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劇作家・田町レン  作者: リノ バークレー
35/46

9-2(35)

 薄暗い天井をぼんやり見つめる僕にもはや生気はなく、僕と天井の間を

時間がゆっくり通り過ぎる。

 どれほどの時間が経過したのか正確には分からないがおそらく3、4日

ほど過ぎ去っただろう。

 仕事はとりあえず一ヶ月間お休みすることにした。

 以前振り込まれた原作料でなんとか生活自体は維持出来るが、病に振り回

される今の生活を続ける事に果たして何の意味があるのか。

 状況は一向に改善されず僕は今朝もこのまま時間が通り過ぎるのをただ

ひたすら待ち続けている。

 理由は何もしなければ何も起こらない、つまり強迫的症状から逃れる僕

なりのささやかな抵抗だがさすがに一日中というワケにもいかずリビング

にて本日最初の食事を取る事にした。

 食欲がないせいかあまり旨味を感じずただ無言で食しながら食事同様

テレビから流れる会話に何ひとつ反応する事なくお茶をそっとテーブルに

置いた。

……もう何も感じない。

 まるで淀む空気に溶け込んでしまったように僕の存在自体が消えてなく

なりそうだ。

 僕はゆっくり立ち上がり食べ終えた食器を台所へ運ぶとその足で洗面所

へと向かった。

 食事を3食から1食に減らしたせいか鏡に映し出される自身の姿はもはや

別人のようにやせ細り、目の焦点がどことなく虚ろで顔全体が若干ぼやけて

見える。 

 そのまま覗き込むような姿勢でもう一人の自分を見つめると次第に目頭が

熱く、そして涙がとめどなく溢れ出し僕はたまらず俯いた。

 涙の理由は分からない。

 ただ流れる熱い涙はわずかながらも僕のドロドロした心の膿をシンクに流し 

込んでくれている。

 少し楽になった僕は一日の後半を埋めるためパソコン開き、ウェブ検索を

かけるもやはり行き着く先は今日も同じだ。

 それは辛さを緩和する動画サイトではなく大方【死】にまつわるものばかりで

無意識ながら僕は自ら死を選択する事に対しむしろ前向きと捉えているようだ。

 そんな死に関する検索を進める中、各見出しに割り込むように幾度となく

繰り返し現れるうつ病に関するサイトを僕はつい誤って表示させてしまった。


【テレビを見ていても全く楽しめない】〈はい〉〈いいえ〉

【物音や騒音が気になる】      〈はい〉〈いいえ〉

【物事に対し興味が持てない】    〈はい〉〈いいえ〉

【自分には価値がないと思う】    〈はい〉〈いいえ〉

               ・

               ・

               ・

【自殺を考えている】        〈はい〉〈いいえ〉


 あまり意識せず僕は全ての項目にチェックを入れ画面下の【診断】を

クリックしてみた。

 すると一瞬画面が白くなり突如として表示された診断結果に僕は特に

驚きもせず息を一つ吐いた。


【重度のうつ状態です。一日も早く心療内科を受診してください】


 各項目に書かれている症状のほとんどはまさに僕の日常で、おそらく

悪化させてしまった強迫性障害が普段からうつ状態にある僕をさらに深い

沼底に引きずり込んだのだろう。

 だがもし今の状態が単にうつ病によるものだと仮定すると心療内科を

受診することにより改善するかもしれないわけで……。

 僕は微かな希望を感じながらもとりあえず心療内科について片っ端から

検索をかけ一つの決断を下した。


「心療内科、受診してみるか」


 理由は当然今の状況から一刻も早く抜け出したいという僕の切なる思いも

あるがそれだけでなくやはり総監督としての責任を果たす意味でも受診すべき

ではないかと感じたからだ。

 このままの状態が続けば僕自身の命だけでなくナオミや僕が創作した他の

キャストたち、物や建造物全てを道連れにしてしまうだろう。

 そのような悲劇だけは何としてでも回避しなければならない。

 彼らを救済するにはとにかく僕が執筆する他ないのだから。

 そんな使命感に駆られた僕は僅かに残った気力を振り絞り、心療内科受診の

アポイントを取ることにした。


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