アランさんの決意。
「アランさん?」
「ああ、ちょっとな。あの爺さんに、『耄碌してんじゃねえよ!』って言ってやんなきゃ気が済まなくてな……」
神妙なお顔でそんなことを言うアランさん。
白いお髭も今日はさっぱりと剃って、なんだか少し若返ってみえる。
っていうか。たぶんだけど。
アランさんはジャンにお店を継がせたくて自分が悪者になって身を引いたんじゃないかって、そんな気がしてる。
アランさんは強がってそんなこと言わないけど。怒って殴って飛び出した。そう軽く言ってのけるけど、きっとそれだけじゃない。
モーリスさんから受けた恩、たぶん、ほんとの親のように思ってた人に、その恩を返すために自ら身を引いたんじゃないかって。
だけど。
ジャンはそんなアランさんの気持ちなんかわかろうともしないで嫉妬し続けたんだ。
でもだったらだったでもっとちゃんと真摯にお仕事に取り組めばよかったのにね。
こんな嫌がらせのような真似ばっかりしてるからか、どうやらちょっとバチが当たったみたい。
というのも、王都のお店は悪い評判が立って、潰れる寸前なのだとか。
ギディオン様のお家の侍女さん経由で変な噂を聞いて。
ジャンのドーナツは固くて、ボソボソして、なんとなく嫌な味がするって、そんな話が出回っていたから試しにちょっと手に入れてもらったら……、もうびっくり。これ、作って三日は過ぎてない? ってドーナツを堂々と売っていたらしい。
まさか商品の廃棄の時間まで決めてなかった、守ってなかっただなんて。
この世界、前世の日本と違ってその辺の賞味期限とかの法律はゆるい。っていうか正直その辺は売る人の気持ち一つでもある。
もちろん貴族とか権力者の家に腐ったものや毒になる食材を売った商人は私的に罰せられる。
国はそんな難癖で平民が割りを食わないように注視したりはするけれど、基本的に平民を商人から守る法律なんてものはそこまで厳しく決められていないのが現実だ。
だいたい、食べ物に賞味期限なんてものをいちいちつけていたら貧乏な平民の食べられるものがなくなってしまう。
新鮮なうちにお金持ちが食べ、時間が経ったものを普通の平民が食べ、日本じゃ廃棄するような食材は底辺の人や底辺の冒険者やあとは家畜の餌になる。
そうやって無駄なく食べ物を消費しているのがこの今の社会。
まあジャンのお店がそういう衛生観念を持っていなかったのは残念な話だけど、それでも仮にそんなドーナツが王宮に献上され王子の口にでも入ってて、まだ七歳のシャルル王子がお腹でも壊してたら大変だ。ジャンのお店だけでなくロック商会そのものがお取り潰しになっていてもおかしくはない。
王宮のお膝元、王都の一等地でお菓子屋さんを開くっていうのはそんな危険だってあるのだから。
だからこそ、ちゃんと安全安心な食品を提供しなきゃいけないのに。
アランさんは帝都でその辺をしっかり学んできたのだそうだ。
本当だったらジャンだって、それくらいちゃんとわかっているだろうに。衛生観念と利益を秤にかけ利益を取ったに違いない。結果としてそれが客離れを引き起こした理由なのだろうけれど。
「せっかくオレが……、いや、なんでもない。モーリスの爺さんにちゃんと目を覚ましてもらってジャンのやつにガツンと言ってもらわなきゃな。だから」
「ええ。頑張ってくださいアランさん」
「はは。セレナ嬢ちゃんのおかげだよ。今こうやって順調に店がやれてなきゃ、どの面下げてって話にもなるからな。オレは、モックパンにも潰れてほしくはないんだ」
お顔も綺麗にお髭を剃って、髪もきちんとセットしたアランさんはいつものおじさんの印象とは違いイケメンなお兄さんみたいに見えた。服もパリッとしたものに着替えて。
「じゃぁ、行ってくる」
とお店を出ていく。
なんだか少し、晴れやかな、そんな表情にも見えるアランさん。
「いってらっしゃい。あんた、頑張って言いたいことちゃんと全部ぶちまけてきな」
そう送り出すマロンさんの顔も、なんだかとても嬉しそうだった。




