1.拾われたネコ
目を覚ました俺は、自分が暖かいふわふわに包まれていることに気づいた。
なんだなんだと起き上がって周りを見渡すと、広い部屋にある天蓋付きの大きなふかふかベッドの上にいるみたいだ。
「ここが、天国というやつか。」
見覚えのない部屋。そう思ってもおかしくない。
「残念、ここは天国じゃなくて僕の家だよ。」
突然の声に驚き、身構え、ようとしたけど体に痛みが走って唸り声をあげることしか出来なかった。
「あー。ダメだよ。まだ傷が癒えてないんだから。よいっしょっと。ビックリした?」
ベッドの下から現れたキラキラしたそいつはニコニコとした顔で俺を見つめてきた。
「もう起きるの遅いよ。僕に長時間床で待機させるなんてありえない。まぁ驚いたのなら待った甲斐があったってことで特別に許してあげるよ。」
「誰、だお前。」
「んー?僕は君の飼い主さ。」
「は?」
俺より小さいそいつは変わらないニコニコ顔でそう言い放った。もしかして俺はヤベェ奴に捕まったのかもしれない。そう判断して懐から何か取り出そうとするが、どうやら俺は白いワンピースかなにかに着替えさせられたしく、手持ちがない。
「くそ。」
痛みに堪えベッドから飛び降り、綺麗な花が飾ってある花瓶まで走った。
「ちょっとちょっと。」
そいつがなにか言うが、お構いなく花瓶を落とした。
ガシャーンと大きな音が響いたあと、その破片を自分の首元に突きつける。
「お前らなんかにいいように使われるくらいなら死んだ方がマシだ!!」
元々俺は死ぬ気だったのだ。今死んだところで変わらない。
「ここで死なれると掃除が大変なんだけど。」
人が死のうとしているのに、掃除の心配。やっぱりこいつ碌なやつじゃねーな。ここにいたってひでぇ扱い受けるに決まってる。
「 へ、ざまぁみやがれ。」
首に当てたガラスの破片が皮膚に刺さって、少し血が流れるがそいつは顔色1つ変えなかった。
「やれやれ、やんちゃな野良は躾が大変だな。」
「なら次は血統書付きのでも買いな。それなら躾も楽だぜ。」
緊張感漂う中、場違いな声と共に1人の幼女が部屋に入ってきた。
「にいさまー!!」
「こら、フィナ。勝手に入ってきちゃダメって言ったじゃないか。」
「だって、だって。フィナもネコさんしんぱいで。」
ウサギのぬいぐるみを抱えたその幼女はどんどん声が震えていき、今にも泣き出しそうだった。
「そうだね。フィナも心配だったんだよね。ごめんね、1人置いて。ほらネコさん元気だから。」
と俺を指さして言うのだった。
「わぁーネコさん!げんきになった?よかった~」
今にも泣き出しそうだった顔は、嘘だったかのようなニコニコ顔に変わっている。
「あのね、フィナはフィナっていうの。よろしくね。
ネコさんのおなまえは?あれ、ネコさんちがでてるよ!はやくちりょーしないと!」
「そうだね。はやく治療しないとネコさん死んぢゃうかもしれないね。でもそのネコさん治療嫌がっちゃって。」
「ネコさん、ちりょーしようよ。ネコさんしぬのやーなの。」
俺の目を真っ直ぐ見つめて、今さっきまでニコニコしていたのに、再び泣き出しそうな幼女の顔をみたら、死ぬことも躊躇われて…結局破片を手から離してしまった。
「あれー、ネコさんなんでないてるのー?」
泣いてる?誰が?俺が?
頬をつたう温かいもの。それが自分の目から出ている涙だと気づいたのはその子に言われてから。
つい重ねてしまったのだ。この子と俺の妹を。妹もコロコロ表情を変えていた。不機嫌で泣いたと思ったら、笑い始めて、かと安心したらまた泣き始めて。凄く戸惑ったのを覚えている。
「いたいのいたいのーとんでゆけー!」
「はは、すごいな。もう痛くないや。ありがとう。」
「わーいわーい!」
「フィナ、ネコさんが起きたってメイドに知らせにいってくれないかな。出来る?」
「うん!フィナもう6歳だもん!」
「じゃあ頼んだよ。」
幼女が部屋から居なくなって俺はまた頭を働かせる。
これからどうするのかを。
勿論あの子のためにここで死ぬという選択肢は消え去った、がそれでもここには…
「勘違いしてると思うから先に言っておくけど、僕は奴隷として君を連れ帰った訳じゃないよ?」
「…なら、なんだって言うんだよ。お前らみたい金持ちがなんで俺なんかを。」
「奴隷じゃなくて、ペットだよ。」
そう言えばあの幼女とこいつはさっきからネコさんネコさんと口に出していた。多分だがネコさんっていうのが俺の事で、つまりペットから導きだせるのは…
「結局愛玩用奴隷じゃねーか。」
「僕はそんな趣味ないって。」
「意味わかんねぇ。」
「大体君が僕を口説いたんでしょ?だから僕は君を連れて帰ったのに。」
こいつの言っていることはさっぱりだ。俺の頭が悪いのか、こいつ自身がおかしいのか。
「いつどこで、誰が誰を口説いたって?」
「あれ、覚えてないの?まぁ覚えてないんならいいや、ところでお腹好かない?」
「にいさまー!」
「おかえりフィナ。」
「失礼致します。お食事をお持ち致しました。」
察したかのようなタイミングで現れるメイドとさっきの幼女。そして目の前に運ばれてくるスープとサンドイッチ。
「さぁ、フィナ。今日はここでお食事しようかあ。」
「はぁーい!」
端には花瓶の破片と水のシミが出来ているのに、2人はなんら気にすることはなく、何故かここで食事が始まった。
「あれー、ネコさんたべないの?」
「恐がらなくても毒とか入ってないよ?ほら。」
と俺の目の前に置いてあったスープを1口すくって飲んだ。本当にこいつが何考えているか分からない。分からないが、食物に罪はないし、こいつらが食べている所をみたら、忘れていた空腹感も戻ってきた気ががする。
「うっせー。恐がってなんかねーよ。」
と悪態はつきつつも、久々に口にしたスープは温かくて、美味しくて、そして暖かかった。