⑪ レアンドル視点
俺の祖父は竜騎士団長だった。
見上げるほど大きく美しい竜に乗る祖父の姿は憧れであり、目標でもあった。
いつか祖父のような竜騎士になるため、俺は剣の腕を磨き体を鍛え、勉強も頑張って、努力を続けた。
十二歳で士官学校に入ってからは、常に上位の成績を維持した。
たまに祖父を訪ねて竜騎士団に顔を出すと、竜たちが寄ってきて体を撫でさせてくれた。
当時は祖父と契約していた竜は、祖父と一緒に俺も背中に乗せて飛んでくれた。
これだけ竜に好かれるのだからと、俺が将来は竜騎士になることは確実視されていた。
それなのに。
俺はどの竜とも契約できなかった。
契約はできなくとも、竜が背中に乗せてくれる俺は貴重な人材だからと、団長は俺を竜騎士として採用してくれた。
ありがたかったが、同時にやりきれない気持ちも抱えていた。
魔物討伐などで遠征に行くと、たまに野生の竜に出会うことがあった。
今度こそ契約できるかもしれないと期待して、毎回裏切られた。
そんなことが六年も続き、もう期待することすら疲れ果てていた。
このままずっと、竜と契約できない半端な竜騎士でいるしかないのか、と諦めていた。
いつものように虚しい気持ちを抱えながら、コラリーの訓練も兼ねた遠征から王都へ帰還すると、厩舎の前に珍しい水色の髪をした少年がいた。
いや、下働きの男用のお仕着せを着ているが、あれは少年ではなく少女だ。
なぜあんな少女が竜騎士団に?と首を傾げていると、団長に少女を紹介された。
団長の関係者なのだろうか?と思った直後、
「ロイク!」
ジョゼという名であるという少女は俺に飛びついてきた。
「ロイク!ロイク!会いたかった!また会えるって、信じてたわ!」
ロイクと呼ばれ、当然ながら俺は困惑した。
俺はロイクじゃないと言っても、ジョゼは俺がロイクだと断言して、さらに困惑した。
団長にジョゼが竜騎士団で働くことになった経緯を説明され、もっと困惑した。
ジョゼはあの竜のジョゼの記憶を持っていて、どうやら俺は英雄ロイクの生まれ変わりらしい、と言うのだ。
嘘のような話だが、団長がこんな嘘をつくはずがない。
だからといって、すぐに信じられるような話でもない。
だが、ジョゼとイヴェットが言葉を交わすのを見て、やはり本当なのかと信じる方に俺の中の天秤が傾いた。
そして、俺が竜と契約できない原因を聞かされ、激情で天秤もなにもかも吹き飛んだ。
キレた俺はジョゼに掴みかかりそうになり、団長に叱責されてしまった。
あんなか細い少女に、騎士として鍛えた男が無体を働こうとしたのだから、当然だ。
だが、頭に血が上った俺はそれを受け入れることができなかった。
「くそっ!」
宿舎の自室の壁に拳を叩きつけるという、なんの意味もない行動をして、湧き上がってくる怒りを抑えようとしていると、
「おーいレアンドル、入るぞ」
ノックもせずに扉を開いたのは、同僚のローラン・ムーレヴリエだった。
一歳年上の人懐っこく面倒見がいい男で、俺の親しい友人でもある。
「団長から聞いたよ」
「そうか……」
「おまえの気持ちもわかるけどさ。ジョゼちゃんに当たるのはダメだろ」
俺が睨みつけると、ローランは溜息をついて肩を竦めた。
「ジョゼちゃんが竜と会話ができるってのは本当だ。おまえも見ただろ?
高位貴族の令嬢だってのに、働き者で人当たりもよくて、いい子なんだよ。
ジョゼちゃんが来てから竜たちはずっと機嫌がいいし、俺たちも大助かりだ」
ローランは手に持っていた本を俺に差し出した。
「ほら。英雄ロイクの伝記だ」
「その本なら、読んだことある」
竜騎士に憧れるアングラード人なら、誰でも一度は読んだことのある本だろう。
実家にも同じ本があった。
「最後の方をもう一度読んでみろ」
「……」
「言っておくが、これは団長命令だ。発案したのは俺だけどな」
そう言われて、渋々と本を受け取った。
「明日の朝までに読んでおけよ。じゃあな」
ローランは部屋を出て行き、俺は再び一人になった。
本の表紙に目をやると、水色の竜に乗った黒髪赤瞳の青年が描かれている。
そういえば、あの少女の髪も水色だったな、と思った。
黒髪も赤い瞳もアングラードでは珍しくないのだが、もしかしてこれも俺の前世がロイクだからなのだろうか。
どちらにしろ、団長命令には従うしかない。
俺は大人しく本を読むことにした。
とっぷり夜が更ける頃になって、やっと読み終わった。
そして、ジョゼに覚えた怒りは後悔に変わり、俺は頭を抱えた。
メサジュという小さな国で、ロイクとジョゼは人々に愛されながら穏やかに暮らしていた。
ふたりは人々を守るために押し寄せる魔物の群れに立ち向かい、命を落とした。
どのような最後だったかは、共に戦った騎士たちも全滅してしまったためわからない。
ただ、数えきれないほどの魔物の死骸の中で、ロイクの鎧の残骸と、ジョゼの角の欠片だけが辛うじて発見された。
それ以外は全て、魔物に喰われてしまったのだ。
大規模なスタンピードだったが、すぐにアングラードが援軍を差し向けたことでなんとか収束し、メサジュは壊滅を免れた。
メサジュの中心には、ふたりの功績を称える慰霊碑が建てられている……
俺も魔物と戦ったことがあるから、魔物の大群がどれだけ恐ろしいものかは想像がつく。
ロイクもジョゼも、壮絶な最期を迎えたことは間違いない。
もしかしたら、ジョゼがロイクより先に死んだのかもしれない。
それでなくても、混戦の中で契約を解除するような余裕などなかっただろう。
今のジョゼも竜だったジョゼも、なにも悪いことはしていない。
むしろ、感謝されて然るべき存在ではないか。
それなのに、俺はなんてことを……
俺をロイクと呼び、嬉しそうに顔を輝かせていた少女。
俺に怒りを向けられ、か細い体を硬直させていた少女。
俺は昼間とは別の意味で壁を殴りたくなり、隣の部屋のヤツに迷惑をかけると深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
謝ろう。きっちり頭を下げて、謝らなければ。
それから、ふと閃いた。
もしかしたら、イヴェットなら俺が竜と契約できるようになる方法を知っているのではないかと思いついたのだ。
竜と言葉を交わすことができるジョゼだったら、それをイヴェットに尋ねることができる。
ぱっと希望で目の前が明るくなったが、すぐにまた暗く落ち込んだ。
初対面であんなふるまいをした俺の願いを、ジョゼは聞いてくれないかもしれない。
俺は嫌われてしまっても当然のことをしたのだから。
そんなことを考えてウジウジしていた俺は、見かねたローランに蹴り飛ばされそうな勢いで発破をかけられ、翌々日になってやっとジョゼに謝罪をすることができた。
ジョゼは、こんな情けない俺を笑って許してくれた。
さらに、イヴェットに俺の質問までぶつけてくれたのだ。
イヴェットも俺をなんとか許してくれて、俺の中にあるというジョゼの魂の欠片をジョゼに戻すことに手を貸してくれることになった。
それはいいのだが……
「レアンドル!私と、シしましょう!」
「?なにをするんだ?」
「赤ちゃんをつくる行為よ!」
「はぁ!?」
俺はまた頭を抱えることになった。