涙、溢れて。
「ギディオンさま……」
「なんだか二人とも暗いね。そういえばドーナツ、無いの? また三十個ほどほしいんだけどな」
気を紛らすようになのか、そんな感じで明るく話すギディオン様。
彼のその優しい物腰は周囲の人を癒す効果もあるのかな。
ちょっとだけ心が軽くなった気がして。
「おう、ちょっと待っておくれな。大急ぎで作るから。っていうか隊長さん今日はどっちだい?」
「じゃぁハニーグレーズで。あの甘さはほんとうに疲れた身体に効くんだよね。仕事の合間についつい手が出る旨さだよ」
「了解! 座ってまってておくれ! セレナちゃん! 隊長さんにお茶お出ししとくれ」
「あ、はい! わかりました!」
お茶は、アランさんの心ばかりのサービスなのだろう。席に座って待っているギディオン様に、あたしは温かい紅茶をトレイに載せてもっていく。
ぽちゃん。
空中で生み出した甘々なポーションも一滴落とす。
これはあたしからのサービスだ。ハニーグレーズの味を好きだと言ってくれた彼なら、きっと気に入ってくれるはず。
「ギディオン様どうそ。甘々に仕上げてありますから疲れも吹っ飛びますよ」
「はは。ありがとう。うん。いい香りだ」
気持ちのいい笑顔で受け取ってくれたギディオン様。カップにそっと口をつけた。
「ああ、美味しいね。なんだか身体の底から力が湧いてくるようだ」
そう、微笑んで。
あたしもつられて笑顔になる。
「しかし……。君は不思議な子だね。君のそばにいるだけで、幸せな気分になるよ」
え?
一瞬固まるあたし。
「はは。困らせるつもりはなかったんだけどな」
「いえ、そういうわけでは無いのですけど……」
ちょっとびっくりしただけ。ちょこっとだけ、心が温かくなって。嬉しかったから。
あたしなんて、誰にも必要とされないんだと、そう思っていたから。
(だから、誰かの役に立ちたくてしょうがなかった)
あたしなんて、蔑ろにされても当たり前だった、から。
(だから、理不尽を許せなかった)
あたしなんて、愛してくれる人なんてもう居ないんだ、って、そう感じていた、から。
(だから……ほんとうは一人が寂しかった。お店のために、そう思って頑張ってたけど、アランさんやマロンさんが親しくしてくれるのが嬉しかったから。だからよけいに頑張れた。頑張らなきゃと思えたの)
たぶんギディオン様にしてみたらほんの何気ない一言だったのだろう。
それでも。
あたしの心の中にはギディオン様の言葉が沁みていく。
ああ、ダメ。泣いちゃいそうだ。
「ああ、ごめん。本当に困らせるつもりじゃなかったんだよ。君のそばにいると自然に笑顔になれるっていうか、優しい気持ちになれるっていうか、そういうの? 幸せな感情ってこういうものなんだろうなって。嘘じゃないよ? 本当にそう思っただけだから。ああ、ごめん。泣かせるつもりはなかったんだけど……」
彼が、困った顔をしてあたしのあたまを撫でてくれた。
もう。子供扱いして。
そう軽口をたたきたかったけど、セリフが出てこなかった。
涙が溢れて、もうちゃんと喋れなかったから。




