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劇作家・田町レン  作者: リノ バークレー
30/46

8-2(30)

〈ジャ――ッ!〉

      〈バシャ!〉〈バシャ!〉……


「田町さんって潔癖症なんですか? そんなにゴシゴシしたら手が荒れちゃい

ますよ」

「潔癖症ってワケじゃないんだけど、お札数えたからさ」と僕はレジ後ろの

シンクで何度も手をこすり合わせた。

「そうそう、さっき店長がね、レジ横の花に『今日も綺麗だね』って

話しかけてるの見ちゃってもうビックリ! 田町さんも前、虫に話かけてたけど

男の人ってホント変よね」

「やっぱり、長澤さんから見ても変だと思う?」

「えぇ、思いっきり変ですよ、二人とも」

         

〈キュッ!〉僕はようやく病的な手洗いから解放されペーパータオルで両手を

拭きながら雑誌コーナーに目を向けた。


「あれ、さっき立ち読みしてたお客さんは? トイレかな?」

「もう帰りましたよ、何も買わずに」

「そうなんだ」と僕は店内にお客さんがいないのを確認すると時間を

持て余しぎみの彼女に少しプライベートな質問をしてみた。

「ところで長澤さん、ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいかな?」

「えっ、何ですか? 急に改まって」 

「実は女心って言うの、そういったのにちょっと疎くってさ~ あえて

聞きたいんだけど長澤さんにとって理想のデートってどんな感じかな~って?」

「理想のデートね~ ってもしかして田町さん、彼女出来たんですか?」

「い、いやそうじゃないんだけど、一応参考がてらに聞いておこうかなって」

と僕は思わず伝票を揃えるフリをした。

「そうね~ やっぱりちょっとお洒落なレストランで食事したり~ あと

出来れば高級ホテルの最上階の部屋で夜景見ながらワインで『カンパ――イ!』

なんってのもイイわね」

「なるほどね。やっぱり高級感が必要ってことか」と僕は腕組みし大きく頷いた。

「まぁね~ でもお金をかければイイってもんじゃないのよ。大切なのは

相手に対する気持ちよ、気持ち。どれだけ私を大切に思ってくれてるかって

ことかな、やっぱり。女の子はそういうトコとっても敏感なのよ」

「なるほどね、勉強になるよ。他にはないの?」

「あとドライブデートもいいわね。海の見える海岸沿いでバーベキューするの。

出来れば着いたらお店の人が食材用意してくれてて後は焼くだけって感じの

サプライズ感があってもいいわね!」

「ドライブデートか……、女の人ってやたらドライブデート好きだよね。

どうしてなの?」

「そりゃ~ 彼氏が自宅まで迎えに来てくれて私は助手席に座るだけ。自ら

運転する必要もないしお腹が空いたら人目を気にせずお菓子食べながら目的地に

に着くのよ。しかも帰りは疲れて眠っちゃってもちゃんと私を自宅まで送り

届けてくれるんだもん、そりゃ~ テンション上がるわよ」と彼女は人差し指を

立て目を大きく見開いた。

「なんか女の人って結構わがままなんだね」と揃えた伝票を引き出しに戻そう

とする僕の手の甲に彼女はそっと一枚の伝票を乗せ軽く息を吐いた。

「田町さんって分かってないのね」

「えっ、どういうこと?」

「女の子はわがままじゃなくってかまってほしいのよ。いつまでも誰かに大切に

されたい、特別な存在でいたいっていう願望がとにかく強いのよ。だからメイク

にヘアー、洋服、アクセ、ネイルにいたるまで時間を掛けるのよ。田町さんには

分かんないと思うけどヒールって脚けっこう疲れるのよ」

「そ、そうなんだ。だから車移動がいいのか~」

「まっ、そういうことね」と彼女はレジ横にある花瓶を手に取り、シンクに水を

捨てながら背中越しに突然思い出したかのように続けた。

「私、貝類が苦手なだけでそれ以外の海鮮は大丈夫だから」

「えっ、」

「だからエビやカニは大歓迎よ!」

「そ、そうなんだ」「あっ、長澤さん、ちょっとレジお願いしていい?」と

僕は小走りでレジカウンターを後にしトイレへと向かった。


〈ガラガラ……〉〈バタン!〉 


 とりあえず長澤さんの勘違いから一次避難した僕は鏡を覗き込み、改めて

彼女の言葉を整理するとあれほど負担に感じていた執筆活動にある心境の変化

を感じ始めた。

 それは今回執筆中の小説はコンテストや書籍化を目的としているワケでは

なくあくまでナオミに対する罪滅ぼし的要素が強く、たとえ物語が途中で破綻、

或いは着地に失敗しようがとりわけ問題ないと気づいたからだ。

 確かに、男女の関係に踏み込めない臆病な僕だが長澤さんが言うようなかつて

体験した事のない未知の世界をナオミと共に体験出来るんだとしたらこの状況

を躊躇せずむしろ大いに楽しむべきだろう。

 ようやく窮屈な執筆活動から解放された僕は帰宅後すぐさまパソコン画面に

向かうと総監督、いや創造者という立場を最大限に利用しながら意気揚々と

キーボードを叩き続けた。


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