【side アラン】娘のように。
金はいらないだなんて最初はどこの貴族の道楽だよって思わないわけでもなかった。
それでも、この彼女の真剣な怒り、それを信じることにしたオレ。
オレを庇おうとしてくれた時のあの勇気と、あの時の女神のような輝きに惹かれた。
「申し訳ねえ嬢ちゃん。オレは悔しいんだ。なんとかあのジジイを見返してやりたいけどこのままじゃジリ貧になるばっかりで……。あんたが手伝ってくれたからってどうとなるものでもないかも知れないが、もう少しだけでもあがきたい。チカラを貸してくれるのかい? ほんとうに申し訳ねえ……」
気がついたら泣いていた。悔しかったのと、申し訳ない思いと、そして、嬉しかったことに。
オレの悔しさに同調するようにこの嬢ちゃんが怒ってくれたことに。
この子が手伝ってくれたからってどうともなるものじゃないかもしれない。
そうは思うものの、それでも。
彼女の心に報いたい。そうも思ってしまったのだった。
セレナと名乗った少女の知識は信じられないものだった。
オレが帝都で修行した内容はどうやら網羅しているようだ。
おまけにドーナツに砂糖菓子の技術を使うだなんて、オレには思いつけなかった。
いや、今まで新しい味をと模索してきてはいたはずだったけれど、どちらかと言ったら庶民的な味に固執していたのかもしれない。
これ以上原材料に値をかけることに、知らず知らずのうちに歯止めをかけていたのか。
砂糖をふんだんに使ったグレーズを熱々のドーナツにかけることで、その表面が綺麗にコーティングされ見た目も宝石のように光り輝く。
セレナ嬢ちゃんのあの結界のように。
砂糖の使用を渋るオレに、
「今使わないでどうするっていうんですか!? お砂糖の山残したまま潰されちゃったら元も子もないじゃないですかー」
と詰め寄る彼女。
確かに。確かにそうだと納得し、オレはこの新商品にかけることにした。
策は当たった。
「ミスターマロンのドーナツは美味い」
そんな噂が広まり客も増えた。
不思議なことにチンピラどもの嫌がらせも無くなった。これはあの騎士団の隊長の旦那のおかげか。
そしてもう一つ。
「ミスターマロンのドーナツを食べると元気になる。体調もよくなる」
とそんな話も出回っているらしい。
こちらについてはきっとセレナ嬢ちゃんの魔法の力のおかげかもしれない。
賄いはずっとオレが作っていたのだけれど、嬢ちゃんがたまには自分で作りたいというので任せてみると……。
信じられないような美味い飯を作る彼女。
味わったことのないようなそんな料理で、おまけになぜかその飯を食うと力が湧く。
冒険者時代に仲間にしていた魔法使いが使うバフよりももっと高い効果があるその飯に、オレは随分と助けられた。
朝早くから夜遅くまで働き疲れ切った体が彼女の賄いを食うと回復するのだ。
体力には自信があったオレだったけれど、流石に歳には勝てないと思い始めていたところだったから余計に助かった。
まあセレナは貴族であることを隠そうとしているようだったし、何か事情があるのだろうと思い直接聞くのは憚られたけれど、心の中でずっと感謝していたよ。
オレたちの前に現れたこの天使の少女。
マロンもオレも、いつしかセレナのことを自分たちの娘のように大事に思うようになっていた。




