3.ネコは家族を癒すのです
俺がダイヤース家に来て2週間が経った。最初の方は、大人しくベッドで安静にしていたが、痛みがだいぶ引いてからは、フィル達と屋敷を回ったり、フィルがお勉強をしている間フィナと一緒に遊んでいる。
「フィナ様。今日は何しますか?」
「うーんとね。おままごとしたい!」
「いいですね。俺はなんの役にしましょうか。」
「…ママがいい。」
フィルとフィナの母親は1年前に病で亡くなったらしい。父親は妻の死と悲しみを忘れたいかのように仕事に没頭して、なかなか家には寄り付かず、帰ってきても子供達と顔を合わせることはほぼないだとか。
この2週間で仲良くなった使用人さん達が教えてくれた。経った2週間。しかも身元もよく分かっていないだろう子供の俺にどうして色々教えてくれるのか。気になって聞いてみた。
だって普通そうだろ?ここは王家の次に身分が高いとされる大公家。貴族だろうが平民だろうが、身元が怪しい奴を通常野放しにはせず、行動・発言を監視するだろう!なのになんでたった2週間で仲良くなれるんだよ!ってこっちが不安になるだろう?
『クロが来てから、フィル様もフィナ様もそれはそれは楽しそうにしてるんだもの。』
そう返ってきた。
1年前に母親亡くしてから、フィナはフィルの後を付いてばかり。フィルが勉強している時間は、フィナは1人静かに部屋に閉じこもって勉強が終わるのを待っていたそうだ。フィルの勉強時間は長すぎることはないが短すぎることもない。その間、1人ウサギの人形をもってただじっとしているらしい。
フィルはフィルで、以前と変わりないよう努めていたのかもしれないけど、使用人からみて笑顔が嘘っぽくなって、1年以上前から働いている使用人からみたら無理して笑っているのが丸わかりらしい。
そんな2人が、俺が来てから本当に楽しそうに笑っているというのだ。
「でもやっぱ寂しいもんは寂しいよな。」
「クロ?」
「ではおままごと始めましょうか。」
俺はフィナをゆっくり抱きしめた。それにしても、声変わり前で本当に良かった。ここで低い声だったら相当違和感が半端ないから。
「今まで寂しい思いをさせてごめんなさい。これからはフィナが寂しくないようにママが傍にいるから。だから、一緒に沢山遊びましょう。あら、どうかしたの?フィナ。」
俺は体を離そうとするが、フィナがギュッと力を込めていて離してくれない。
「ほんとに、ほんとにフィナのそばにいてくれる?」
「フィナのことがね、大好きなの。だから傍にいたいの。今まで寂しかった?」
「にいさまが、にいさまがそばにいてくれたからね、寂しくなかったよ?」
「そう、フィルは妹思いのいいお兄さんね。あとで褒めてあげないと。」
「でもね、ママがいなくなって、パパも、はなれていっちゃって、にいさまも、フィナもずっと、ずっとさみしかった。」
「フィナは、パパのこと嫌いになっちゃった?」
フルフルと首を横にふるフィナ。1年も放ったらかしにされているというのに、本当に父親思いのにいい子だ。
「でもパパ、はフィナのこと…」
「パパもフィナのこと大好きだと思うわ。もし嫌いなんて言ったらママが悪いパパなんてやっつけちゃうから。」
「…やっつけなくていいよ?フィナはね、ママが、クロとお兄様がそばにいてくれたらそれでいいもん。」
「フィナ様は本当にお強いですね。」
しばらく抱きしめていたものの、ふとフィナの顔をみると眠たそうにしていたので、ベッドに連れていくとフィナはすぐ眠ってしまった。ギュッと俺の服を握りしめたまま。
「本当、可愛らしいなぁ。」
「でしょ?さすが僕の妹。あ、でも惚れたりしたらダメだよ?」
「惚れねーよ。」
様子を伺っていたのは分かっていた。おままごと始めたくらいだったか。いつもならもう2時間は遅いはずなのにやけに今日は早いなと思っていた。
「今日はやけに早かったじゃねーか。」
「今日はね、先生の予定もあって早めに終わったんだ。けど、楽しそうにままごとしてたから入りづらくて…やっぱり寂しいよね。まだ6歳だもんね。」
フィナの髪を優しく撫でながら悲しげに笑うフィル
「大きくなったって家族を亡くしたら、寂しいもんは寂しいだろ。お前だって寂しいだろ?」
「そりゃあ、ね。でも僕が笑っておかないとフィナにまで心配かけるから。」
「ハッキリいうけどな。お前のその笑顔が、偽物だって皆気づいてんだ。皆、気づいてるけど誰も言えねーんだよ。お前がそれでも無理して笑ってるから。だから皆気を遣ってんだよ。」
「…例え皆が気づいていて、気を遣ってくれているとしても変えられないよ。僕は次期当主なんだ。弱音なんか吐いて、」
「だったらもっとマシな笑顔作れよ。誰にも気づかれないように練習しろよ。」
「…そうだね。なんだか恥ずかしいなぁ。そんなに僕の笑顔下手だったかな。上手だと思ってたんだけどなぁ。」
「でも、誰にも作り笑いだって気づかれなかったその時、お前は完全に1人になるよ。フィナもメイドの人も庭師のおじいちゃんも誰もいない。完全に孤独だ。寂しがり屋のお前には耐えられないだろうな。」
「はは、寂しがり屋って。フィナじゃあるまいし。」
「確かに今はお前の後をウロウロついてきてばかりかもしれない。でもフィナは強い。きっとすぐお前なんか置いて1人、前に進むんだ。」
「…」
フィナは強い。きちんと母親の死を理解している。幼いながら理解していて、受け止めている。不安定さはあるけれどそれは時間が解決してくれる。でもフィルは…
「そうなったらこの先お前に待っているのは、大公爵としての地位と、孤独だ。」
フィルが当主になったら、きっと周りは持ち上げ、敬うだろう。それが悪いことだとは思わないけど、その先に待ってるのは多分誰に頼ることも出来ない孤独。
「なら、教えてよ。そこまで言うのなら教えてよ。僕は、どうしたら…」
「なーに簡単なことさ。作り笑いは上手になれ。じゃねーと貴族なんていう世辞だらけの世界じゃやっていけねーんじゃないか?
ただ、1人でもいい。本音で話せる相手を作れ。そうしたら、お前が心を閉ざそうと思っても、そいつが止めてくれるさ。でも多分フィルは自分の本心を相手に告げること苦手だろ?だからまずは練習だ。フィルからみた母親のこと教えてくれ。ま、まぁ、俺みたいな貧民に言われたことを間に受けなくても…」
いつも浮かべている笑みは消し、フィルは話し始めた。妹の頭を撫でながら、真面目な顔で話すフィルの横顔は今にも消えて居なくなりそうな儚さがあって、不覚にも綺麗だと思ってしまった。
「母さんはさ、優しくて綺麗な人だったよ。次期当主なんだから、簡単に弱みを見せちゃいけない。泣くなって言われてきたけど、母さんは優しく、抱きしめてくれ、て。信じ、られないんだ。1年経った今でも
。母さんがひょっこり現れるんじゃ、ないかって。僕が泣いたら、また抱きしめ、てくれるんじゃないかって。頭では分かってるんだよ?母さんは、死んだんだって。もう帰ってこないって。でも、心は、受け入れられなくて…はは。フィナは本当強い子だよね。僕なんかより、ずっと。これじゃ置いてかれるのも、当然だ。」
「フィナは、フィナはにいさまの、ことだいすきだから、おいてなんかいかないよ。」
「フィ、ナ。」
「ご、ごめん、僕、変なこといったね。気にしないで。」
「フィナね、ママがいなくてさみしいよ。でもにいさまがずっとそばにいてくれるからさみしいきもちとんじゃったの。だからね、にいさまがかなしいときはフィナがそばにいてね、さみしいきもちふきとばしちゃうの!そしたらにいさまもさみしくなくなるよね?」
「フィナ、うん、もうね、フィナが傍にいてくれたから、寂しくないよ。ありがとう、ありがとうフィナ。」
抱きしめ合う2人を微笑ましく見ていた。違和感はあったのだ。長い時間一緒にいるというのに、2人はどこか遠慮しているような気がして…きっとフィナも気づいていたのだろう。フィルが偽りの笑みを浮かべてるって。いや気づかないはずがないか。母親が居る時から仲のいい兄弟だったのなら。
「やっぱり兄妹っていいなぁ、リティー。」
俺の呟きは誰の耳に入ることなく、消え去った。