① プロローグ
年内には完結まで投稿できる予定です。
よろしくお願いします。
「フランセット・オクレール!私は、ここにおまえとの婚約を破棄することを宣言する!」
王宮の大広間で開かれた、王太子殿下の誕生日を記念する夜会で、私の婚約者であるはずのマルスラン・アングラード第三王子殿下が高らかに告げた。
煌めく銀色の髪と澄んだ青い瞳の貴公子は、私を射るように鋭く睨みつけている。
「並びに、ベアトリス・オクレールと新たに婚約を結ぶ。
これによりアングラード王家とオクレール公爵家の繋がりは保たれることとなる」
ベアトリス・オクレールとは、私の一歳下の妹だ。
艶やかな茶色の髪を流行りの髪型に結い上げ、若葉のような緑の瞳で私を嘲りながら、第三王子殿下にぴったりと寄り添っている。
青地に銀糸でふんだんに刺繍が施された豪華なドレスは、第三王子殿下からの贈り物であることは明らかだ。
一方、私はもういつから家にあるのかわからないくらい古い、裾がほころびた茶色のドレスを着ている。
付添人や女家庭教師でも、もう少しマシな服装をしていることだろう。
だが、他に私が着ることが許されているドレスなどなかったし、今回は絶対に参加するようにと第三王子殿下から厳命されていたので、しかたがなかったのだ。
「お待ちください!
殿下と私の婚約は、王命によるものです!
いくら殿下が望まれようと、勝手に破棄などできるはずがございません!」
「うるさい!黙れ!
私の婚約者は最初からベアトリスのはずだったのだ!
それを、おまえが我儘を言って、横から奪い取ったのであろう!」
「そんなことはしておりません!」
「だいたい、おまえのような女がこの私の婚約者になどと、思い上がりもいいところだ!
地味でみすぼらしい上に、魔力が平民並みに少ない役立たずなくせに!」
同じ両親から産まれた姉妹なのだが、私はほんの僅かな魔力しか持っていないのに対し、ベアトリスは王族に匹敵するほどの魔力を持っている。
魔力量というのは貴族にとって重要なステータスであり、それが少ない私は出来損ないと言われながら育った。
第三王子殿下が私との婚約を不満に思っていることはわかっていた。
婚約者として公爵邸を訪れる時は、私でなくベアトリスといつも仲良く過ごしていた。
贈り物も手紙も優しい言葉も微笑みも、全てベアトリスにだけ与えられ、私には冷たい一瞥をくれるだけだった。
私だって、第三王子殿下が好きだったわけではない。
ただ、王命だからと大人しく従っていただけだ。
アングラード王家とオクレール公爵家のために、私は我慢をするしかないのだと思っていた。
だから、この時第三王子殿下に縋ろうとしたのは、恋情からではない。
貴族令嬢に生まれたからには、その義務を果たさなければならないと思ったからだ。
「殿下、どうかお考え直し下さい」
「触るな!無礼者!」
だが、私が伸ばした手は乱暴に振り払われ、私は床に倒れこんだ。
そして、そこから動けなくなった。
とてもとても大切なことを、突然思い出したからだ。
(ああ、どうしてこんなに大切なことを忘れていたのだろう)
頭の中に蘇るのは、膨大な記憶。
翼を広げ自由に大空を駆ける爽快感、どこまでも広がる海や森を見下ろす光景、いい香りのする木の葉、甘酸っぱい赤い果物、草原で日向ぼっこした時の温かさ、夜にだけ咲く白い花の蜜の甘さ、戯れに飛び込んだ湖の水の冷たさ。
私の名を呼ぶ優しい声。私を撫でる温かな手。
背中に乗せて飛ぶと、いつも嬉しそうに笑ってくれた。
一緒に狩りをして、一緒に食事をして、一緒に眠った。
出会ってから、いつも一緒だった。
この幸せがずっと続くと思っていた。
それなのに。
突如として魔物が大量発生するスタンピードが起こり、私たちは人々を守るために迫りくる魔物の群れに立ち向かった。
友達の騎士たちも勇敢に戦ったが、一人、また一人と倒れ、最後には私たちふたりだけになった。
傷だらけになり、魔力も尽きて、私の自慢の爪も角も折れてしまった。
それでも私たちはお互いを庇い合いながら必死で戦った。
一匹でも多くの魔物を狩り、一人でも多くの人が逃げることができるように。
それだけを願いながら、体力と魔力の限界を越えても私たちは戦い続けた。
そして……
あの子の体が力を失い地面に倒れ伏した。
私と繋がっていたあの子の魂が、その体から消えていく。
魂が引き裂かれる激しい痛みがはしった。
------私の愛しい子!
私は痛みと悲しみと怒りに慟哭した。
いやだ、死なないで。
置いていかないで。
ずっと一緒だって、約束したじゃない。
守ると誓ったのに。
この命に代えても、守ると誓ったのに。
守れなかった。死んでしまった。死なせてしまった。
いやだ、そんなのいやだ、死なないで、置いていかないで、悲しい、痛い、愛してる、いやだいやだ、こんなのいやだ、なんで、どうして、死なないで、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだ……
------私の愛しい子!
「……ああああああああああ!」
記憶の中の私と同じように、今の私、フランセット・オクレールも慟哭した。
この時の私は、第三王子殿下もベアトリスも、たった今婚約破棄をされたことすら忘れ去っていた。
あまりにも強烈な記憶の奔流に私の意識は飲み込まれ、泣き叫び胸を掻きむしりながら私はその場で気を失った。