優しいお声で……。
「セリーヌ、か?」
回復魔法が効いたのか、お父様のお顔の色も随分と明るくなって。
ふわっと目を開けたお父様、すぐにあたしのことに気がついてくれた。
「大丈夫ですか? お父様」
「ああ。これは。お前が祈ってくれたのだね。すっかりと良くなっているようだ……」
お父様ゆっくりと身体を起こしてあたしをみつめる。
「ありがとう。お前が見舞いに来てくれるとは思わなかった。マリアンネに聞いてくれたのかい?」
え?
お父様、もしかして何も聞かされていない?
「あ、いえ。お父様、でも、どうして……」
たとえご病気だったとしても、今は良いポーションも多い。
万病に効くポーションがあるわけではないけれど、それでも体力を回復させるだけならよく効くお薬もあるはずだ。
お母様が亡くなってから今までに、国内のお薬の状況もかなり進歩しているはずなのに。
それに。
お父様のお身体にはもう病巣は残っていない。
ポーション魔法の権能のおかげか、あたしには病気の人の症状も、お薬の効能も、鑑定することができるから。
さっきまでのお父様は確かに全身が疲弊し内臓にもダメージが蓄積されていた。
でも。
それに対応する病巣を見つけることはあたしにはできなくて。
今こうして改めて鑑定してみても、「健康体」としかいえない状態になっている。
「お父様! もしかしてお父様、何かお薬とか飲んでいましたか?」
「ああ。体調がすぐれなくなってすぐマリアンネが持ってきてくれたこれだ。お前が用意してくれたのだと聞いたが……」
「マリアンネ、は、今どこに?」
「ん? どう言うことだ? マリアンネはお前の仕事を手伝うのだと、アルシェード公爵邸に入り浸りではないか?」
「義母様も、ですか?」
「ああ。マリアンネの世話は他の人間には任せられないと言ってついていったさ。まあ、わしは一人でも大丈夫だからと許可を出したが」
「どうして……」
「お前がパトリックのもとで頑張っている、領地の仕事も任され大変なので手伝ってあげたい。お前にも頼まれた。そうマリアンネは言っておったが……。違うの、か?」
あああああ。
なんてこと。なんてことを……。
見せて貰った薬は毒だ。
即死するわけでもなくすぐに効果が出るわけでもない、遅効性の、毒物。
前世の日本で言ったらヒ素みたいなそんな毒。
まさか、パトリック様の指示だろうか?
だとしたら、どうして?
お父様はパトリック様にとっても恩人なはず。
どうして……。
それと。
今日はいつにもなく饒舌にあたしに色々お話をしてくださるお父様。
気が弱っていらっしゃるのかな。
以前のような問答無用な圧力は感じない。
病み上がりのせい?
どちらにしても。
今日、ここにあたしが来ることができて、よかった。
お父様の命を救うことができて、本当によかった。
「ごめんなさい、お父様……」
「どうした……、セリーヌ?」
「わたくしのせいかもしれません……。わたくしがパトリック様の元から逃げ出してしまったから、あの人……、でも、なんで……」
「逃げた、だと?」
「ごめんなさい、お父様。お父様に逆らう形になってしまいましたが、わたくしパトリック様の浮気にもう耐えられなくなってしまって、自分の名前だけ書いた離婚届を置いて家を出ていたのです……。もう、ひと月近くになりますわ……」
怒る、ような、驚いた、ような。そんな複雑な表情でこちらを見つめるお父様。
「わたくしが……、わたくしが家を出てさえいなければ、お父様をこんな目に遭わせるような真似、絶対にさせなかったのに……。もっと早く気がついていれば、お父様をこんなにも苦しめることなく治して差し上げることができたのに……。ごめんなさいお父様……」
涙がこぼれてきてもうはっきりお父様の姿を見ることができなかった。
「そうか。よくわかった。だいたいの事情は呑み込めた。奴め、恩を仇で返すとは許せん……。お前はベルクマール家で匿われていたのだな。先ほどセバスからベルクマール家からの見舞いが来たと報告があった。体調がすぐれず帰っていただくようセバスには言ったのだが、お前も一緒だったというわけか。辛い思いをさせてすまなかった。もっとわしが気をつけていれば……本当にすまない……」
もう、お父様がどんなお顔でそうおっしゃっているのかはわからなかったけれど……。
そのお声が、とても優しいお声だったのは、わかった。
嫌われてると思っていたのがもしかしたらあたしの勘違いだったのかもしれない。
そう思いなおして。