君がそこにいるだけで。
君がそこに居てくれるだけでこの世界が色鮮やかに感じられる。
愛しているってそんな言葉だけではこの感情を全て表現することは無理だった。
♢ ♢ ♢
最近の駐屯所では、騎士たちはほぼほぼ訓練に励む日々を送っている。
セリーヌの創り出した命の水はいまだ健在で、周囲はすっかり浄化され森に住んでいた魔物達も普通の動物へと戻っていた。
ホーンラビットは普通のうさぎに。
デットバイソンは羊に。
小鳥の姿も多数目撃されている。
長らく魔獣によって支配されていたせいか、今では大型の動物はあまり見かける事はなく、小動物が住む地と化したこの星闇の森。
またいつか、魔獣が湧く可能性がないわけではない。
だから警戒は必要ではあったけれどそれはそれ。
命の水がたゆたゆと溢れるこの泉がここにあるうちは、そういうことにはならないのではないか?
それが帝国聖女庁の見解だった。
これまで定期的に時空の亀裂、異界の門が開き魔が溢れていたこの地。
吹き出す魔素に染まっていたのはいつもこの場所だった。
そこを塞ぐ形で形でたゆたうマナの泉のその水面。
今に至ってはここは魔獣より人から護らなければいけないな。
そうギディオンは考えていた。
古くよりこの地への一般の立ち入りは禁止されていた。
しかしそれはあくまでこの地にある魔獣が危険だからという理由だ。
このような神秘の泉がここにあると知れたら、それを狙って押し寄せる輩も出ることだろう。
特に、魔獣を定期的に退治する為に森に入ることを許可されていた冒険者達の中には、今のこの立ち入り禁止処置に文句を言う者も現れている。
泉の周辺は騎士団が護って居るけれど、その近くまでは入り込む者もいる。
魔獣が出ない事に拍子抜けして去ってくれる者はまあいい。しかし、その奥に何が隠されて居るのかと興味本位に近づいてくる者に対しては注意しなければ。
いや。
もっと根本的な解決策を考えない事にはこれ以上ここを秘匿するには限界がある。
「隠そうとするからいけないのよ。ここには封印が施されたからと発表して神殿を建てたらどうかしら?」
「神殿を?」
「そうよギディオン。セリーヌの能力で創られた命の水を分析した結果、あれは聖玉水、ハイポーションなんかと比較にならない完全回復薬、万能ポーションである事がわかったわ。でもね、なぜかあの場から持ち出したものは数日でその効果を失うの。帝都まで運んだものは全てただの水に変わってしまっていた……。だからもしあの水を汲んで逃げた者がいたとしてもそこまで問題にはならないんだけれどね。それでも、そうね、事実を知った人が大勢ここに押し寄せるような事になったら大変だもの」
「ああ、それに。セリーヌの事が心配だ」
「そうね。あの子の力は計り知れないわ。だから彼女はわたくしが保護して聖女宮に匿う必要があると思うのよ」
「それは……」
「そうよね。ギディオン。貴方も、あの子も、そんな事を望まないのはわかっているわ。でもわかってちょうだい。セリーヌを聖女として認定し聖女宮の保護下に入れるしか彼女を護りきる術はないのよ?」
「しかし……」
「無理強いはしないわ。今でもわたくしの権限が及ぶ範囲ではなんとかするつもり。でもね、考えておいて。あの子をこのままにしておくことはたぶん難しいのよ」
ニーアがそう言ってその旨を帝国聖女庁に報告した結果、急ぎ帝国より神殿建設部隊が派遣される事が決まった。
命の水、聖玉水による封印でこの地が護られているのは事実だろう。
そこに神殿を建てる事により、封印をより強固にする。
国王陛下には全てを報告してあるが、帝国聖女庁の決定に異を唱える陛下ではない。
建設工事の許可はすぐに出され、その責任者には聖女ニーア・カッサンドラ・ベルクマールが着任した。
命の水の存在は一般には秘匿したままに。それはつまり、セリーヌの存在をも表に出さない為でもあったから。