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私はまたおじ様に最初から最後まで全て報告し、
「レアンドルとデートに行きます!城下町に降りる許可をください!」
とお願いした。
おじ様は、デートくらいならいくらでも行ってこいとその場で許可をくれて、ついでに城下町を歩いても違和感がないようなワンピースや靴などの一式まで贈ってくれた。
さすがは王弟殿下。配慮が行き届いている。
「おじ様!ありがとうございます!
私、誰かから贈り物を貰うの、初めてです!」
そうお礼を言ったら、なんだか悲しい顔をされてしまった。
フランセットだった時のことは、今はどうでもいいとしか思っていないのに。
翌日、レアンドルは寮の前まで迎えに来てくれた。
「おはよう、レアンドル!」
「おはよう、ジョゼ」
いつもの黒い騎士服ではなく、飾り気のないシャツとトラウザーズという、レアンドルらしいシンプルな装いだ。
(きゃあ!本当にレアンドル様よ!)
(ジョゼったら、嘘じゃなかったのね)
(私服姿も素敵だわ)
(くぅっジョゼが羨ましい……)
(あぁ、でも、ジョゼならレアンドル様と並んでも見劣りしないわね)
(悔しいけど、その通りだわ……悔しいけど)
私の後から、ヒソヒソながら黄色い声が聞こえる。
友達になった王宮のメイドたちだ。
レアンドルとデートに行くと言うと、お勧めデートスポットや、美味しいお菓子のお店や、手頃な装飾品を売っているお店などをたくさん教えてくれた。
彼女たちの手により、今の私は薄く化粧をされ、髪も今流行だという編み込みにされていて、城下町デートに相応しくに着飾っている。
こういうことに疎い自覚がある私には、とてもありがたい。
「皆、朝からありがとう!行ってきます!」
手を振ると、ドアの後に隠れながらも手を振り返してくれた。
「レアンドルって人気があるのね」
「俺というより、竜騎士が人気なんだよ。人数も少ねぇしな」
竜騎士はエリート集団で、当然ながら高給取りなのだ。
まだ独身で整った容姿のレアンドルは、女の子たちの注目の的になっていると友達が言っていた。
「時計台のところの公園で、きれいな花が咲いてるんだって。
場所わかる?」
「ああ、わかるよ。もしかして、城下町に行くの初めてなのか?」
「ええ、そうよ。前はほとんど家から出してもらえなかったから。
たまに外出する時も、ずっと馬車の中で、外を見ることもできなかったの」
そんな生活をしていたのはほんの一か月ほど前までのことなのだが、もうずっと遠い昔のことのように思える。
今の私は、前を向いて生きることに忙しく、フランセットとしての過去を気にしている暇がないのだ。
「最初はその公園だな。他にも行きたいとこあるんだろ?」
「ええ!たくさんあるわ!」
「今日一日でたくさんは無理だ。だから、特に行きたいところを選べよ。
他のところは、また今度連れてってやるから」
それって、また今度があるということね?
嬉しくて嬉しくて、私はほとんどスキップするように歩いた。
公園はとてもきれいだった。
花壇には花が咲き乱れ、私たちのようにデートをしている男女がたくさんいた。
聞いていた通り、定番のデートスポットなようだ。
「あ、この花!メサジュにもあったわ。ねぇ、この花の名前わかる?」
「いや、わからねぇ……花なんて、今までほとんど気にしたこともなかったからな。
こうして見ると、きれいなもんだな」
「お城の書庫にはお花の図鑑があるわよね。帰ったら名前を調べてみなくちゃ」
公園の花は、王宮の庭園で咲くような豪華な大輪の薔薇などではなく、小ぶりで可憐なものばかりだ。
前世の記憶にある、高原の花畑みたいだ。
あの場所は、前の私とロイクのお気に入りの場所だった。
公園の後は、友達に教えてもらったレストランで食事をして、たくさんの露店が並ぶ市場にやってきた。
「私ね、この前初めてお給料を貰ったの。
今日はそれでお買い物がしてみたいの!
だけど、私、お買い物もしたことがないから、レアンドルにいろいろ教えてもらいなさいって皆に言われたのよ」
「そうか……そうだよな。公爵家のご令嬢だったんだもんな。
じゃあ、まずはなにかほしいものを探すところからだな」
「ええ!これだけたくさんお店があるんだから、きっと見つかるわ!」
私は人混みではぐれないようにとレアンドルに手を引かれ、端から端まで店を見て回った。
ほしいものはたくさん見つかったが、当然ながらその全てを買えるほどの大金を持っているわけではない。
最初から、今日買うものは一つだけにしようと思っていた。
「決めた!これにするわ!」
私が選んだのは、折り畳み式の小さなナイフだった。
「……随分と色気がないものを選んだな」
「私に色気は必要ないわ!
エドモンさんとガエルさんも、これと同じようなのを持ってるの。
すごく便利そうで、いいなぁって思ってたのよ」
「ああいったものはほしくないのか?」
レアンドルが指さしたのは、ネックレスやブローチなどの装飾品が並んでいるお店だった。
「あんなの持ってても、仕事中は着けられないわ」
「今日みたいな休日に使えばいいじゃねえか」
「無くても別に困らないし。ナイフの方が便利だから」
「……わかったよ。それにするか。値段の交渉するから見てろよ」
レアンドルは店主と交渉してナイフの値段を決めて、私はそれに従って銀貨一枚と銅貨三枚を支払い、ナイフを受け取った。
私の初めてのお買い物だ。
これでこのナイフは正式に私だけのものになったのだ。
嬉しくて私はぎゅっとナイフを胸に抱きしめた。
「じゃあ、次は、俺がほしいものを買うことにしよう」
レアンドルはなにがほしいのだろうか。
そう思ってついていくと、足を止めたのは先ほどレアンドルが指さした装飾品の並ぶ店の前だった。
「この中から、好きなのを選びな」
「え?どういうこと?」
「今日の記念だよ。せっかくの初デートだからな。
男から女になにか買ってやるってのも、デートの定番なんだよ」
そういえば、恋愛小説の中にもそんな場面が度々あった。
私は今日は自分で買い物をするということに夢中で、なにかを買ってもらうことなど考えてもいなかった。
「本当にいいの?」
「いいんだよ。むしろ、これくらいしないと、俺が団長に叱られちまうよ」
そういうものだろうか。
よくわからないが、レアンドルが叱られるというのも申し訳ない。
それなら、と私は並べられている商品を見まわした。
自分で買おうと思うほどではないにしても、私だってキラキラしたものが嫌いなわけではない。
できれば仕事中にも着けていられるようなものがないだろうか。
となると、指輪はダメだし、ブローチも邪魔になるし、髪飾りも落ちちゃいそうだし……
「あ、これ」
私は商品の一つを手に取った。
「見て、この石、ロイクとレアンドルの瞳と同じ色だわ」
それは、小さな赤い石が一つだけついたネックレスだった。
前世の頃から私が大好きな色。
「ロイクはね、私の鱗に穴を開けて紐を通したものを、いつも首から下げてたのよ」
それが、英雄と呼ばれるようになっても質素だったロイクの唯一の装飾品だった。
最期の時も、身に着けたままだった。
「ね、私これがほしい。これを買ってくれる?」
「……わかった。それにしよう」
なんだか赤い顔をしたレアンドルが店員にお金を払ってくれた。
「あんた、ロイクのことが本当に好きだったんだな」
「ええ、愛していたわ」
「それは……番になりたいって思ってたってことか?」
「そうじゃないわ。なんていうか……家族?みたいに思ってたの」
前世の私には番がいなかった。
今も、異性を愛するということはよくわからない。
もっと言えば、フランセットだった頃にも家族に愛情を持ったことがないので、家族への愛というのも本当のところは知らないのだ。
「イヴェットは、番として愛してるのはブリュノだけど、それとは別の愛情をおじ様に向けているでしょ。
私とロイクもそうだったのよ」
「そうか……」
なんだか煮え切らないような顔をしているレアンドルに、私はネックレスを着けて見せた。
「ありがとう、レアンドル。これなら仕事中も着けてられるわ。
大事にするわね。イヴェットたちに自慢しなきゃ!」
「団長たちにも自慢してくれよ。俺が叱られないようにな」
「そうするわ。頑張って見せびらかすわ!」
その翌日、私は本当に頑張って見せびらかしたので、レアンドルは叱られなかったようだ。
そんなことがあってから、おじ様が手回しをしたらしく、私とレアンドルは休日がいつも同じ日になるようになった。
休日の度に、レアンドルは当然のように私を寮まで迎えに来て、城下町に連れ出してくれる。
私が行きたいと言ったところや、同僚や友人たちに教えてもらったお勧めスポットを二人で訪れる。
そして、いつも必ずなにか買ってくれる。
お菓子だったり、自分では買わないような可愛いワンピースだったり、靴だったりする。
おかげで、仕事中に着ている男物のお仕着せしかなかった私のクローゼットの中が、随分と鮮やかになった。
レアンドルとのデートはとても楽しい。
私たちはとても仲良くなったと思う。
これも全て、レアンドルが私とシてもいいと思うようになるために始めたことなのだが、そんな目的を忘れてしまうくらい楽しくて、休日が来るのがいつも待ち遠しかった。




