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王都ガレリアへ。

「オレは、モーリス・ロックのじいさんに育てられたんだ」


 ギディオンさんに買って貰う分の三十個のハニーグレーズを作り終えたアランさん。

 まだちょっと乾くまでに時間がかかるからって席に自分の分のお茶も持ってきて、そう話し出した。


「オレの両親は早くに死んじまって。危うく孤児院に入れられるところをモーリスのじいさんに拾われたのさ。親父がじいさんの弟子? だったらしくて、そんな縁で。ああ、あのじいさんその頃からもうじいさんだったから今はいったい幾つになってるんだろうな。随分と歳をとっているはずさ。帝都に留学させてくれたのもじいさんだ。オレはあの人には恩があった。だから、砂糖の話にも二つ返事で乗ったんだ。まさかそれがオレを騙すためだとは思わなかったけどな」


「うちでも契約書を調べさせて貰ったけれど、偽造でもなんでもない本物だった。君は内容も読まずにサインしたのかい?」


「ああ、隊長さん。あのくそじじい。信用してたのに騙しやがった。やっぱり実の孫の方がかわいいんだろうさ」


 悔しそうに俯くアランさん。

 それでも声を絞り出すようにして続ける。


「ジャンとは子供の頃から一緒に育った。昔はオレのこと兄貴のように慕ってくれたんだけどな。でも帝都に留学してからやつは変わっちまった。やたらオレの技術やレシピを気にするようになって。修行中にとらぶって飛び出した話はセレナちゃんにはしたよな。あれもジャンがらみだ。ジャンともめてやつを殴っちまった。オレのレシピを盗んでコンテストに出品したやつを許せなかったのが原因だけどな。そのあとは話した通り。オレは冒険者になって金を貯め、やっとの思いでこの店を開店させたんだ」


「アランさん……」


「あいつはあの時と変わっちゃいない。オレの技術、オレのレシピが欲しいだけだ。オレが丹精込めて作ったドーナツをあいつに託すだなんてまっぴらだ。大事にしてくれるとは思えない」


「ふむ。じゃぁ王都に行きますか?」


「え!? ギディオンさま!?」


「ここで考えていてももうどうにもなりませんしね。実際にそのジャン・ロックの店を見てきましょう。それでわかることもあるかもしれませんし」


 はう。でも。

 一瞬躊躇して。それでもやっぱり自分の目でちゃんと確かめたい。


「あたし、行きます。王都に行ってちゃんとどんな売られ方してるのか見てきます!!」




 ♢ ♢ ♢



 王都ガレリア。

 マグナカルロは小国だけど、この土地に人が住みだした歴史は古い。

 北のガリアの地がまだ未開な土地だった頃にも、ここは帝国の属州として栄え、数多くの当時の建築物が今でも残っている。

 そんな中でもガレリアは、昔から気品と芸術の街として繁栄してきた。

 西のガウディが商業都市。東のガレリアが芸術都市。マグナカルロはこの二つの街を中心に古くから発展していったのだった。


 王都にいくのは本当はちょっと怖い。

 パトリック様に見つかったら、って、そう思うと足が震えてとまらなくなる。

 思い切って家出をしてきたあたしだったけど、黙って書き置きだけしてむりやり出てきたのだって彼と話せば止められてしまうかもしれない、そう思ったのも事実。

 あたしは彼に逆らうということができずにいた。

 今でも面と向かって反論することができるのか、ちょっと怪しいのだ。

 だけど。


 うん、大丈夫。

 今のあたしならきっとセリーヌだってバレないに違いないもの。

 うん、きっと、大丈夫……。


「オレは行かない。わるいな、セレナちゃんが見極めてきてくれるか? あいつのやり方を、本心を」


 アランさんはそう言ってお店に残る事になった。

 お昼にはジャンの使いが次のドーナツを取りにくるのだろう。だからそれを作る事にする、って。

 このまま店を取られるわけにはいかないから。もう少しだけ足掻くつもりだ、って。そう言って。

 急に王都にいく事になっちゃったからギディオン様の分のハニーグレーズは部下の人が持って帰った。

 っていうか、部下の人外で待たせておいたの? って、少しびっくりしたけど。


 お店の外にでると、そこにはギディオン様の馬がとめてあった。


「これでいくからね、ちゃんとつかまっててね」


「ひゃぁ!」


 ふわっと体が浮く。そのままギディオン様の前に収まるように馬に乗せられたあたし。

 魔法? ギディオン様の?

 ギディオン様、右手で手綱を握って左手はあたしの身体をギュッと支えて。


「じゃぁいくよ!」


 そういうと勢いよく走り出した馬。

 揺れるのが怖くって、あたしもギュッとギディオン様にしがみついた。

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