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劇作家・田町レン  作者: リノ バークレー
13/46

4-6(13)

〈コン!〉〈コン!〉


『どうぞ~』


 扉を開けると編集長はUSBメモリが刺さったPC画面をスクロールしながら

無言で僕に座るよう手をソファー側に向けた。


「いつまで続けるの?」

「えっ、と、言いますと?」


 以前と明らかに違うトーンでこちらを一切見ることなく問いかける

編集長に僕はただならぬ緊張感を覚えた。 


「だからキミが続けてるナオミって子との恋愛ごっこだよ」

「出来ればもう少し楽しみたいな~ なんて思ってるんですけど。

マズイですか?」

「マズイですかってダメに決まってるだろ! 何やってんの」と編集長

はPC画面を僕の方に向け呆れた表情を浮かべた。

「た、単調ですかね、やっぱり」と焦り出した僕に編集長はペン先を

僕の胸に向けた。

「キミ、覚えてる? 以前僕がアドバイスした事?」

「えっ、あっ、共感性ですか?」

「そうだよ、共感性。誰がこんな恋愛パッピー物語望むんだよ」

「でもこの前までは妙にリアリティーがあってイイよねって編集長に

褒めて頂いたんで、つい」とおもむろにPC画面を覗き込むと編集長は

ペン先で画面を数回突っつくような仕草を見せた。

「もう物語の中盤だよ、中盤。何で2人に何も起こらないの?」

「いや、たまにケンカとかあるじゃないですか」

「ケンカ程度じゃダメなんだよ。キミ、分かってないね~」


 編集長は右手に持ったペンで側頭部をかきながらため息混じりに

反対の手でちょうど僕の真後ろに貼られた1枚のポスターを指差した。


「あの映画、知ってる?」

「はい。地上波で何度か観ました」

「あの映画の原作はウチが権利握っててね。結構稼いでくれたよ。恋人

との最後の死別シーンが感動的だって結構話題になったりしてね」

「僕も最後グッとこみ上げるものがありました」

「そうだろ。じゃ~ 当然理解できたよね」

「えっ?」

「だから共感性だよ、共感性。大衆がもっとも望んでるものだよ」

「死、ですか?」

「そうだよ。やっと分かったみたいだね」

「でもナオミを死なせるワケには」と少々困惑した表情を浮かべると

編集長はまじまじと僕の顔を覗き込み心配そうに囁いた。

「キミ、大丈夫か? まさか本気で彼女の心配してるの?」

「い、いや、そんなワケないじゃないですか~ 空想の女性ですよ! 

まさか~ そんな、ははっ! 止めて下さいよ~ も~」と僕は

必死に平静を装ってはいたが実のところ図星だった。

「だよね。じゃ~ 不治の病で余命1年って感じでよろしく」

「いや、あの~ 編集長」

「何だよ、なんか問題でも?」

「そのパターンって最近小説や映画にやたら多いような気がするんで

すけど」

「そうだよ。それが読者や視聴者が望んでる事なんだから多いのは

当然だよ。よく映画の予告編で主人公の男性が恋人の死を前にやたら

叫んでるシーン何度も見たことあるだろ。あんな感じでいいんだよ」と

編集長はPCからメモリを抜き取り僕に差し出した。

「はい、コレに続き入れといて」

「ホントにいいんですか?」

「キミ、しつこいね。こっちはプロだよ。まぁキミがいずれ青川一郎

みたいなビッグネームにでもなればいくらでも好きな小説書かせてあげるよ。

それにはまず売れないとね!」と編集長はゆっくりPCを閉じた。


 編集社を後にした僕は何日もの間真剣に悩み続けた。

 僕にとってプロでもある編集長と共に作り上げている今回の小説は

やり方によってはかなりの可能性を秘めている事ぐらいさすがに鈍い

僕でもなんとなく理解出来る。

 上手くいけば小説家としてデビューもあるかもしれない。 

 

 僕は編集長から突き付けられた悪魔の契約書の前になんら抵抗すること

なくあくまで売る為の商品として執筆活動を続けてしまった。


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