったくそれに気が付いていなかった。

 公園の花や、市場に並べられた数々の商品に目を輝かせるのに忙しく、それ以外に構っていられないといった様子だ。


 ジョゼは城下町を歩くのも初めてだということだが、当然ながら俺はそうではない。

 なんだったら、付き合っていた女とデートをしたこともある。

 女と出かけると、だいたい服や宝飾品などの店に連れて行かれて、そこで贈り物を買わされる。

 観劇に連れて行ってくれと強請られたこともあるが、絶対に途中で眠る自信しかなかったので、それだけは断固として断った。

 とにかく、俺の中でデートというのは、女に金を使わされるものだと思っていた。


 だが、ジョゼはそうではなかった。

 自分で稼いだ金で生まれて初めての買い物をすると言って、藍色の瞳を輝かせて張り切っていた。

 しかも、なにやら可愛らしいものでも選ぶかと思ったら、買ったのは小さな折り畳みナイフだった。

 厩舎で働く先輩が同じようなものを持っているから、という理由なのだそうだ。


 本当にこんなものがほしいのだろうかと思ったが、俺が教えた通りに金を払ってナイフを受け取り、胸に抱きしめるようにしたその笑顔は本当に嬉しそうだった。


 ジョゼが他の女と違うのは、竜だった時の記憶が蘇ったからなのだろうか。

 それとも、元々こんな性格だったのだろうか。


 どちらが正解かはわからないが、とにかく俺はそんなジョゼのことを可愛いと思ってしまった。

 最初から可愛いとは思っていたが、もっと可愛く思うようになったのだ。


 そして、ジョゼが着ているワンピースがとても気になった。

 これは、団長が贈ったものだ。

 タイミングを見て贈ろうと準備してあったものなのだそうだが、ジョゼによく似合っていて、それがまたなんだかイラっとした。


 それは、間違いなく嫉妬だった。

 ジョゼが他の男から贈られたものを身に着けているのが嫌なのだ。


 それで、団長に対抗するように、装飾品を贈ることにした。

 露店で売られているようなものなので、そう高価なものではない。

 それでもジョゼは目を皿のようにしてキョロキョロと見まわし、その中から一つ選び取った。


「見て、この石、ロイクとレアンドルの瞳と同じ色だわ」


 小さな赤い石が一つだけついたネックレスはを手に、ジョゼはここではないどこか遠くを見るような瞳で微笑んだ。


「ロイクはね、私の鱗に穴を開けて紐を通したものを、いつも首から下げてたのよ」


 俺の心臓はまたどきんと跳ねた。

 

 俺は英雄ロイクじゃない。レアンドル・バローだ。

 ロイクだった時のことなんて、一つも覚えていない。


 俺たちは同じ人間として生まれてきた。

 言葉も、異性としての愛情も交わすことができるのだ。


 ジョゼは、そのことを理解できているのだろうか。

 俺にそれを望んでくれるだろうか。

 いつか望んでくれるようになるのだろうか。


 そうなるまで、俺は……


 


 それから俺は休日ごとにジョゼをデートに誘い出すようになった。

 そして、必ずなにか一つ贈り物をした。

 ジョゼは俺から贈られたワンピースや帽子などを身に着け、嬉しそうに俺についてくる。

 その首元には、いつもあの赤い石のネックレスが輝いている。


 それを見る度に、嬉しくてまた胸が高鳴った。


 ジョゼは日に日にきれいになっていった。

 以前よりよく食べるようになったということで、頬は健康的な薔薇色になり、服の上からでも体の曲線がわかるようになった。

 男物のお仕着せを着て、艶やかな水色の髪を揺らしながら箒で掃除をしている姿すら人目を惹いてしまうくらいだ。


 ありがたいことに、団長が後ろ盾になっていることと、竜騎士である俺が度々デートに連れ出すことは、ジョゼに下心のこもった視線を向ける男たちへの牽制となった。


 ただし、それは王宮内での男たちに限定される効果でしかない。


 そのため、城下町で変な女に絡まれるのは防げなかった。



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