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誰が卵を置いたのか。その3

 私も実家の店番といえど遅れちゃならない立場。柳田さんのようにバスを使うなんて、緊急事態でない限り勿体無いので当然ながら歩きの私の。


 しばらくの間、大家さんを待ちつつ窓を拭いたり、庭箒で辺りをはいたりしていたのだけど、戻ってくる様子は皆無。明るくなってきてから目立ってきた、あけみさんの部屋の前のぐちゃぐちゃを片付けても良かったのだけど、頼まれてもいないのに手を出すのもためらわれ……。


 そのままにしておくことにしました。


 部屋に戻って朝食の用意。クツクツと雑炊を煮る。


「はあん。夫にさんにお話がしたいわ。卵の謎解きなんてドキドキしちゃうじゃありませんか……!はっ、いけない。変なことに首を突っ込んではいけません。好奇心は猫を殺すと言うでしょう!」


 小鍋をかき混ぜながら諌めの独り言。お椀によそって食事の用意。ちゃぶ台に運びながら……。


 気になってしまうのは、卵、卵、たまご。


 誰が卵を置いたのか。


「いただきます」


 ちゃぶ台の差し向かい、主が留守な座布団の上には新聞。ふうふう、もぐもぐ。合間にキャベツのぬか漬けを食みながら、ぐしゃらまになった卵が頭から離れない。


 何故に卵を置いたのか。


 嫌がらせ?なのだろう。 

 だとしたら誰が?なんのために?


 どうしてあけみさんなの?

 どうして大家さんは、子どものいたずらにしようとしているの?もうしばらくしたらとは一体なに?いけ好かない夫婦がどうなる?


 そういえばあけみさん……。


 どうしてあけみさんは表札に『あけみ』なの?名字があるでしょうに……、ミステリアスなのです。


そしてうろ覚えな足音は本当に誰か来たのか、聞き間違えなのか。


「うーんと。さっぱりわかんない……。ふえん、夫さん、早く帰って来て欲しい」


 ボーンボーン、ボーンボーン、柱時計が9時を打つ。


「ああ!そろそろ出ないと……、」


 考え込んでいる内にお椀の中はもったり冷めてます。夫さんが居ないのをこれ幸いに、がさがさとかっこめました。お椀とお箸、漬物の小皿はさっと洗い、籠に伏せた。小鍋は水を張り放置。戻って来る頃にはふやけて洗いやすいという段取り。


 割烹着を脱ぎ、手鏡を持ちあちこち角度を変えて、軽く結い上げている髪の手直し。化粧箱を開け、白菊の水を叩くと、桃の花クリームを塗り、至極薄く白粉を叩く。口紅を引いて、お化粧は終わり。外出用の足袋に履き替えます。数枚ある巾着袋を選んで、玄関土間に下りると、日傘を手にして外に出ます。


 各部屋の戸の幅のみの玄関框(げんかんかまち)上に立ち頭を前に出して、地面を覗き込んでみます。


「うーん。たまごは白くとも夜遅くだと見えにくいかしら。柳田さんは時々、呑んで帰られると聞いてますし。はひゃっ!」


「おはよう御座います」


 ああ!いけません。かけられた声に驚いてしまいます。生卵に脳内を乗っ取られていました。


「あ、おはよう御座います」


 私は挨拶を返します。声の主は6号室の牧野様に通うメイドさんのひとりです。手にしている大きなブリキの盥に親近感な私。


 だって休日まとめてお選択派の柳田さんは勿論、裏手に洗濯機を置いてますし、あけみさんもそう……。無いのは我が家と牧野様のお宅だけ、なのですもん。


「お洗濯ですか?」 

「はい。ブラウスやスカートの大きな物は持ち帰り本宅の方で洗濯機を使いますが、ハンカチや手ぬぐいの類は、手洗いでも充分ですから」


 じゃぁ。と裏手に回るメイドさんを私は勿論、引き止めてしまいました。だって昨夜の確認が取れるのです。この機会を逃してはなりません。


 ああ。私は好奇心で殺される猫と化しているのです。


「あの。少しばかりよろしいでしょうか?」

「はい。どの様なご要件でしょう」

「失礼を承知でお聞きしたいのです。昨日はあなたがこちらに来てましたか?」


 牧野様のメイドさん達は私が知っている限り3人のお方が、入れ代わり立ち代わり通って来られています。


「いえ。昨日は違います」

「そうですか。では何か聞いておられません?例えば見かけない人が昨夜、ここに来ていたとか……」


 私は、一歩踏み入れ聞いたのですがら余計な話を交わしたくないのか、お仕事柄そう言われているのか、分かりません。仕事がありますからと頭を下げたあと、メイドさんはそそくさと裏手へと行ってしまいました。


「はうん。そうよねぇ……ううーん。気になりますわね……」


 疑問が更に深まるだけでした。ふむ……、一度疑問点を書き出してと謎を紐解こうとしたい気持ちが、むくむく育ってきてしまいます。


 しかしその甘美なる誘惑に負けるわけにはいきません。私はうずうずを押し留め、実家へと向かいました。


「遅がったのねぇ。お給与減らすわよ」


 兄の子を背負い、子守りをしつつ店番をしていた母に開口一番、文句を言われました。


「出るのが遅れてしまったの」

「はいはい。じゃぁ店番をお願いね、私はまち子ちゃんのおむつを変えてくるわ。ばあばは忙しいのよ。おー、よちよち」


 本に文房具を扱う実家は、少しばかり人を雇い手広く商売をやっています。目端の効く父親と兄は、小学校や、中学校、高等学校で小さな購買の経営もしています。兄嫁は日中は母に代わり近所の小学校の購買へ、店番に出向いていました。


 紙の香りとインクの匂いに埃っぽさが交じる店内。番台に座ると、思い出すのは生卵じゃぁなくて、原稿用紙やインク、鉛筆や消しゴムを買いに来るがてら、よく週刊誌を立ち読みをしていた夫さんの姿。


 その時はあちこち擦り切れた服を着ているのに、なんか浮浪者には見えなくて、でもお金は無いのははっきりわかって……、学生さんかしら、と思っていました。父親から有名な作家先生で、探偵もされていると教えてもらった時には、ウソかと思いましたけど……、


 だって、一生懸命に立ち読みをしてて、私と目が合うと、イタズラをした事を見つかった子犬のようなお顔がそれはもう、


 かわいいかわいいかわいい♡


 ひとめぼれをした私は夫さんを知っていた父に、恋心をどうにかしてと頼み込みましたの。等と、ちらほら立ち読み客がいる雑誌売り場を眺めつつ、うふふうふふとしていたら。


「チッ、これ」

「はっ!い、いらっしゃいませ。あ。こんにちは」

「店番ぐらいちゃんとしろよな!」


 舌打ちに慌てて我に返り、差し出したそれを手に取りながら、無礼な客を見ればそれは大家さんの長兄。いけ好かない嫁のいけ好かない旦那様です。


「何時ものメッセージカードですね。ありがとうございます」 


 ガチャガチャ、チ~ン♪お金を受け取るとレジを開きました。文房具との関連で便箋に封筒、慶弔ののし袋から小洒落たメッセージカードの類迄扱っています。


「ちゃんと店番してるんですかねぇ」

「申し訳ございませんでした」

「金額、あってます?」

「はい。大丈夫です」

「ふ~ん。間違ってない?」

「ありませんよ。丁度の金額を頂きましたし」

「ふ~ん。そうだっけ?」


 前も、前も前もその前も。こういうことがありました。大家さんに悪いのですが、この人は、とにかくセコいのです。来る度、端が折れてるとか汚れがどうとか言い出して、値段を負けろとか、大家の息子の言うことを聞けないのか!アパートを追い出されたくなければ、タダでよこせとか、店先で騒ぎ出します。


 ですから。


「ちょいとお待ち下さいませ。今、番頭さんと代わりますから」 


 私は奥の部屋で帳簿をつけている番頭さんを呼びに行くべく、立ち上がります。すると案の定というか、


「チッ、面倒くさいからいいよ、もう。少しは察しろよな、先生の奥さん」


 捨て台詞を吐くと、ハトロン紙の封筒に入れ込んだ購入をしたメッセージカードを手にすると、そそくさと店を出て行きました。


「ふう。面倒くさいのはどちら様なのかしらん。私もつい、ぼぅっとしていたから駄目なんだけど。あ。いらっしゃいませ」


 レジを閉めつつぼやいていると、次のお客様です。塗り絵とクレヨンを孫にプレゼントにしたいという、年配の御婦人でした。プレゼント包装をするために包装紙を取り出しました。


 カサコソと包み、リボンを掛けていると。


 先程のメッセージカードの、今回の行方が何とはなしに気になります。ザ・カスな部分凝縮日本人男子そのものの大家さんの長男さん。しかも既婚者。


 前回も真紅の薔薇のフォトがデザインされた、カードをご購入されて、あの嫁に愛の告白!?と目をぱちくりしたくなるのを押し留めたのですが、案の定というかやっぱりというか。


「ククククッ!先生のおっくさあん♡面白いもの、みせてあ、げ、る♡」


 ある日の昼下がり、私の不定休の休日とあけみさんの休日がたまたま重なった日。植木鉢に八百屋で買った三つ葉の使い残りの根っこを埋め込んでいたら、片引き戸が開いてひょっこりと顔を出したあけみさんです。


「おはよう御座います。て、何なんです?」

「ほらほら、私にぞっこんのお客に貰ってさ、ククククあ!忘れる前にひとつ頼み事。大家さんの娘さんに会いたいって、伝えておいてよ」


 人の悪い笑みと共に手渡された1枚のメッセージカードは、私が売った品物のひとつでした。真っ赤な薔薇の花束のフォトのそれは、セコい大家さんの長男さんに散々、騒ぎ立てられたソレでしたから。


「はい。時なにしか私も出会いませんが、大家さんにでも伝えておきますね」

「ありがと。そいつ、ろくに歌も聴かない客でさ!とんだ失礼野郎なのだけど、何時もどの店でも親しげに私に何時も握手を求めてくるの。私、お客様から花束や贈り物を手渡されたら握手をしているから……なので言ってやったのよ。私と握手をしたければ、花束のひとつでも持って来られたら?って。すると奴は翌日、そのカードと包みを出してきやがった!あなた知ってるわよね。カードの、お、きゃ、く!」


 そう言うと、メッセージを読めと推して来ます。私は土で汚れるからと受け取るのを断りましたが、捨てるから構わないわよとあけみさん。なので手に取り書かれている文面を読みました。


『今晩きみと一緒に過ごしてやろうと思っている。感謝しろ。しいてはここの宿屋で待っているから連絡をしろ』


 はあ?素っ頓狂な声が上がりましたよ。きっちり連絡先の番号と大家さんの長男さんのフルネームも、無駄に達筆な字で記されていました。


「アハハ!馬鹿男よねぇ!私も見たとき目の玉が飛び出るかと思ったわ」

「脅迫文ですわね……それでお電話されたの?」

「するわけ無い。だってこの宿、よろしくないお宿よ」


 差し返したカードを、笑わない目をしてビリビリに破つた、あけみさんでした。




「ありがとう御座いました」


 立ち上り頭を下げ、包みを大切そうに抱えた御婦人を送ります。


 ふう……。包装紙やらリボンを片づけながら、今回のカードも同じ行く末を辿るだろうな……と、勿体無く思いつつ……。


 あけみさんはこういった事、多いのかしらん。


 ふと思いつきます。夜のお仕事柄、男女間のイザコザにも巻きこまれる確率は高そうですし……。


 ならば生卵を置いたのは、至極真っ当でつまらない結果なのですが、あのいけ好かない兄嫁の確率が高いのです。


 頭の中に再び生卵が現れ、コロコロと変則的に転がり始めました。

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