元殺し屋、英雄へ転職希望
完結です!
「ふう、」
ウクラスは一息つく。今彼は自分の部下と共に城下町を巡回している最中だ。町民達は毎日握手を求めて来たり、声援を飛ばして来たりと騒がしい。別に讃えられて悪い気はしないのだが、毎日続くとうんざりだ。
(とっとと帰って部下共の安否を確認せねばならんというのに…)
煩わしさを覚えながらも馬を進めていると、1人の少女が視界に入って来た。顔はフードに隠れて見えづらく、にも関わらずこちらを向いているような視線を感じた。すると風が吹き、僅かだが顔が見える。
(…ばかな)
そこにいたのは紛れも無く部下によって殺されたはずのイフール王女だった。
(ありえん!何故生きている!?)
思わず驚愕の表情が溢れる。それを見届けると、王女は林の奥へと走って行った。
「お前達、少し先に行っておけ」
「団長殿?」
質問には答えず馬から降りると、イフールを追って走り出す。観衆がざわめき出すのを残った騎士達が宥めている声が聞こえる。だが、ウクラスにそんな事を考えている暇は無い。消さねば、一刻も早く消さねば。ただそれだけを考えていた。
少し先でイフールが止まっている。
「貴様、どうやって生き延びた!」
「あなたに教える必要はありません。それに、幻滅しました。民達あんな風に不当に苦しめるなんて。今回の件はお父様に報告させていただきます」
「フッ、フフフ」
「?」
「本気で国王様に伝える気ですか!?王女様。その場合消されるのはあなただというのに!」
「…どういう事ですか」
ウクラスから伝えられた言葉の意味が理解できずにイフールは聞き返した。
「そのままの意味ですよ!あいつらから得た余分な金の一部が誰に渡っているのかご存知ないので!?」
「…まさか」
そんな事あってはならないとイフールは頭からその考えを必死で振り払おうとする。それは拒否というよりも願望に近い物があった。そんな悍ましい事信じられない。いや、信じてはいけないのだ。
「あなたのお父上だよ!国の資金として回しているんだよ!それを知られれば娘の1人くらい消すだろうな!」
「ーーーッ!」
ウクラスから告げられたのは、残酷だが恐らく真実であろう事柄。イフールの心はそれを受け止められるほど成熟していない。思わず、その場に座り込んでしまう。そこに近づき止めを刺そうとした時ーー
「どうやって生き延びたかって?」
1人の少年の声が響き渡った。ウクラスは直ちに周囲を警戒する。その背後、完全な死角からナイフが高速で飛んでくる。ウクラスはその感覚を読み取ると一気に回転して手に持つ剣でナイフを弾き飛ばした。
「当たり前だけど強いよな…」
「何者だ?貴様は」
ザイトは改めて構えを取り直し、ウクラスに向き直る。
「貴様がこの王女を助けたのか?随分と舐めた真似をしてくれるじゃないか」
「別に舐めた真似はしてないんだけど…ていうかイフールを殺そうとした事も隠さないんだ」
「俺の部下を全滅させたという事は王女から聞き及んでいるのだろう?」
「それはそうだけど…」
ザイトはイフールの方へ目を向ける。その場に蹲った少女は少し震えている。ウクラスから告げられた事実をまだ自分の中で受け止めきれていないらしい。無理も無い事だ。自身の父が自分よりも金を必要としているなんて聞きたい訳が無い。
「早速余所見か!?」
ザイトが視線を反らした隙にウクラスが一気に迫って来る。どうにか後ろに跳んで躱すが、その頬には薄い傷がついている。反応し切れなかった。
「我が部下を容易く滅ぼしたのだろう!?そんな体たらくでか!?」
多くの研鑽を積んだであろう剣技や身のこなし。ザイトでも正面から戦えば勝てる自信はあまり無い。加えて、
「土魔法、大崩落!」
土属性の魔法を同時に使用して来るので距離を詰める事もままならない。久々の厄介な敵だ。だが、正面から戦えば、だ。
(勝機は見つけた。良し…)
ザイトはすでに激しい戦いの最中に勝利の糸口を掴んでいた。長剣から短剣に持ち替えてウクラスの斬撃を捌く。そして下がってからタイタンのネックレスに手を伸ばして勾玉を投げつける。それに反応したウクラスは大きく後ろに跳ぶ。
「気づいたんだ?」
「相手の一挙手一投足に気を払うのは戦いの基本だ。部下と同じと思うなよ」
回避に成功しただけではなく部下の敗因まで見出すとは流石と言わざるを得ないだろう。だが、ザイトは小手先の技が通じない事を確認すると再び剣を持ち直す。しかし、
「土魔法、黄土大瀑布!」
地面から幾つもの土の剣が迫って来る。躱そうとするが、足に力が入らない。自身の立っている場所もひび割れ、崩壊が近いのだ。
「終わりだ!!!」
爆発的な魔力が込められ、ザイトが呑み込まれる。逃げ場、無し。足場、無し。絶体絶命。全てが終わり、ザイトの立っていた場所には巨大な土の建造物の様な物が出来ていた。
「終わったな。口ほどにもない奴め」
ウクラスは戦いの終わりを見届け、背を向ける。次に殺すは、もちろんーー
ヒュッと、音がした。それを合図の様にウクラスの鎧の隙間から血が吹き出した。
「な!?」
「危なかった〜」
その背後にはザイトが立っている。多少傷はあるが大方無事だ。
「貴様、どうやって!?」
「あの技、下の方には空洞ができるからさ。膝の骨を外して一気に体を折り畳んだ。お陰で今全身すっごい痛いけど…」
事も無げにそう言うザイトにウクラスはついに恐怖を覚える。何か、何か考えなければ。全力を尽くさねば殺られるのは自分だ。何か、何か、そして気付いた。
「土魔法、土粉流!」
ザイトの目の前の地面が爆発して粉が大量に舞い散る。
「くっ!」
思わず目を瞑る。それは一瞬の事だが、その一瞬が致命的となった。
「動くな!」
そう叫んだウクラスの傍らにはイフールが捕らえられていた。
「イフール!」
人質を取るというのは騎士団長としてあるまじき行為だ。だが、追い詰められているウクラスは勝つ為でならば手段を問わない。逆に言えばそこまで極限だという事だがザイトに対して人質という手段はとても有効だ。
「手を出せないか!出せないよなぁ!」
「ーーッ!」
余りにも卑劣なやり方。ウクラスを倒すという目的自体は正直今すぐにでも達成できる。ただ、その結果に至るまでの過程が問題なのだ。英雄を目指すと決めたザイトは目の前で犠牲者が出る事を許さない。イフールが犠牲になる事なく奴を倒さねばならない。
「殺されたくなきゃ動くなよ!」
地面から次々に土の拳が形成されザイトを殴り続ける。そこに一切の容赦は無く本気の殺意が込もっている。
「ザイトさん!私の事はいいので止めを!」
イフールは自身の命よりもザイトの命を、村の人々の安全を優先するよう呼びかける。ザイトだって分かっているのだ。それが最も合理的で、今取るべき選択肢である事ぐらい。だからこそ、
「その選択ができる君を、死なせる訳にはいかない」
ザイトは覚悟を決めた顔でナイフを構える。照準を、ウクラスに合わせる。
「投げんじゃねえぞ!投げた瞬間この女を殺す!俺が人殺しにビビると思ったら大間違いだ!」
事実、ナイフを投げてもぎりぎり反応してイフールを殺す事は可能だろう。しかし、それを分かった上で、
「イフール」
「?」
「僕を信じてくれ」
その手からナイフが放たれる。ウクラスの剣が、イフールの首に当たる。思わず目を閉じ、来るべき痛みに心を決めると、それ以上何かが起こる事は無かった。恐る恐る目を開けると、首からは薄い血が流れているが、剣は地面に落ちている。ウクラスの方を向くと、その眉間にはナイフが突き刺さり絶命している。
「ふーーっ」
ザイトが安心したようにその場に座り込む。
「ザイトさん!」
イフールが駆けてくる。
「無事ですか!?」
「うん、イフールは?」
「大丈夫です。その…1つ聞いてもいいですか?」
「?」
「どうしてナイフを投げられたんですか?」
イフールはどうしてザイトがあの決断に至れたのかを聞いてくる。
「まずは、ナイフの投擲には自信があったからかな。5年間ずっと鍛えつづえてきたし。あとは、ウクラスが嘘をついてたから」
「嘘?」
「人殺しにビビらないって言ってたでしょ?あれに真偽眼が反応してね。ウクラスはぎりぎりの所で葛藤するはずだって分かったから」
あの土壇場でザイトの勝利が決まったのはウクラスの人殺し発言に「真偽眼」が反応したからに他ならない。ウクラスが躊躇すると分かったからこそ、止めをさせた。
「ともかく、これでお終いだ」
翌日の朝、2人は町を出る準備を整えた。町の人々はウクラスの捜索を続けている。あの男の遺体と証拠は村の人々にあずけている。今頃王都に報告に行っているはずだ。門をくぐろうとした2人の後ろから、
「待って下されーー!」
あの老人が追いかけて来る。
「どうかしましたか?」
「あなた様は我々の恩人、いや、英雄です!是非とも、お礼を」
「そんなのはいりませんよ。勝手にやった事ですし」
「ですが、」
「英雄、と。そう言って貰えただけで十分です」
2人は町に背を向けて歩き出す。老人はいつまでも頭を下げてそれを見送る。
「イフールは、これからどうするの?」
「もちろん、ザイトさんに付いていきます!この町と同じような悲劇が起こっていないかも気になりますし」
自分の最終目標がイフールの父である事を伝えようとして、辞めた。その眼に宿る決意の光を見たからだ。
「それじゃあ、これからもよろしく、イフール」
「はい!ザイトさん」
2人は次の町に向かって歩み出す。
その果てしない道程は、まだ始まったばかりだ。
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