ミスターマロン2号店。
「帝都、ですか?? 王都じゃぁなくって?」
王都ならすぐ隣だけど、帝都だとちょっと遠い。
馬を使ったとしてもそう簡単に行き帰りできる距離じゃない。
でも、急にどうして……。
「まあな。そう思うよな」
アランさん、サッとあたしに椅子を薦め、あたしの大好きなミルクティがなみなみ注がれたカップを渡してくれた。
お店のオープンまではまだちょっとだけ時間がある。
その間にお話をしようって算段なのかな?
でもどうしてあたしに?
「ほら、俺たちが修行してた王都の菓子屋の話はしたよな?」
「修行をしていた、くらいですよね。そこの名前も聞いてなかったりです」
「はは。そうか。すまん。その菓子屋が俺に、ミスターマロンの2号店を出さないか、って言ってきたんだよ」
「え? お菓子やさんなら競合しません?」
「俺も最初は疑ったさ。レシピを真似て帝都の店で売ればいいじゃないかって。でもな」
でも?
アランさん、右手に持っていた自分の分のミルクティをごくんと飲み干して。
「あいつはわざわざ俺を訪ねてここまできてくれたんだ。もう、ずいぶんご無沙汰しちゃってたってのになぁ……」
遠くを見るような目をして、ぎゅっとそのまま目を閉じる。
あいつ……。
懐かしそうな顔をしてアランさんがそういう人って……。
「リュークが来たんですか」
厨房から出てきたジャンが洗った手をエプロンで拭いながら、アランさんに聞く。
「ああ、ジャン。あのリュークがなぁ。今じゃグランドパティエの総支配人だって話だ」
「ふん! あいつが総支配人だなんて、どうせ親のコネでも使ったに違いないさ」
「はは。まああいつは貴族の七男坊、だったか。母親の身分も低くて家督には縁がないわ継げる爵位もないわ、で、よくて部屋住だからってよくこぼしてたっけ。だからこそ、かな。あいつの職人修行にかける意気込みはそれは大したものだったよ。オレにはもうこれしかないんだ、ってのが口癖だったもんな」
「まあ、真面目だったのは確かでしたけどね。俺と違って」
「そうだな。ジャン、当時のお前にもうちょっとリュークみたいな必死さがあったら、じいさんも安心できたんだろうがな」
「それを言ったらアラン兄さんだろ。あんたがじいさんを裏切って出奔しちまうから、俺がその後どんなに苦労したか」
「あれは、まあ、悪かったな。お前が俺にしたことぐらい、ちゃんと許してやれればよかったのかもな」
「俺は……、許して欲しかったわけじゃない。兄さんがちゃんとモックパンを継いでくれればそれでよかったんだ、才能がない俺じゃなくって」
「才能がないだなんて思ってないさ。俺だって、じいさんだって。だからこの店での修行を勧めたんだ。お前を一人前にしてくれってのがじいさんの遺言のようなもんだからな」
「勝手に殺すなよ! じいさんはここのドーナツを食って元気になったじゃねえか。ほんと、魔法のドーナツだよな。俺が作ってるドーナツなのにな? 笑えるよ」
ジャン、本当に笑ってる。皮肉な表情じゃない。楽しそうな笑顔だ。
っていうか、これが本来のジャンなんだ。
悪ぶって見せてた時とは違う。
心の底から笑みが溢れている。そんな顔をして。
「しかし、2号店だって? どうすんだよ。この店休んで帝都に行くのか?」
「いや。この店はお前に任せようと思う」
「な、バカ言ってんじゃねーよ。今でもヒーヒー言ってんのに、兄貴みたいな数、俺に作れるわけないだろ!!」
確かに。
最近は一日に売れるドーナツの数も、ずいぶんと増えてきた。
アランさんならともかく、ジャン一人でそれだけのドーナツを作るのは確かにちょっと難しい。かといって、今から新しい人を雇っても、モノになるまでに時間がかかる。モックパンから職人を持ってきてしまうと、それはもうこのお店がミスターマロンじゃなくなっちゃう。
マロンの味、守れなくなっちゃうのはちょっと嫌だ。
「まあ、流石にお前一人に今の販売数をこなせなんてことは言わないさ。じいさんところから人を借りてくるにしても、あんまりベテランは難しいだろうしな。せいぜい最近雇った旧バックラングのメンバーくらいか?」
「ちょっと待てよ。あいつらじゃ足手纏いにしかならねーよ」
「簡単な力仕事なら教えればできるようになるだろうさ」
「でもそれじゃぁ、店のガラが悪くなるぜ? いくら更生したって言っても、あんなチンピラ連中じゃ……」
「おいおい、ジャン。お前の元子分たちだろう? それに、ずいぶんと真面目に頑張ってるってはなしだぜ。いい機会だからこの店でこき使ってやればいいさ」
「っとに。もうすっかりと帝都に行く気満々だな。俺が反対したって聞く耳はなさそうだ」
「まあ、な。しかし帝都の店は最初っからリュークのところの職人を鍛えるところから始めるつもりだ。なあに、軌道に乗ったらこっちに戻ってくるさ」
「どれくらいの間だ?」
「それでも半年はかかるだろうさ。その間、この店をお前に任せたい」
真剣な眼差しでジャンを見つめるアランさん。
ジャンも、頭をかきながら、しょうがないといった顔になる。
「それでも、どうあっても今のような数はこなせないぜ? それでもいいか?」
「ああ。それはしょうがないと思ってる、さ」
はう。
なんだか二人ともすっかりこのお店のこと諦めちゃってる?
数か……。
確かに今まで通りのハンドカットのドーナツじゃ作れる数にも限界がある。
でも……。
……そっか! ハンドカットじゃなくってマシンカットなら……。
「ねえ、二人とも。あたしに考えがあるの!」




