地雷 空雷
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
古い暦の上だと、もう春になっていくんだよねえ。風こそ吹くけれど、空気そのものはさほど冷たくはなくなっている。
そうなると、ぼちぼち太平洋側でも雷が鳴り始めてくるかな。冬の間は季節風などの影響で日本海側に集中しやすいが、そのぶん夏場は太平洋側に集中することが多いと聞く。
私はどうも雷のたぐいは苦手でね。
音とか光はびっくりするけど、それだけなら毛嫌いするほどじゃないんだ。ただ小さいころから言われ続けていたことが、今でも頭に引っかかっていて。そいつを思うと、どうもね。
――ん? その話を聞いてみたいのかい?
ふーむ、君の興味をひける内容だといいんだが。
私の父が教えてくれたのだが、私の住んでいる地元では時に、「地雷・空雷」の話が出る。
地雷に関しては、じらいではなく「ちらい」と呼ぶ。空雷はそのまま「くうらい」だな。
父曰く、「ちらい」は地面を走るいかずちのことだ。便宜上、いかずちと表するが厳密には違うものかもしれない。実際に姿を確かめられた者はいないんだ。
ただ足元の感覚によってのみ分かる。裸足であろうが、厚い底を持つ靴を履いていようが、足の裏全体へ不意に、静電気に似たしびれ、痛みが走るんだ。
この前触れは一切ないが、人が大勢集まる場所ではまず起こることはなく、少人数で連れ立つ者の元へ、よく訪れるのだという。
地雷だけであれば、一瞬の痛みと驚きのみで済むだろう。
しかし、この地雷に空雷がかぶさったとき、悲劇が起きる。
空雷は地雷の空中版といえばいいか。やはり走ったときには上半身を中心に、もだえずにいられないほどの痛みが走る。
だが高度の幅を持つこれらは、必ずしも人の頭の位置に走ってくれるとは限らない。
地雷と空雷が合わさる時。それは神隠しにたとえられるような、突然の消失なのだけど、本当に消え去ったわけではない。
実際、過去に聞いた話においては、連れ立った二人が道を分かれてほどなく、地雷が走ったのを片割れは察したのだそうだ。
思わぬ痛みに飛び上がってしまった片割れ。だが地へ改めて足に着くより前に、バラバラと薪が崩れるような音を耳にする。
音は自分の背後から。見ると、先ほど分かれた道の先に、黒い炭らしきものの大小が、散らばっていたらしい。
そして別れたばかりのはずの、相手の姿が見えない。ここはしばらく一本道で、周囲に隠れられそうな家屋や樹木の影もない。となれば、考えられるのは……。
相手は背負子に薪を積んでいたが、おそらくはそれらもあの炭たちの中に混ざっているのだろう。
実際、薪のほんの一本が、その身の大半を黒く焦がしながらも、道の真ん中に転がっていたのだから。
地雷や空雷を感じたならば、誰かに断ることになろうとも、車の中や屋内などへ逃げ込むべきだ。
私は幼いころにそう教わってきた。昔話にはさんざんおどかされてきたものの、幼稚園に通う時分には、このような体験は一度もなく、周りの皆にも起こることもなかった。
みんなに起きないなら、自分も大丈夫だろう。
周囲と同じであることが、長いものにまかれているかのような安心感をかもし、知らず知らずのうちに、私の警戒心をほぐしていってしまったのだと思う。
小学校へあがり、高学年に差し掛かるころになって。
学校帰りの公園で、友達とサッカーをする約束をした私は、いったん荷物を置くべく自宅を目指していた。
当時は公園以外の空き地も多く、誰かが打ち捨てていった道具などが転がっていることもある。資材にしては傷みすぎだし、中にはちょっとした重機と思しき物体もあったりして、親たちにはナイショでこっそり遊び道具に使うのも、子供たちの間じゃお約束だった。
家への帰り道の途中にも、そのような空き地があり、横目に通り過ぎようとした、その時。
両足にとうとつな痛みが走る。
画びょうを踏んだ、などとは違う。無数に身を寄せて山脈となった針たちが、いっせいに足の裏を突いてきたかのようだ。
思わず飛び跳ね、反射的に足の裏へフーフー息を吹きかけて、ふと思う。いま自分はスニーカーの底へ向けて、息を吹いていた。
靴の中に石が入り込んだとしても、こうも足全体へ強い痛みを覚えさせることなど、あり得るだろうか?
地雷? と思いあたったときには、もう頭をガアンと揺らされていた。
足に感じたのとどこか似た、それでいて硬球を頭へもろに当てられたような重さが、頭蓋をぐらぐら揺らしてくる。
空雷、と認識するや私の頭に、父からさんざん聞かされた昔話と注意が掘り返されてくる。
とっさに逃げ込める場所を探すも、ここは例の空き地も含めて、周囲に田んぼが広がる道。一番近い家でも100メートル以上はあった。
地雷と空雷は、さほど時間を置かずに身体へ受けている。きっと二つが合わさるのはもうすぐで、のんきに走っている余裕はないと見た。
私はほんの数歩先。打ち捨てられた車のうち、一台の中へ避難する。
天井に穴などはなく、ドアもしっかりしていて、タイヤがパンクしているくらいしか、廃車の要素をかもしそうにないワゴン車。
その運転席へ腰を下ろし、ドアを閉めてほとぼりが冷めるまで待とうとする私だった。
しかしほどなく、信じがたいことが起こる。
これまで万全と思われた車の天井が、重いものでも載せられたかのように、急激にへこみ始めたんだ。
足元も金属音を立てながら、私の両足ごとおのずとせり上がってくる。
その動きは、何者かの大きな万力に、この車がかけられているかのよう。あれよあれよという間に、へこみ続ける天井はたちまち私の頭を押し付けて、お辞儀をさせていく。
せり上がった足元は膝がしらをどんどん持ち上げ、私の頭をももへ押し当てるかのような格好に。
社会で習ったばかりの屈葬が、頭に浮かんだ。
いま自分は土に埋められる死者のような格好で、車ごと葬られようとしているのではないだろうか……。
背筋が寒くなり出すのに続いて、耳をつんざく音。
気づくと私の周りから車が消え、空き地にぽてんと尻もちをついていた。
あっけにとられる私の周りで、大小の黒々とした塊が、白い煙を吐いている。
状況からして、これは話に聞く地雷と空雷が合わさった瞬間なのだろう。それがこの車を直撃して四散させたんだ。
あの、私を押しつぶそうとしていた車を……。
命を助けられたのかもしれないが、私はとても楽観視できない。
いつ私が何を巻き込み、砕かれる側に回ってしまうか。分かったものじゃないからだ。