ギディオン。
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カーテンで仕切った廊下を闇雲に走り抜ける少女。
まあそれでもそのまま行けば外には出られるし外にさえ出られれば街の城壁が見えてくる。
街まで彼女の足で数刻かかるとはいえ、迷子になったり危険な目に遭うほどでもないだろう。
そう考えそのまま見送るギディオン。
「いいんですか? 隊長」
傍にひかえていた副官のジーニアスがそう声をかけてきたのに答えつつ歩き始める。
「ああ、ジーニアス。いいんだよ。怪我もなさそうだった。きっと衝撃で気絶しただけなんだろうさ」
「いえ、私が言いたいのは、あの少女、いかにも怪しいじゃないですか。それをこのまま放置してもいいんですか? って意味ですが」
「怪しい、かい?」
「あんな守りの魔法が宿った石、その辺の平民がそうそう持ってるものでもないでしょう?」
「まあ。確かに。お前には見えたかい? 彼女の魔力、魔力紋を」
「はん、そんなの隊長のドラゴンズアイみたいなアーティファクトでもなけりゃ見れるわけありませんよ」
「彼女の魔力紋な、虹色に輝いてたよ。特に強いのは青色だけれど、それでも全属性なのは間違いないな」
「っく! 全属性だなんて、そんな」
「そうだね。貴族の、それも高位の貴族にしか滅多に現れることがない全属性だ。あの子が貴族の血筋なのは間違いがないだろうね」
「じゃぁ尚更じゃないですか。隊長。そんな娘さん、このままにしておいていいんです?」
ギディオンはその金の髪をさっと掻き上げ、副官のジーニアスに向き直る。
「あの子は悪い子じゃなさそうだったからね。正義感もある、いい子だよ。いろいろ事情はありそうだけどもうちょっと何をするのか見てみたくなった、かな」
「もう。隊長の悪い癖ですそれ。まあいいです。で、これからどうしますか?」
「そうだな。多分行き先はミスターマロンだろう。諜報部から誰か見繕って監視させてくれ。モックパンとの諍いも調べなければな」
「了解です。手配しておきます。それとあの荒くれどもですが、どうやら地下組織のバックラング一味の者のようです。一応圧力はかけておきましたがいつまでもつか……」
「ふむ。調べが済むまでは大人しくしておいてくれるといいけれど……」
「闇雲に組織を潰して解決する問題でもないですしね」
「まあ、そういうことだ。それでは頼んだよジーニアス」
「了解です隊長、任せてください」
執務室に戻るまでの間にそれだけ話をし、ギディオンは自分の椅子にどっかりと腰掛けた。
(あの子……初めて会った気がしないんだけどどうしてかな……)
子供の頃にでも出会っていたのだろうか? しかし……。
赤毛で茶色い瞳。顔立ちは整っている。むしろ愛らしい。
敬愛する彼女に似ているような気もするけれど……、と一瞬考え頭を振る。
聖なる白銀の髪を持つあの人の血筋なら必ずその髪色も受け継ぐはず。それに、彼女の娘は一人だけだ。既に公爵夫人となって幸せな日々を送っているはず。こんなところにいるわけはない。
そう、いるわけはないんだ。
目を覆い椅子に深く沈み込んだ。