何もかも捨てて。
「私共は皆、貴女様のお母様、セラフィーア様をお慕いしておりましたからね……。ベルクマール侯爵家がこの地に来たのも、セラフィーア様のお力になれれば、との思いからですから。ですからね。他の誰が相手でも引きませんわ。私共は貴女様の盾になり続けますから」
ああ、ああ。
知らなかった。
こんなにも近くにあたしの味方をしてくれる人がいたことに……。
泣き止んだあたし。
マリサさんにお顔もたっぷりの乳液と蒸しタオルで整えてもらい。
アデライア姉様のお古のかわいらしいワンピースを着せてもらって、髪を結いお化粧までしてもらった。
そういえば、だけど。
髪をちゃんと洗ってもらったら、赤い染粉は全て取れてしまったみたい。
「変装用の毛染めを使っていらしたんですかね? もうすっかり取れて、元の美しい白銀の髪に戻っておりますわ」
そう言ってマリサさんが鏡を見せてくれた。
ああ、でも。
よくよく考えてみれば、あたしが毛染め効果のポーションを念じた時、変装をするためってイメージが確かにあった気がする。
だから洗髪しただけで取れてしまうくらいな染め加減の薬効が生まれてしまったのかもしれない。
綺麗に着飾り、ついでにつばのひろい帽子まで被せてもらったあたし。マリサさんに連れられロビーまで歩く。
そこには。
金色の髪によく似合う、白いシャツに白いスラックスを履いたギディオン様がいらっしゃった。
「やぁセレナ。そういう格好もかわいいね」
にこにこ笑みをこぼしながらそんなセリフを言うギディオン様。
「ありがとうございます、ギディオン様」
一瞬躊躇しちゃったけど覚悟を決める。ギディオン様に受け入れられなければどうしようもないのだし。
あたしは被っていた帽子をとって、ギディオン様に向き直って言った。
「あたし、ううん、わたくしはセリーヌです。ギディオン様。ギイくん、だったのですね……」
「え? セリーヌ? あ、でもその髪は……」
「わたくし、子供の頃、薔薇の生垣で貴方に助けていただいたこと、ずっとお礼を言いたくて。覚えていらっしゃらないかもしれませんけどそれでも。あの時はほんとうにありがとうございました。とても嬉しかったのです。泣いてしまっててお礼が言えなかったこと後悔してました……」
ギディオン様、目を閉じて額に右手をあてる。
「ああ。おぼえているよ。忘れるわけがない……。セリーヌ。いや、今はセリーヌ・アルシェード公爵夫人とお呼びしなくてはいけなかったかな……」
憂いを帯びたお顔でそう声を絞り出す彼。
「わたくし、そのアルシェード家から逃げ出してきたのです。もう、何もかも無くしてもいい。貴族じゃぁなくなってもいい。アルシェード家にいるよりはいい。そう思って、離婚届を書いて家出してきたのです……」
♢ ♢ ♢
あたしはパトリック様と結婚してからのことを全てお話しした。
愛せないと言われた事。
浮気が絶えなかった事。
それでもあたしに公爵夫人としての役割をするよう求められてきた事。
領地の経営も対外的な何もかも、公爵夫人のお仕事として頑張ってきた事。
妹マリアンネとの浮気現場を目撃した事。
それでも開き直るパトリック様と、もう一緒にいられる自信がなくて。
堪えきれなくって家を出る決心をしたこと。
最後は涙があふれ声が震えてしまっていた。
お化粧も崩れてしまったけど。
「そうか。辛かったんだね……」
全てを聴き終えたギディオン様は、そう優しくあたしの肩を抱いてくれたのだった。




