実践経験。
ゾクッ
っとした感触が全身に走る。
え!?
何、これ?
っていうか、何この大量の魔素!
たくさんの魔力の気配!
お風呂の温かいお湯が気持ちがよくて、心の奥まで溶けてしまいそうになっていたからだろうか。
心の壁が少し緩くなっていたせいだろうか。
離れた場所にあるだろう魔素を感じてしまったらしい。
それにしても。
これは多すぎる。
魔獣の大量発生?
うん、これはその可能性が高い。
この駐屯所がこんな有様になったのも、同じような魔獣のせいだとすると……。
大変だ、ゆっくりお風呂入ってる場合じゃないよ!
あたしは急いで湯船から上がると、体を拭くのもそこそこに服を着る。
まあこれくらいだったら魔法で乾かせそうだ。
髪にも大急ぎで染色用のポーションを塗って、そのまま熱風を起こし乾かした。
ドレッサーの鏡で確認して。うん。ちゃんと染まってる。
普通の毛染めとは違ってあたしが染めたいと思ったところだけを染めることができるポーションだから、こういう時は便利かもしれない。
脱衣所を出て大急ぎでロビーまで走る。
ん?
なんだかざわついてる?
先日やさっきまでとは違う人のざわつき。
訓練された騎士様たちは普段こんなにもザワザワとしないのかと思ってたけど、今はちょっと様子が違う。
お風呂に入る前には感じなかった、緊張感みたいなものがピリピリくる。
「ギディオン様!」
彼に、知らせなきゃ。
ロビーに着くなりそう叫んでいた。どこにいるのかわからないけど、とにかく早くと焦って。
「どうした!? セレナ?」
バタバタと駆けつけてくれたギディオン様。ごめんなさい。
「魔獣が来ます! 大量に。それと、その中の一匹はとても魔力が大きくて!」
そう。大量の魔力の中に桁外れに大きな魔力の塊も感じていた。
あれは、だめ。
あれは危険すぎる。
「ああ。君にはあれを感じることができるんだね」
そう言ってあたしの頭に手を置いて。
「落ち着くんだ。セレナ。いや、セリーヌ。今から私たちは魔獣迎撃に出る。君はガウディに避難してくれ。街にはこういう時のための結界もある。私たち騎士団が、必ず魔獣たちを打ちまかし、君らを守るから」
「いやです! あたしも連れてってください。ギディオン様だけが危険なめに会うのなんて、いや。あたしの魔力でギディオン様の役に立ちたいんです!」
「わがまま言わないで。君は魔獣と相対したことがあるのか? 確かに君は魔力量が多い。だけれど今まで実戦で使ってきた経験はないのだろう?」
「でも……、だけど……」
「困らせないでくれ。私は君を守りたいんだ……」
あああ。だめ。
悲しそうなお顔をするギディオン様。
あたしは彼にこんな顔、させたいわけじゃないのに。
「わかりました。ごめんなさいギディオン様……」
「わかってくれて嬉しいよ。君を危険なめに合わせたくない。だからね」
「でも、せめて……。ねえギディオン様、ここには空になったポーション瓶はありますか?」
「ああ、出発前にも皆がバフ用の体力強化ポーションを飲んでいくから。空はあるはずだけれど」
「それをここに。お願いします」
「どうするっていうの?」
「あたしの魔力を込めます。あたし、ポーションが作れますから」
「そうか。うん。信じる。助かるよ」
あたしの目の前にあつめられた空のポーション瓶。
三十本くらいだろうか、それがテーブルの上にまとめて置いてある。それに。
両手を翳し念じる。
お願い、バアル。チカラを貸して、キュア。
碧く清浄な光が舞い、金色の光がその中で踊るように震える。
ここはギディオン様の執務室。
人払いしてもらって、見ているのはギディオン様だけだ。
やっぱり、普通は何もないところからポーションを作るだなんてできないらしい。
ギディオン様は信じてくれたけど、他の人には刺激が強すぎるからって内緒にしてくれたのだ。
碧い色に輝く水で瓶がいっぱいになっていく。そして。
「できました。ギディオン様。お願いです。これを持って行ってください。最上級の回復ポーションです。味も保証しますよ」
甘いお味で飲みやすくしてある。
市販のだとたぶん、薬効が高くなるほど苦くなるけどあたしの特製ポーションはそんなことにはならないから。
「ありがとうセリーヌ。うん。団員たちにも配布しよう。騎士団ガウディ駐屯支部ギディオン隊、出撃してくる!」
ギディオン様、ポーション瓶を一つ取ると腰のポシェットにしまう。彼の合図とともに数人の団員が部屋に入ってきて残りのポーションを持ち出していく。
おねがい。ポーションたち。皆を守って。ギディオン様を、守って。そう祈りながらその光景を見つめて。
しばらくして。
いよいよ出撃の刻限のようで、皆慌ただしく宿舎前の広場に集まって、雄叫びとともに出立して行った。
「ご武運をお祈りしています」
あたしはそう彼らを見送る。
ギディオン様からは、必ず街に戻るよう念押しされていたけれど。
でも。
でも。
でも、ダメだ。
安全なところで大人しくなんてしていられない。
あたしは身体にアウラの風を纏い、ふんわりと空へと舞った。




