0.意味がなかった人生
ある日突然私の人生のピリオドが打たれた。
その日は月末で珍しく残業だったため、最寄りの駅に着いたのは二十二時前になっていた。
それでも急いで帰ればまだ見たいドラマに間に合いそうだったから、いつもは使わない人通りが少ない路地を駆け抜けていく。
「あの、すみません」
「え、あはい」
真っ暗な道をドラマの続きを予想していると、聞き覚えのない声に呼び止められる。
無視すればよいものを、なんでか分からないけれど立ち止まり、条件反射のように声のする方に振り向いてしまった。
細身で感じの良さそう……よく漫画に出てきそうな何を考えてるか分からない執事風の男性。
服装も立ち回りもそれっぽい。
「失礼ですが、あなた様のお名前は湊川 暁でよろしいでしょうか?」
「はい。そうですけれど、あなたはどちら様?」
知らない男性は私を知っているらしい。
丁寧に名前を確認されるから怪しいと思うより、私がただ忘れているだけだと思い頷いて問い返す。
男性もどうやらうろ覚えみたいだから、きっと顔見知り程度。
そんでもって私の本名を知っているってことは、得意先の担当の人かな? 見た目それっぽくないけど。
どうも私は他人の顔を覚えるのが苦手で、よほどのことがない限り一度会っただけでは覚えられない。
社会人にはまったく困りもんだ。
「それはようございました」
「? 私になんの用ですか?」
などと自分の欠点をどこか他人事のように考えていると、男性は意味不明なことを呟き雰囲気が突如変わる。
鈍感な私でもこの殺伐とした異変に気づき、逃げないといけないと感じるも時すでに遅し。
男性はいつの間にかナイフを構えていて、なんのためらいなくズバッと私の心臓をひと突き。
激しい痛みを感じた瞬間意識はプッツンと切れ、私の人生は呆気なく終わりを告げた。
今までを思い返せば、私の人生は実にくだらなかったと思う。
勉強を努力しても普通以下の成績な上、笑えないほどの運動音痴。
顔はお世辞で言えば愛嬌ある童顔で、スタイルはごくごく普通。
仕事の要領は悪くいつまで経っても底辺で、年下にどんどん抜かされる。昔風に言えば完全なる窓際社員。
高校短大では告白してもフラれた記憶しかなく、彼氏なんていた試しがない。
挙げ句の果てには乙女ゲームのキャラに本気で恋をしてしまい、アラサーになった今現在もオタク街道まっしぐら。
この世の未練があると言えば、来週やるイベントにいけなかったこと。
せっかく最前列の中央だったのに、もったいないことをした。
…………。
…………。
こんな負け組人生でしかないなんて、案外幕が閉じて良かったのかも知れない。
来世は、愛しのあの人がきっと待ってるはず。
「は、もう一度言ってくれる?」
耳を疑うようなありえない真相を聞かされ、あまりのことに信じられず喧嘩腰で聞き返す。
女神と名乗るふんわり女子は、冷や汗をだらだら流し作り笑顔が痛々しい。
もしそれが真実としたら許されることではない。
「ですから私の手違いで、本来ならば存在しない世界に転生させてしまいました。なので現在はすでに時間を戻し本来あるべき姿に戻しています」
「じゃ何? 私の人生はまったくの無駄で無意味だったってこと? 湊川暁と言う人物はどこにも存在しなかった?」
聞き返しても同じ台詞が返ってきてしまい、雷を打たれたようなショックを受け地べたにへたりこむ。
私は本当にいらない人間だった。
だから私の人生は、駄目駄目だったんだね?
「乱暴な言い方で言えば、そう言えなくもないですね。しかし貴女はこれから本来生まれべき世界に転生してもらいます。お詫びとして努力さえすれば報われる素晴らしい人生を送れるように、全力を尽くします」
私の怒りと絶望が女神にも伝わったのか、円満解決に向け交渉を始める。
女神自身の失態らしくずいぶん好条件に思わず二つ返事で承諾しそうになるけれど、少しぐらいは困らせた方が再発防止になるかも知れない。
「どうせならチート設定にしてよ。なんでもそつなく出来る天才美少女とか」
「そんな人生楽しいですか? 努力もせずなんでも出来るなんて、やりがいもなにもないただ生きてるだけと思いますが」
「うっ……、そう言われると……でもみんなに崇められて嬉しい」
「では貴女は息を吸ってるだけで、みんなに崇められたら嬉しいですか? そう言うことなのですよ」
「……努力させてもらいます」
調子こいた私が馬鹿だったのか、下手に出ていた女神が正論をぶつけながら冷たい視線で私を見下してくる。
確かにチートとは、自分にしてみればすべてが当たり前に出来ること。
特に努力せずに当たり前に出来る事を褒められ崇められたって嬉しくない。
私の事だから皮肉に受け取り、そのうちやさぐれて世界征服をするかも?
困らせようとしたのに、逆に私の愚かさが明るみに出るだけだった。
「分かっていただければ良いのです。では新たなる人生に祝福あれ」
「え、もう? きゃあ~」
いつの間にか形勢逆転されてしまい勝ち誇った女神がそう言った瞬間、地面が消えた。
そして私は勢いよく地上へと落ちていく。
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