英雄娘と神おっさん ~おでさん、子供をいじめなそ~
1
「あかん」
あの英雄娘と別れてから、どーも調子が悪い。
せっかくの神の力も、あの娘のぶっ飛んだ笑顔思い出すと、ろくに発動しよらん。
大統領城攻めに行って以来、にわかに激しいなった『野神狩り』に気い重かったが。
「……しゃーない!」
神のおっさんは、英雄娘を探し訪ねることに決めよった。
2
「ボブ、ベス……私はまたもう一度、あの神様に会えるのかしら?」
英雄娘は夢見るように、ペットのボブとベスに話しかけよった。
あの日、たった一人で大統領の軍隊に立ち向かいよった神。
その姿を、この娘なりに美化しては、何べんも思い返してよる。
せやから。
娘の住む粗末な小屋に、当の神が駆けこんできて、喜んだの喜ばなんだの。
「邪魔するで!」
「神様っ!?」
うれしい驚きに頬染めてよる英雄娘そっちのけで。
間仕切りカーテンの奥へ飛びこみよったおっさんは、体中の埃をはたきながら、
「何が野神狩りや! 野良のどこが悪い!」
泣きの入った声でぼやいてよったが、娘に目えやって、
「嬢やん、なんちゅう顔しとんねん……」
英雄娘は、手え胸の前で揉みしぼり、うるんだ目えでおっさん見つめてよる。
「私、信じます! 運命の存在というものを……!」
開きっぱなしの戸口への、新たな来客に。
ふたりとも気づきよらんかった。
「あ、神!」「むべ!」「ここな狂神!」
こないだおっさん追い回しよった、人間階級の悪ガキどもや。
予想外の先客に、声が裏返ってよる。
おっさん、物も言わんと手のひら宙にかかげよった。
3
「おでさん、許してくれそかり……」「むべ、おでさんが子供いじめなそ……」「おでさん、欲しき物あれば買ひてつかわすに……」
べそ掻いて正座してよる悪ガキどもの前で。
神のおっさんは、腰に手え当てて、君臨してよった。
「わかりよったかチビさんども! 手も足も出ん相手にええようにされるっちゅうんは、こういうことやぞ?」
うっとり訓戒垂れよってから、ふと怪訝な顔。
「ほんで、『おでさん』て何や?」
途端に、悪ガキども得意げになりよった。
「お『で』さんは、人間階級の言葉ぞかし!」「むべ! お『ば』さんやお『じ』さんにては、ジェンダーの問題ありこそ!」「五十音にて『ば』からも『じ』からも、ちょうど等距離の『で』こそ正しき音なめれ! 卑しき神語や英雄語には、え思いつけぬ平等ぎゃあ臭しっ!」
「マウスジェスチャーいうそうや」
おっさんは指曲げた手のひらで、宙にうず巻き描きよりながら嬉しそうに、
「目のまえ居るやつの鼻先に、寝起きのおれの息忠実に再現するよう設定したある」
「それさっき聞いたぞかし……!」「むべ……!」「はや止めたもね……!」
そのときや!
テルミン法螺貝の気い抜けたサイレンが、遠くから物懐かしゅう聞こえよった。
意味するんは、ただひとつ……!
『ここな一帯にてこそ、野神狩りせめ! 協力せ!』
神のおっさん、ビクンてなりよって。
戸口から不安そうに外をうかがい、
「包囲されたないからな。様子見てくる」
言いわけみたいに言うて出ていきよった。
小屋に残ってよる、英雄娘と三人の悪ガキ。
気まずうなるかと思いきや、
「お『ぬ』うさま、久しぶりなる……!」「むべ、つつがなきや……?」「あれから心配してぞかし……神菌にては陰性にてこそ……?」
悪ガキどもは正座したまま、はにかんで口々に言うてよる。
おっさんが英雄娘連れて大統領の城まで攻めに行ったものの……途中で戦意失うて撤退しよってから、一週間。
逃げる途中で置いてかれよった娘は、おとがめなしやった。
大統領お気に入りの英雄いうこともあったが、野良の神から『神菌』うつされてへんか、経過措置として隔離されてよったからや。
悪ガキどもが禁やぶって見舞いに来よったわけは……年上の異性の英雄への、身分を越えた、ほのかなアレちゅうやつやった。
「ご心配、ありがたく存じます。身に余ります……!」
娘は答えながらも、悪ガキどもに立ってくださいとは言いよらん。
立ってくださいとは言いよらんが、目には同情たたえてよって……それがまた、悪ガキどもの幼い感情をくすぐりよる……。
「我、英雄階級の住まいは初めてぞかし」「むべ、こざっぱりなれ」「やや? あれな鉢は?」
腰の高さの粗末な戸棚に、大切そうに置かれよった鉢、ふたつ。
娘が答えようとしよったとき、
「ただいま!」
おっさん帰ってきよった。
「あかん! 日に日にタッチ操作が利きよらんようになって……嬢やん、連中があっちゃ行くまで隠れさしてもらうで!」
間仕切りカーテンの奥へ、しけこみよる。
娘は笑顔でどうぞて答えてから、
「……ペットなんです。名前はボブとベス! とってもかわいい芽キャベツなんですよ!?」
悪ガキどもに嬉しそうに言いよった。
「英雄がペットなんて分不相応とお思いでしょうけど……この近くで捨てられたように生えているのを見つけて、ほっておけなくて!」
悪ガキどもが、口々に賛美の言葉を並べよったが。
娘はいきなり、悲鳴あげよった。
「ボブ!? ボブぅっ!?」
戸棚の鉢が、ひとつしかありよらん。
……信じたないもんを確かめるように、英雄娘は、間仕切りカーテンをそっと引きよった。
娘と悪ガキどもが見よったんは……情けなそうな、つらそうな目えで、片手に植木鉢かかえたまんま、つぼめた口から、半分になった芽キャベツをつまみ離しよるおっさんの姿やった。
4
「あぁーーーっボブっ! ボぉブーーー!」
「ペットとか……知らんやん……」
おっさんの弱々しい反駁も、悲嘆しよる英雄娘には届きよらん。
「神様っ!」
「おおきい声で呼ばんといて……」
「これは試練なのですかっ!? 神様が私に『日常なんて捨てっちまいな!』と熱く命じる、魂の試練なのですかっ!?」
「ぶふぉあ! ……頼むわそれほんまにやめてくれ、いま野神狩りに見つかったら対抗できへん……!」
「おふたりとも、そのへんにしーやそかり」
声がしよった。
周囲全体から響いて、意識に沁み入りよるような、甘うて、やらかい、変な声。
「ベス……? ベスあなた、喋れたの……!?」
「ベス! まさかこそ!」「むべや! あなたそレディ・ベス!?」「ベス植物爵夫人ぞかし……!?」
「そうやでそかり、うふふふふ」
鉢の芽キャベツがうなずいたように見えよったんは、気のせいやろか。
「英雄乙女、黙ってて堪忍そかりやで? ペットやゆーて味良うしてもろたゆえ、つい甘えさしてもーてたそかり。あんたも、もうふざけるんは止しにしやそかり!」
「うふふふふ、これは済まなかったそかりそかり」
おっさんのでぼちんに、ひょこっと、芽キャベツ生えよった。
うろたえたおっさん、あわてて残り半分も口にほりこみ、のみくだしよる。
悪ガキどもが口々に、
「されば、あなたぞボブ将軍!?」「むべ、夫人とともに忽然消息絶たれしとや!」「伝説の……無敗の軍キャベツなりそ……!」
「話は後にしようそかり。脅威がせまってあるようそかりゆえ」
ひときわ高う、テルミン法螺貝が響きよった。
「どうやら包囲されてあるそかり」
「あなた……」
「わかってあるそかり」
小屋の外のぞき見よった英雄娘が、すぐ引きつった顔引っこめて、
「神様、野神狩りの戦士の皆様が!」
「キャベちゃん、おれ体が動かんのやけど!?」
おっさん半泣きで見下ろしてよる自分の足が、遥か彼方にあるように感じてよる。
「おのれの神経系に頼ってあるからそかり」
ボブ将軍、おっさんのデコで悠然と答えよった。
「おまえさんは今、いわば『人間植物』と化してある。植物ゆえ、人間にはない強味でこの危機を脱せられあるが……植物ゆえ、体内物質による伝達速度は遅くなりあるそかり」
「遅いて……どんくらい?」
「1分で1センチ。おまえさんが歩くと決断してから、実際に足が動くまで、ざっと3時間そかり」
「冗談やあるかい! 出ていってくれ!」
ほんでも、つまみ取ろうにもつまみ取る手が動きよらん。
「ほな、どないしたら歩けんねん……?」
おっさんべそかいて聞きよるに、
「おまえさんが口は利けてあるのと同じことそかり。ためしに『歩く』と念じて、足をふーふーするそかり」
「歩く……歩くで! ふー……ふー……おお! 動きよるけどなんで?」
「芳香物質。植物は香りで伝えあるそかり。お前さんの頭部が発する香りを風で運べば、四肢に意志が通じある」
おっさん聞いてへん。
「よっしゃ反撃や!」
「神様、戦いにおもむくのですね……!」
英雄娘が言いよった。
胸の前で組んでた手え、前にひろげて、
「神様へ、この両手いっぱいのご武運を!」
「! ……おう?」
娘の言葉がなんともあらへん!
心が凪いでよる!
「勝って……! そして、生きて……!」
「全然だいじょうぶやんけ!」
おっさん、気力と笑顔ではち切れそうになりよりながら、ふーふー、小屋の外に出た。
がに股の二足兵器の群れ。
野神狩り部隊や。
「『着る戦車』そかり。あの足から繰り出す七色電磁キックは、かするだけでヒトを『ラリ縛り』にしある」
「知っとる」
おっさん苦々しげに答えて、足で地面をスワイプしよとしよりよったが、
「宙を四回タップで『全選択』そかり」
ボブ将軍が言いよった。
「宙を四回……あ、ほんに!」
「さらに長押しでプロパティを開いて、コマンドを入力するそかり」
「長押し……? ぷろぱ?」
「『魔界村』」
「MAKAIMURAっ!?」
おっさん聞き返しよった瞬間。
二足戦車が、全部ばらばらに分解しよった。
中の野神狩り部隊員の装甲ズボンも飛び散って、むき出しパンツになってよる。
下着をつけよらん主義の隊員はフルオープンや。
「人間階級のヒトは羞恥に慣れていない。……自分自身の羞恥には。この程度で、簡単にパニックになりある」
尻を足のあいだに落として茫然としよる者、泣き出しよる者、ズボンのかけらをかき集めよる者……。
神のおっさん、しばらく見つめてよって、
「なんや、かわいそうやな」
「そう思いあるそかり?」
あれほど饒舌やったボブ将軍が、それ以上はなんも言わんと、ただ葉の巻きをゆるめて優しゅう微笑みよった。
野神狩り部隊が、後じさりを始めよる。
恥辱からの逃走や。
おっさんと芽キャベツは、野神狩りを退けよった。
「助かったで。ほな出ていってくれ」
勝利の満足感にひたりよりながら、おっさん、芽キャベツに解雇通告出しよった。
「お前さんはめずらしき神そかり。一度、大統領に会へそかり?」
「人間の親玉に用ないわ」
「念残しなことそかり」
そう残念そうもなく言いよって。
芽キャベツ将軍はデコから引っこみ、鼻の裏すべり降りて、おっさんのベロのうえ落ちよった。
英雄娘が差し出した鉢に、糸引いてつまんで戻しよるおっさん。
鉢を胸に抱えこむようにして、娘は頬を染め染め、言いよった。
「神様、私はあなたと歩いていきたい。手をつないで草原の丘を登り、頂きにまいた種がどんなに素晴らしい色の花を咲かせるのか、ふたりで確かめたい……!」
目え上げたときには。
おっさん、尻に帆おかけて逃げていきよるとこやった。