表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

リバース

作者: 佐藤瑞枝
掲載日:2023/07/01

もう二週間だ。朝になると、麗奈はおなかが痛い、頭が痛いと言い、学校を休む。いったいどうしたというのだろう。新しいクラスになじめないのだろうか。佐和は思いつく限りの理由を浮かべてみるが、ちっとも思い当たらない。一年生の三学期までは元気に通っていた。明るくて素直な子だ。誰とでもすぐ仲良くなれるし、やさしくて正義感が強い。麗奈にかぎって誰かにいじめられたりすることなんてない。そう考えると、佐和は麗奈のことがますますわからなくなる。

麗奈の通う白藤女学園は、佐和も、母の君江も通ったお嬢様学校だ。麗奈の入学が決まった時、君江は「母娘三代藤女ね」と言って孫娘の合格を喜んだ。佐和もこれから娘の手をひいて毎日送り迎えをするのだと思うと、白藤で過ごした懐かしい子供時代がもどってきた気がして嬉しかった。生徒の自主性を重んじ、社会に貢献する女性を育てる白藤女学園の卒業生には起業家や俳優など有名人も多い。いつか麗奈もその仲間入りをするのだと思うと佐和は娘の将来が楽しみだった。

このまま学校へ行けない日が続けば、退学させられてしまうのではないか。長い学校生活のうち、まだたった二週間だ。されどもう二週間だ。佐和はどうしようもなく焦っていた。今は麗奈の気持ちを一番に考え、無理に学校へ行かせるべきではないと頭ではわかっているのに、毎朝のように「学校でなにかあった?」「誰かにいじわるされた?」と娘を問い詰めてしまう。


「先生がおこる…」


何を聞いても口をつぐんでいた麗奈が、かぼそい声でそう言ったのは、三週間めに突入した月曜の朝のことだ。

「どうして?」

「わかんない。先生、レナのことだけおこる」

佐和が理由を聞いても、麗奈は首をふるばかりで埒が明かない。何か叱られるようなことでもしたのだろうか。娘を疑いたくはないが、幼い子供のことだ。わからずに不適切な行動をとってしまうこともあったのかもしれない。

「どんな時におこられたの?」

「ありさちゃんに教科書見せてあげたらだめだって」

そう言うと、麗奈は泣き出してしまった。白藤の教員が友だちに親切にした生徒を叱るだろうか。そんなことあるはずがない。叱られたのならきっと別のことだ。ありさちゃんに教科書を見せてあげておしゃべりがすぎてしまったとか、そういうことなのかもしれない。それにしても、麗奈だけが叱られるというのはどういうことだろう。とにかく本当のことを確かめたかった。もしも麗奈が誤解されてしまったのなら、母親として麗奈の気持ちを担任にしっかり伝えるべきだし、麗奈が学校へ戻れるよう最大限を尽くすべきだ。佐和はそう思っていた。

たしか麗奈の担任は檜山と言った。どんな先生だろう。学期はじめに保護者会があったが、佐和は君江の病院の付き添いで行くことができなかった。あとから届いた学級通信に、「二組の担任の檜山です。白藤女学園に通っていました」と書いてあったのを君江とふたりで見て、「白藤出身の先生なら安心して任せられるわね」言いあったことも記憶に新しい。学園に電話を入れ事情を話すと、事務員がさっそく夕方にアポイントを入れてくれた。


校門をくぐるとなつかしい景色が佐和を包んだ。校舎もグラウンドも何度か改修を繰り返しているが、佇まいは当時のままだ。

「あの頃の私たちみたいだ」

おしゃべりに花を咲かせて階段をのぼってくる生徒たちとすれ違い、佐和は思う。卒業してもう二十年も経ってしまったことが信じられなかった。

佐和は、小学校から高校までの十二年間、白藤女学園に通った。青春時代のすべてをここで過ごしたのだと思うと、感慨深いものがあった。かつての同級生たちは、仕事に家庭にそれぞれ忙しくしていて、最近では連絡をとりあうこともなくなっているけれど、みんな姉妹のように仲が良かった。とくに小五の時のメンバーは親友という言葉だけじゃ足りないくらいすごく仲が良かった。

五人グループで、何をするにも一緒だった。めぐ、梨乃、まっちゃん、由利、そして、佐和。全員同じアイドルグループ「キラキラ☆マイン」のファンで、それぞれの推しのイメージカラーを身に着けた。お互いの誕生日には、それぞれのカラーの文房具やヘアゴムなどアクセサリーを贈りあった。

中でもしっかり者の佐和はリーダー的な存在だった。「佐和ちゃん、佐和ちゃん」と言って、みんなが佐和を頼り、佐和のすることを真似た。真面目で努力家の佐和は、期待を裏切らない努力をした。宿題の解き方がわからないと言えば教えてやり、悩みごとがあれば聞いてやるという風に。

「みんなには内緒なんだけどね」

そんな風に相談されると、佐和はますますやる気になった。

「佐和ちゃん、頭いい」

「佐和ちゃんの言った通りにやったらうまくいったよ~」

そう言われると、佐和はますます嬉しくなった。メンバーのためにもっともっと頑張らなくてはと思うのだった。由利のときだって。


由利が白藤女学園をやめなければいけなくなったのは、六年生になる前のことで、父親の会社が倒産したからというのが理由だった。

さすがの佐和もこの時は動揺してしまって、

「ずっと五人でいようって約束したのに」

家に帰るとショックで泣きくずれてしまった。


「だいじょうぶよ」

泣いている佐和の頭を撫で、君江が言った。

「由利ちゃんならちゃんとやれるわ。公立の学校だって勉強はできるし、何よりも今まで白藤女学園の教育を受けてきた土台があるんだから」

そして、親友をちゃんと見送ってあげることが佐和のやるべきことだと話したのだった。

だから、クラスで由利を送る会をやることが決まった時、佐和は劇の脚本をつくる係に自ら手をあげた。何日も考えた末に佐和が書き上げストーリーは、佐和たち五人をモデルにしたものだった。ひとりが転校してしまうことになり、互いに永遠の友情を誓うという内容だ。


「ずっとみんなと一緒にいたかった」

「あたしもだよ。ユーリ」

「ユーリのこと絶対に忘れないよ」

「手紙も書くし、写真も送るよ」

「それに、落ち込まないで。勉強ならどこだってできるわ」

「そうよ。ユーリならだいじょうぶ」

四人がユーリの腕に手作りのミサンガを結ぶ。

五人は抱き合ってお別れを言う。


一番前の席で見ていた由利は、幕が閉じてからもずっと拍手をしてくれていた。当時、佐和のクラスの担任だった末永先生も目に涙を浮かべ見ていたことを思い出した。由利は今どうしているだろう。バリバリ働いているだろうか。それとも、誰かと結婚して、幸せな家庭を築いているだろうか。佐和は由利にとても会いたくなった。


六年生になって、転校した由利からクラス全員にあてて手紙が届いたことがあった。突然のサプライズにクラスみんなが喜んで、末永先生に名前を呼ばれると、スキップしそうなくらいの勢いで教壇に取りに行き、次々と封を切った。

「新しい学校でキラキラ☆マインのファンの子を見つけたって」

「給食があるんだって。おいしいって」

「バスケ部に入ったって」

「給食がおいしいって書いてあるよ」

教室は一気に騒がしくなった。めぐ、梨乃、まっちゃんもそれぞれの色の封筒をあけてはしゃぎ、お互いの手紙を読みあっていた。

佐和はどきどきしながら待っていた。手紙には何が書いてあるだろう。グループの中でも由利は一番仲がよかった。長い、長い手紙が入っているかもしれない。好きな子ができたとか、佐和だけに打ち明ける秘密が書いてあるかもしれない。


けれど、いつになっても佐和の名前は呼ばれなかった。

「先生、わたしの手紙がありません」

そう言うと、

「そんなはずないわ。みんなに来ていたもの」

末永先生はそう言ってさがしてくれたけれど、職員室にも、みんなの手紙が入っていた大きな封筒の中にも佐和あての手紙は見つからなかった。

「みんなに書いたから、たくさんありすぎて封筒に入れるのを忘れちゃったのよ、きっと。あとで届くと思うわ」

しょげている佐和を末永先生はそう言って慰めてくれた。

それからしばらく佐和は由利から手紙が届くのを待っていた。けれど、どんなに待っても由利から手紙が届くことはなかった。いっそのこと佐和から由利に手紙を書いてみようか。そう思ったことも何度かあったけれど、なんとなくそのまま過ぎてしまった。そんなことがあったことさえ今の今まで忘れていたくらいだ。


 面談室の扉を開けた時、佐和は驚いた。一瞬、時間がループしたかと思った。

「おひさしぶり、佐和」

 間違いない。目の前に立っているのは由利だった。大人になっているけれど、子供の頃の面影はそのままだ。由利が、麗奈の担任だったなんて。

「知らなかった。由利ちゃん、白藤の先生になってたんだ」

戻ってきていたのなら、どうして佐和に連絡をくれなかったのだろう。麗奈が通っていることを知って遠慮したのかもしれない。いや、それ以前に佐和も結婚して名字が変わっているからわからなかったのだろう。

「麗奈がいつもお世話になっています」

佐和は頭を下げた。相手が由利なら話が早い。

「麗奈がね、お友だちに教科書を見せただけなのに、先生に叱られたって言うものだから」

佐和が言うと、由利は眉をひそめた。由利に叱られたというのはさすがに唐突過ぎただろうか。

「ねえ、麗奈が勘違いしていたらごめんなさい。何があったか教えてほしいの」

佐和が言い直すと、由利はあきれたようにため息をついた。

「そのまんま。麗奈ちゃんの言う通りよ」

「どういうこと?」

「友だちが教科書を忘れたからって、すぐに見せてあげちゃ、その子のためにならないでしょう」

「そうだけど。麗奈、すごく落ち込んでるし、友だちに親切にしてあげた子を真っ先にほめてくれるのが白藤の先生なんじゃないの。少なくともわたしはそう思ってる」

由利が眉を吊り上げた。言い過ぎただろうか。けれど、現に麗奈は由利の対応のせいで学校に行けなくなっているし、由利の対応は間違っている。

学級通信にあった由利の言葉が頭をかすめた。由利は「白藤に通っていた」とは書いてあったが「白藤出身」だとは書いていなかった。その違いは、想像以上にあるのかもしれないと佐和は思った。


その時、由利の口から思ってもいない言葉が飛び出した。

「麗奈ちゃんね、ちょっとおせっかいで生意気なところがあるのよ。子供の頃の佐和にそっくり。どこか上から目線で、嫌な感じだった。わたしのことも馬鹿にしていたんでしょう」

何を言われているのかわからなかった。

「わたし、いやだった。学校をやめなきゃいけない時にあんな劇見せられて、勉強はどこでもできるからがんばれなんて、何様のつもりって思ったわ」

こんなのひどい。ただの被害妄想ではないか。それに、こんなこと今言う必要があるだろうか。麗奈の相談に来たのに、勝手に話をすりかえられて。こんな人が白藤の教壇に立っているなんて、本当に信じられない。

「由利ちゃんのせいで、麗奈は学校に来れなくなっているのよ。もしも麗奈が学園をやめなくちゃいけなったら由利ちゃんのせいよ」

佐和はさけんだ。目の前にいる由利が、かつて仲の良かった同級生だなんて信じられない気持ちだった。


「大丈夫よ。勉強なら白藤じゃなくたってできるわ」


「昔の佐和の言葉、そのまま返してあげる」


 由利が、意地悪く笑った。ありえない。こんなの絶対にありえない。


「こんな人と友だちだったなんて、正直がっかりしてる」

佐和は言った。おさまらない怒りがこみあげてくる。

「あなたじゃ埒が明かないし、麗奈のことは学園長に言うことにするわ」

とどめを刺したつもりだった。学園長にこのことを訴えれば、由利の首は簡単に飛ぶ。小学生の時、学園を辞めなければいけなくなった由利を不憫に思った。けれど、そんなことどうでもよかったのだ。由利は最初から白藤女学園にふさわしくない人間だったのだから。そう考えれば、すべてが腑に落ちた。


「好きにすればいいわ」 由利が言った。


「学園長の檜山は、わたしの夫よ」 


 一瞬、聞き間違いかと思った。

 知らなかった。由利が学園長の奥さんだったなんて。


 無言で相談室をあとにする。全身の力がぬけていく。白藤女学園にはもう麗奈の居場所はないのだと思うと、悔しくて、やるせない思いが押し寄せてきて、どうにもならなかった。廊下にうずくまり、しばらくの間佐和は立つことができなかった。


 いったい何が悪かったのだろう。

 どこで間違えたのだろう。


 夕暮れの校庭をとぼとぼと歩く。ぶるっと寒気がして、佐和は両腕でぎゅっと身体を抱きしめた。半分だけ窓の開いた体育館からバスケットボールを突く音が響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ