ニーアとギディオン。
神殿の完成式典は関係者だけでひっそりと行われた。
一般へのお披露目は特にする予定はなく、そもそもこの神殿の周囲は部外者立ち入り禁止の壁で塞いである。
危険だから。
表向きはそんな理由だけれど、そんなものはおいおいバレるだろう。
その時のことを考えると、ギディオンの心は暗くなる。
セリーヌの秘密が公になるのは避けたい。
けれど。
それも時間の問題だ。
その時に、いかに彼女の身をまもるか。
それが現在の彼のテーマでもあった。
ニーアは「帝国聖女庁聖女宮で保護する」のが一番いいと主張する。
確かに。
帝国の、それも聖女庁直属の聖女という肩書きがあれば、有象無象の悪意からも守り切ることはできるだろう。
しかし……。
それではセリーヌの意思は? 彼女の自由は?
ただただ自由に笑うセリーヌを、大事にしたい。
帝国の秘蔵っ子聖女となってしまったら、そんな彼女の自由は保証できない。
何をするにも制限がかかる、そんな生活を余儀なくされることになるだろう。
街のドーナツ屋で一般の店員として働くなんてこと、許されるともとても思えない。
ニーアのいうことが正しいとは頭では理解している。
けれど……。
素直に聞くことも、できない。
まして、セリーヌに打ち明けることも、できないでいた。
◇◇◇
「え? 本当? セリーヌが帝都に?」
「ああ。ニーア。来春にセリーヌを連れて帝都に行くことにした」
「そっか。ギディオンもようやく観念してくれたってことね。別にセリーヌを帝国お抱えの聖女に認定したってギディオンのパートナーだっていうのはそのまま通してあげるからさ」
「いや、そういう意味ではなくて……」
「え? パートナーじゃなかったの?」
「いや、そこではなくって……」
式典が終わり、神殿の中に用意したニーア・カサンドラ専用執務室で彼女と二人、用意された紅茶を飲みながら。
ギディオンはセリーヌの帝都行きについて語り始めた。
「今回の帝都行きは、聖女庁に赴くわけじゃない。セリーヌが懇意にしているドーナツ屋が帝都に2号店を出店するから、手伝いに行くだけだ」
「ああ、ミスターマロンのことね? あそこのドーナツは美味しいもの。食べると元気が出るのよね。あれが帝都でも気軽に食べれるようになるのは嬉しいけど……。あ、まさか……」
ニーアは、ポンと両手を打って。
「もしかして、あのグレーズとかお砂糖、セリーヌの魔法がかかってる!!?」
「ああ。どうやらそのようだ。でも、セリーヌの魔法はそんな意味、体力回復とかを狙って使っているわけじゃない。あれはいわば、副産物、副効用、と言ったところか」
「え? どういうこと?」
「セリーヌ曰く。彼女の魔法は味付け魔法、らしい。無からポーションを生み出す魔法。そのポーションに好きな味をつける魔法。ということなんだ」
「ああ。そうね。そういう権能、なのね」
「ニーアも彼女が無からポーションを作るところは目撃しているし、そもそもこの命の泉がその産物なのだから、隠してもしょうがないと思って話してるんだが」
「ええ。納得したわ」
「セリーヌは、この権能のことを内緒にしたがっている。そもそも無からポーションを作成できるだなんてことだけでも規格外すぎる。だから、ニーア。申し訳ないが帝国聖女庁には内緒にしてほしい……」
「うーん。セリーヌが命の水を生み出したことで、彼女の権能がポーション作成魔法だっていうのはわかってたけど、そこに好きな味をつけることができる、だなんてね……。まあ、今更なような気もするけれど、とりあえず口はつぐんでおくわ。でも……、そうと知ったら余計に注意しなくちゃいけないかもしれないわ。帝都で、食べれば元気になるドーナツ、だなんて評判になったら、絶対にレシピを狙うバカな人たちが現れると思うもの」
「そうだね……。そこだけが、心配なんだけれど……」
「まあ、いいわ。帝都に宿泊するのなら、わたくしの家にどうぞ。精一杯歓迎するわ。それに、セキュリティ的にも万全よ」




