貴族の仮面。
「ギディオン様、あたし、帝都に行ってみたい」
まったりとした夜の時間。
最近のギディオン様は、夜にご飯を食べにくる時間がある日はこの公爵家別邸にお泊まりして朝お仕事に出掛けていく。
だから、夜の時間は二人でまったり過ごすことができていて、ちょっと嬉しい。
寝る時は一応別の部屋、だけれども、こうして夜が更けるまで二人で過ごせる。
「にゃぁ」
ああ、ごめん、ミーシャも一緒。
ミーシャはあたしの膝の上で丸くなってる。
ゴロゴロ言いながら、時々自分のにくきゅうをなめ、指の間を広げて見せる彼女。
こうしているとほんと、普通の猫、だなぁ。
「何か、あった?」
ちょっと真剣な目になって、こちらを見つめるギディオン様。
「ううん、ちょっと、春になったらアランさんが帝都にミスターマロン2号店を出すことになって。その立ち上げをね、あたしに手伝ってほしいって言われたの……」
流石に、そこまで平民のお店にって思われるかな……?
ちょっと怖い。
反対されるのが怖いんじゃない。
意識の差がもし見えてしまったら、その方が怖い。
あたしは表は貴族かもしれないけど、心の奥底はフラットだ。
正直、心は平民だよって、そんなふうにも思ってる。
もし、純粋な貴族のギディオン様が、そんなあたしの心を、違ったものでも見るような目で見たとしたら、それが、怖い。
ギディオン様は平民であろうが差別をするような人じゃない。
それは十分わかっているの。
でも。
それがただの博愛精神からくるものだったら?
普通の貴族の方達のように、自分自身と平民とをまるで違う生物のように見ていたら?
あたしのお父様は、貴族の中の貴族だ。
もしあたしが自分のことを平民だって思ってるって本気で話せば、今のこんな自由は許してくれないだろう。
あたしのことを、「おかしくなった」と判断したら、妹マリアンネと一緒の修道院に閉じ込めるかもしれない。
血縁よりも、娘よりも、国や、法、家が大事なんだろう。
それが貴族なのだって言われたら、返す言葉もないけれど。
ギディオン様は、違うって、そう思いたい。
でも……。
怖い。
あたしが思っているのと違うギディオン様だったら……?
そう考えることが、怖くてしかたなかった。
「ふう」
一息、そうため息をこぼすギディオン様。
呆れてしまわれたのだろうか。
だとしたら、悲しいな、そんなこと考えたら、ほおに涙が一筋こぼれ落ちた。
はっと。
こちらを見つめ目を見開く彼。
「ああ、反対するつもりも悲しませるつもりも、なかったんだよ。許してほしい、セリーヌ」
そうおっしゃって、あたしの頬に両手を伸ばす。
「いえ、わたくしが悪いのです……。許してください……。ギディオン様……」
優しいギディオン様に、素の自分を曝け出すのが怖い。
貴族の仮面をつけなければ、心を保てない……。