セレナ。
「やぁセレナ。楽しそうだね」
そう、ふんわりと笑みを浮かべながら金色の騎士様がお店に入ってきた。
イケメンな騎士様は顔にかかる髪をさっと右手ではらい、目の前のいっぱいなドーナツを眺めて。
「ギディオン様、今日もドーナツを買いに来てくださったのです?」
「はは、このハニーグレーズは美味しいよね。すっかり虜になっちゃったよ」
「甘いのがお好きなんですね」
「なんでかな。すごく元気が出るんだよねこれ食べると。うちの隊員たちにも好評でさ。まあ全員分とまではいかないけど30個ほどお土産にもらって行こうかな」
「ありがとうございます。ではご用意いたしますのでお座りになってお待ちくださいな」
すごく元気がでるんだよ、の所でちょっとだけドキッとした。
薬効はほんと、ほんのちょっとだけ体力が回復する程度、だけど。
まあ、甘いもの食べたら普通に元気出るし、そこまでの意味はないかな? なんて気にしないことにして。
アランさんがすっと奥の厨房に戻って行った。
まだそれくらいだったら在庫、あったかなぁ。
ショーケースのを詰めちゃうと結局また出してこないといけないから、キッチンにあるのから30個袋詰めにするのだろう。
そこまで一度に大量に買ってってくださるお客さんもほかには流石にいないけど、騎士団の人はみんな甘いものが好きなのかな? ギディオンさんはしょっちゅうこうしてドーナツをお土産に買っていってくださる。
昨日はシュガードーナツで、一昨日はやっぱりハニーグレーズ。
やっぱりもっとバリエーションを増やすべきかな。
ココナツトッピングとか、ナッツを砕いてローストしたローストナッツトッピングも美味しいから。
グレーズをもっと水で薄めたものにさっと冷めたドーナツをくぐらせて、乾ききる前にココナツとかローストナッツにまぶすの。
いい感じに表面にくっついてくれるから、これもお勧めなんだよね。
アランさん作るドーナツには他にもハーブを混ぜた生地とか、干し果物を細かく刻んで混ぜたものとかもある。
ハニーグレーズとかには今までベーシックなドーナツを使ってきたけど、他のものでも試してみてもいいかも。
味が邪魔しちゃってたらダメだけど、もしかしたらもっと美味しそうなドーナツができるかも。
特に、りんご果肉入りのドーナツをグレーズでコーティングしたら美味しそう。
まぁ果肉入りはそれだけでも充分おいしいんだけどね。
イートイン席に座りニコニコとこちらを眺めているギディオン様。
すっかり常連さんになってるけどお暇なのかしら?
まあ偉い人らしいし?
っていうか爵位持ちの貴族さまだったりして。
どことなくそんな雰囲気を撒き散らしている。
何処かでお会いしたことあったのかなぁ?
覚えてないけどそんなふうにも思う。
まああちらさんにはまさかあたしが公爵家の者だとは思われていないだろうけどね。
そうそう、自分の事「あたし」だなんて言う赤毛の女が高位貴族だなんて絶対に信じられないだろうしね?
そういえば。
日本名の芹那って発音はやっぱりこの世界では馴染みがなかったせいか、マロンさんにも「セレナ」って聞き間違えられた。
しょうがないなぁと思いつつ、あたしもそれで通してる。
名前で下手に目立っても嫌だし。
「セレナ」の方が通りがいいなら、あたしの名前はセレナでいいや。
流石に「セリーヌ」とは名のれない。万が一でも身元がバレるようなそんな危険はおかしたくないからね。
準備ができたのかアランさんが大きな紙袋を抱えて厨房から出てきた。
ギディオン様にドーナツをお渡ししてお会計も済んで……。
なんだけど、まだ椅子に座ったままこちらを眺めている彼。
相変わらずな笑顔でふんわりとした雰囲気で、決してあたしの事を探ってるとかいう風ではないんだけど、それでも。
なんだかね。
イケメンの人に見つめられて自意識過剰になってるのかなぁ。あたし。
落ち着かないの。




