ベルクマール。
「わたくしのこと内緒にしておいて貰うことはできませんか?」
しばらく黙り込んでいろいろ考えてみたけどどうしようもなくて。
むりやり逃げ出すなんてことも、こうして裸で頭を洗われている状況でできるわけもなく。
もう観念してそうお願いしてみることにしたあたし。
マリサさん、悪い人には見えないし、真摯にお願いしてみよう、そう思ったのだった。
「やはりセリーヌ様でお間違いないのですね……。アルシェード公爵様は、来月のベルクマール大公の来訪までには貴女様を必ず見つけ出せとおっしゃっていたようです。それにしても、今までどうなさっていたのですか? 私共ももう心配で心配で……」
あ。
そうか。
そういう予定もあった。
今の大公はやっぱりお母様の従兄弟。ジョアス様のお兄様にあたるお方。
あたしのお祖母様はベルクマール大公家の息女で、お祖父様、っていうか皇帝陛下と大恋愛のすえ結ばれお母様がお生まれになったのだと聞いている。
まあ元々ベルクマール大公家は帝室と深くつながりのある家系。幼い頃からの幼馴染であったともお母様から聞いたことがあったけれど。
そんな縁からかアルシェード公爵家にも、夫婦揃っての歓迎の宴席への出席打診が王宮から届いていたっけ。
色々あって忘れてたけど、パトリック様はこの期に及んでそんな体面を気にしていらっしゃるって、そういうことなの?
あの離婚届はどうなったんだろう。
っていうか、あたしは今まだ彼の妻のままなのだろうか。
公式にはアルシェード公爵夫人、そんな立場のまま、だということなのか……。
なんだか考えれば考えるほど落ち込んでいく。
あたし、やっぱりパトリック様から逃げきれなかった。そういうことなのか、って。
「不思議なことなんですが、リンデンバーグ公爵家の侍女たちは固く口を閉ざしているのです。貴女様の捜索にも手を貸すこともなく。これは噂なんですが、公爵様には貴女様が家出をしたことは未だ伏せられているのでは? という話で。時間の問題でしょうけど、公爵様が貴女様の失踪をお知りになっていたら、きっと国をあげての大捜索になっていたことでしょうから」
そっか……。
やっぱり少し考えが甘かったかもしれない……。
普段はあたしのことなんか興味もないような態度のお父様だって、自分の体面が傷つくようなことを許すわけはないよね……。
権力だけはある人だもの、あたしの自由なんてお父様の体面と比べたらどうでもいい話だものね……。
「わたくし、アルシェード公爵家にはもう帰りたくないんです……。パトリック様にももう会いたくなくって……」
涙がボロボロ溢れてきた。
仰向けになって頭を洗われている最中だということなんか、もう気にしていられる余裕もなかった。
あたしなんてどうせ彼らにとっての駒でしかないのかもしれない。
あたしなんて、あたしなんて……。
悔しい。
悔しくて悔しくて。涙が溢れて止まらない……。
「泣かないでくださいセリーヌ様。誤解があるかもしれませんが、この屋敷のものは皆貴女様のお味方ですよ。ぼっちゃまはこのことをご存知なのですか? ご存知であったとしたら、きっとぼっちゃまもセリーヌ様にお味方してくださると思いますわ」
え?
「どう、して……」