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劇作家・田町レン  作者: リノ バークレー
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1-2(2)

 あまり衝撃からその直後の記憶が全くなく、気付けば僕は事故車と

共に大勢の人々に囲まれていた。

 ゴムと油が焼け焦げた臭いが立ち込める中、後方に目を向けると

潰れた白い車のボンネットから灰色の煙が立ち込め、運転手らしき

初老の男性が仰向けの状態で応急手当を受けているのが確認出来た。

 その場に尻もちを付いた状態の僕はすかさず両手両足を確認すると

特に目立った傷や痛みなど感じられず、不安ながらもゆっくりと動作確認

する事にした。

 まずは指から両手首、そして腕を廻しながら足首、最後に両ひざを

交互に上げてみた。

 

(えっ! こ、これって無傷?!)


 僕はさらに身体全体を丁寧に確認すると転んだ拍子に付着した汚れ

以外、血痕等負傷した痕がないことにとりあえず安堵の表情を浮かべた。 

 ……こ、これはまさに奇跡と言っていいだろう。


〈ピ――ポ!〉〈ピ――ポ!〉〈ピ――ポ!〉…… ……


 ようやく到着した2台の救急車から次々と隊員が救命器具や担架を

用意しあの男性の元へ向かう様子を見た僕は男性の無事を祈りながら

彼らの後を追った。 

 隊員の呼びかけにハキハキと答える男性に少し安心した僕は手際いい

プロの応急処置に感心しているともう一台の救急車が再びけたたましい

サイレンを響かせ早々立ち去ってしまった。

 どうもこのおじさん以外にも負傷した歩行者がいたようだ。

 その後負傷した男性の左腕と右足首を専用の医療器具で固定し終えた

隊員は男性を慎重に担架に固定し救急車内部へと運び込んだ。


(あの様子だと大丈夫そうだな。良かった……)


 僕は少し安心し、辺りを見渡すと3メートルほど先に無残にもほぼ原型

を留めていない僕の傘が濡れた地面にめり込むように張り付いているのが

見えた。

 するとほどなくカッパを着た警察官が僕の傘に近づき白いチョーク

のような物で傘を囲むと横に散乱するガラス片にも同様の作業を繰り返し

足早に現場を立ち去った。

 そんな様子を呆然と見つめていた僕は突然全身毛穴が開くような感覚

に囚われた。

 それは一歩間違えれば僕もあの傘ように白いチョークで囲まれて

いたかもしれなかったからだ。

 昨今高齢者によるブレーキとアクセルの踏み間違えの事故が増えて

はいるものの現実に事故に巻き込まれ、奇跡的に助かったという事実に

かなりの衝撃を受けた僕はとりあえず少し先に見えるバス停のベンチを

目指した。


「ふぅ~ 今日は映画どころじゃないな」


〈ゴホッ!〉〈ゴホッ!〉  


 衝撃の凄さなのか油とゴムが混ざったような異臭やホコリが少し離れた

このバス停にも充満していた。

 

〈ザ――――ッ〉

 〈パシャ!〉〈パシャ!〉…… …… 


 映画鑑賞はとりあえず断念したが予定通り今日をもって不向きな執筆活動

をきっぱり諦めようと思う。 

 数年前、突如舞い降りた不思議な体験から僕にとって天職、それなりの

使命感を持ちながら数年間駆け抜けては来たが、元々僕のような脆弱な

メンタルでは”物書き”という職業を全う出来ないのかもしれない。

 そもそも作家というのは実に不安定で全く先が見えない職業だ。

 たとえ作品に膨大な時間をかけようが強烈なメッセージを込めようが

必ずしも売れるとは限らない。

 それはつまり無収入、何もやってなかったと同じ事なのだ。 

 しかも昨今、出版不況の時代に商業作家として生活するのは至難の業

と言わざるを得ず、実際ほんの一握りの売れっ子作家以外は兼業するか

知らぬ間にフェードアウト、つまりひっそり引退するしかない。

 僕も他の例に漏れず不向きな趣味、つまり執筆活動を諦めるというのは

ある意味当然の成り行きということなのだろう。

 ではどうして物書きに向いてない僕に小説を書かせたのだろう?

 単なる気まぐれか? それとも他に……。 

 俯く僕は半透明の屋根から響く雨音の変化に気づき頭を上げた。


 あれ? 少し雨風が弱まったな。もう少しの間ココで雨宿りするか。


〈シャ――ッ!〉〈ポッツン!・ポッツン!・ポッツン!〉……


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