12.パーティー②
「さぁ、クロロード君。君の素晴らしい演奏を聞かせてくれ。」
鍵に指をのせる。昔は色々練習していたが、ここ最近では、この前簡単な童謡を片手だけでフィナに聞かせたくらいだ。ハッキリいってコンディションは最悪。ピアノは1日休むだけで腕は落ちると言われているのにここ何年もマトモに触ってなかったし、それに楽譜すらない。
いや楽譜があったとして読めるかどうか、読めたところでその通り弾けるとは限らないが。でも多分、母上が好きだった曲なら…
「これは、『春の風』か。さすがダイヤース家のものだな。」
1度弾き始めたら不思議と指は自然に動いた。自然と動いたは語弊があるかもしれない。指を置くべき場所は分かっているのだが、それでも指を精一杯ひらいて両手で弾くのはいくら昔練習したといっても辛いものがある。それに、観客が貴族の野郎どもというのが精神的にくる。いや多少間違えたって、フィルは何も言わないだろうが、それでも俺が負けたみたいで嫌なのだ。だから、指が吊りそうになりながらも決して顔には出さず、最後の1音まで響かせた。
パチパチパチパチパチパチ
「皆様、最後までお聞きくださいましてありがとうございます。しかし、私の拙い演奏で終わらせてしまうのは、他のお客様も納得しにくいのではと思いますので、ここはぜひスイム様の素晴らしい演奏で締めくくりいただけたらと。」
スイムに一礼して壇上を降りる。下げた頭を上げた時見えたスイムは、憎々しげに俺を見ていて、ハッキリいって笑えた。
(世の中、簡単に自分の思い通りになると思うなよ。ざまぁ。)
しかもその後、スイムもピアノを披露していたが、音を間違えたり、1回止まってしまったりと色々やらかしていたので笑いを堪えることで精一杯だった。
「クロ、お疲れ様。凄かったね。思わず聞き入っちやゃったよ。流石僕のペット。」
「フィル様には劣りますが、そう言っていただけて光栄です。」
※※※
パーティーも終盤。間もなく終わりを迎えるというところで、それは起こった。
用を足しに行っていた俺がフィルの所に戻ると、子供達の輪が出来ていて、
「僕、行ったよね。クロは僕の物だと。ハッキリ言ってあげたのに、君には分からなかったのかな?スイム。」
その中心には、口調も浮かべる笑みもいつもと同じだが、明らかに不機嫌そうなフィルと、所々赤く染まった服を着ている青い顔をしたスイムがいた。
「フ、フィルロ…」
「まさかさ、君、僕と対等だと思ってた?」
「そ、そんなこ…」
「思ってないと言えないよね。そんなセリフ。」
「す、すま…」
「フィルロード様、お酒を飲まれましたね。お酒は子供が飲むものではありません、が、ぶどうジュースとワインを間違えたのなら仕方ないです。スイム様、我が主人が大変失礼致しました。フィル様は酔ってしまわれて自分が何をしたか分かっていない状態でしょう。今日のことを知れば青い顔で、謝罪の文をすぐ送ると思いますが、寛大な心でその文を受け取って欲しいと思います。勿論汚れてしまったその衣装のクリーニング代金はお支払い致します。なんとか、ご納得いただけませんでしょうか。」
「あ、ぁ。」
「ありがとうございます。伯爵家なら換えの衣装は問題ありませんよね。申し訳ございませんが、フィル様もこのような状態ですし、本日は失礼させていただきます。フィル様、歩けますか?」
無茶な言い訳。俺が言ったことをそのまま信じているやつはいないだろう。俺が見物人だったとしても、絶対信じないから。明日にはダイヤース領貴族間で、今日の事が出回っているに違いない。まぁ出回ったとして気にするフィルではなさそうだが。それに大公家という家柄がきっとフィルを守るから心配はしてない。
「で、どうしたらあぁなったんだ。」
「さぁ。酔ってたからね。自分でも何故あんなことしたのか。」
「あんなデマカセ誰も信じちゃいねーよ。まぁ言いたくないんなら言わなくていいさ。」
「クロをしばらく預からせてくれないかって。」
「ふぅーん。で、あの牽制か。」
預からせてくれないか、か。どうせ預かったところで嫌がらせしかしないだろう。今の俺はフィルのペット。その肩書きさえあれば、あの野郎のとこにいっても暴力やら食事抜きやらの扱いは受けないだろう。逆にこっちがやつを煽るとしてはいい環境だ。何したってペットだからで済ませられるのだから。
「今まで僕はスイムのいうことに反対なんてしなかったから、何しても大丈夫みたいな自信があったのかもね。そうさせた僕に原因があるから少し自分の立場ってものを分からせてあげようって。」
「ジュースじゃなくて水にしろよ、せめて。一応今回の主役なんだぞ。」
「毛嫌いしてたように思えたけど庇うんだ。まさか、スイムのところに行ってみたかった?」
「興味なくは、なかったけど。」
「ダメだよ、クロは僕のものなんだから。他の人に懐きすぎるのはダメだからね。」
「はいはい。分かってますよ、ご主人様。」
大人びている。そんな印象を抱いていたけど、子供らしい1面もちゃんとあって少し安心した。