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劇作家・田町レン  作者: リノ バークレー
24/46

7-2(24)

「田町さん、聞いてる?」

「えっ、う、うん」

「あっ、言い忘れたんだけどそのワイン田町さんだけだから他のみんなには

ナイショにしてくださいね」

「そうなの? なんか悪いね」「でもさっきワイン貰った時より嬉しさが

倍増したよ」と僕が照れ笑いを浮かべるとタイミングよく先ほど目配せした

店員さんがのれんをめくり料理を手際よくテーブルに並べ始めた。

 彼女の言葉に多少気分を持ち直した僕は芋焼酎のロックをオーダーすると

彼女もグラスを一気に傾け、すかさずレモンサワーを追加した。

 その後も切らすことなく僕たちはハイペースでアルコール類を注文し続け

ほのかに頬をピンク色に染めた彼女はついに映画の話題を切り出した。

 僕は店長の計らいで編集長と出会った経緯など一通り説明はしたものの

僕自身話していてあまり楽しくはなかった。

 そもそも映画化について消極的で全てを丸投げした僕にその詳細は分からず、

原作に至っても編集長の意向が大きく反映し、しかも酷い罪悪感に苛まれた

経緯からそれは当然だった。

 それでも彼女は意外にも目を丸くし僕の言葉一つ一つに敏感かつ感情的

に反応してくれるのが心地よく、お酒の力もあってか僕はひたすら冗舌に

語り続けた。

 ある日突如として何かが僕に舞い降り小説を執筆し始めた経緯から虫や

草花からの不思議な波動の件までも。

 さすがに以前遠回しに断られた僕の処女作を薦めはしなかったが、僕を

決して疑うことなく全てを受け入れ共感してくれる事がこんなにも嬉しく

心揺さぶられるものだとは考えもしなかった。

 共感という言葉は以前編集長がよく口にしていたが、実際に彼は僕の小説

を読んだにもかかわらず全く僕に理解を示さなかったのだからなおさらだ。

 そして今の僕にとって点火プラグのような存在の彼女は更に頬を赤らめ

ながら今度は映画の登場人物について言及し始めた。


「主演のアキラって男の子、田町さんにチョット似てる気がするのよね~」

「僕はあんな爽やかでイケメンじゃないよ」

「そうじゃなくてさ~ 中身よ、中身っ!」 

「そんなの考え過ぎだって」

「そうかな~ まぁ私、田町さんと付き合ったワケじゃないからホントの

ところ分かんないけどさ」と彼女はテーブルに両肘を付き顔を少し傾けた。

「まぁ確かに僕が執筆しているわけで多少の感情移入はあるだろうけどさ」

と若干得意げに鼻の下を掻くと彼女はかなり酔っているのか更に顔を傾け

ナオミについても語り出した。

「ナオミって子、彼女可愛いよね~ 優しくて健気でさ~」

「そうかな~」と直近のナオミを知る僕は実に素っ気なく答えた。

「な~んかさ~ チョット羨ましいよね~ アキラ君に大切にされてさ。

ねぇ、アキラ君。彼女のどんなとこが好きなの?」と彼女は人差し指を僕の

顔に向け、指を何度もクルクル回す素振りを見せた。

「長澤さん、かなり酔ってるみたいだしそろそろ帰ろっか!」


 僕は不満そうな彼女をまるで煽るように立たせるとすぐさまお会計を

済ませ店を出た。

 そして笑顔で彼女を最寄り駅まで送り届けると僕はそのまま自転車を

押しながらまだ冷たい夜風に吹かれ駅とは逆方向のアパートへ向かった。

 普段から通り慣れた道なのに今夜は徒歩のせいかいつもとは若干違って

見えた。

 漆黒のアスファルトの僅かな割れ目から伸びる雑草を僕は踏みつけない

よう気を使いながら歩くその股の間から細長い紙のような物が波打ちながら

一瞬のうちに通り抜けた。

 

(ん? 今のフイユテか?)

 

 既に幾つものファンタジックな体験をしている僕にとってそれはさして

驚くような光景ではなかった。

 それより今後のナオミとの関係、それにまつわる物語の設定、その世界観

などが酔っている僕の頭の中をまるで遊園地のコーヒーカップのように

不規則に回り始めた。

 そして編集長が僕のような一介の素人作品の映画化に尽力してくれたこと

自体未だ不思議でならなかった。

 かなり酒に酔ってる今でさえ僕自身あの恋愛小説は素晴らしかったなんて

1ミリたりとも思えなかったからだ。

 そんなかなりの混乱状態の中、古い木造の匂いに吸い寄せられるかのように

僕はアパートの階段を一気に駆け上がった。

 鉄製の柵を指でリズミカルに叩きながら自宅扉に近づくと扉横の台所の窓

からぼんやりと灯りが滲んで見えた。


(あれ? リビングの電気消し忘れたっけ)


 僕はおもむろにポケットからカギを取り出し、いつものように鍵穴に

差し込むとそのまま左に回した。


〈ガチャン!〉


 ロックが外れるいつもの音に僕は安堵の表情を浮かべた。


(泥棒じゃないな)

        

 僕は扉を開け、そのまま暗く狭い廊下を進みリビングを覗くと腕を組んだ

不機嫌そうなナオミが睨みを利かせながらゆっくり僕に顔を近づけて来た。


「うわっ!! ちょ、ちょっと……」


「こんな時間まで何してたのよ」


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