第二十二話 真偽の境
「ゴブリンの丘が壊滅?何故そんな事に……」
アルパザで調査を開始し、長らく住んでいたエルフ族の弓兵、ハンターは森王への定時報告で件の虐殺を聞かされた。
『ゴブリンキングの報告から、首謀者はラルフだと判明している。ゴブリンの監督官がグルになって丘を襲ったとの事だ』
ラルフといえばこの町の聞き込みの際、何度も耳にした”アルパザの疫病神”と言われているグレースも興味津々のヒューマンだ。
『彼奴等が何故そんな奇行に走ったのか定かではないが、もうしばらく動かぬ方が身の為だ。君には悪いが、今はそこにいてほしい』
万が一帰宅の道中で出会せば、襲撃され、殺されるかもしれない。それなら無理に帰す事はない。安全になった時、何食わぬ顔で戻れば良い。
「分かりました。お気遣い感謝いたします」
ハンターは頭をペコリと下げて感謝の意を示す。
『そういえば、彼女は元気かね?』
「ええ、グレースは昼夜問わず、調査をしてます。こちらの方が体力が持たないくらいですよ……」
その疲れた様子を見て、ははっと笑い飛ばす。
『彼女も聞いていた以上に優秀な人材だな。里に戻った暁には一度、私の元に来なさい。特別報酬を用意しよう』
「そのお言葉だけで報われます。グレースにも伝えておきますね」
『はっはっ!頼んだぞ』
和気藹々とした報告が終わり、グレースの部屋に直行する。グレースは安宿に一部屋借りて、そこで寝泊まりしている。ハンターはヒューマンの駐屯所で弓を教え、食事と部屋を無料で借りていた。グレースも出来れば連れてきたかったが、イルレアンの兵士に女性隊員はおらず、帰って安心出来ないという理由から部屋を借りた。
コンコンッ
扉をノックし、グレースを呼ぶ。すぐに「どうぞー」の返事が帰ってきたので中に入る。そこには自分が書いた調査報告書と睨めっこするグレースの姿があった。ハンターはグレースに質問する。
「なにか分かったかい?」
「……絶滅したはずの吸血鬼の存在……鏖の規格外の能力……ウチらが到着する前に起こった数々の殺戮に関して、騎士たちの護衛程度では到底守りきれない。ということだけね」
ここに留まると決めた日から進展していない。いや、推測の域を出ていなかった物を調査により真実だと補強した事が進展だと言えるだろう。ハンターは先程の報告で聞いたラルフを思う。
「……調査すればするほど、ただのヒューマンよ。彼は何故この強大な存在に守られているのか……」
ラルフの資料を幾枚か取って少し眺める。お手上げのポーズをした後、机に投げる。
「理解不能だわ……」
鏖は吸血鬼を絶滅に追い込んでいる。その時に部下に加え入れた可能性があるし、ここの繋がりは歴史から見ても色濃いと言える。しかし、ラルフと鏖はなんの脈略もない。人類とは完全な敵対関係にあるはずの魔族が、アルパザの底の店主に、または、彼と相対した兵士たちから”文無しのクズ”と称されるラルフとどんな関わりがあるというのか……。
「トレジャーハンター……これってどういう意味?盗賊と何が違うの?」
「さあね。聞いた話だと、無茶苦茶こだわりがあるみたいだね。テンションがヤバイから誰も触れないそうだよ?」
「ふーん」と気のない返事を出して一枚の資料に手を伸ばす。ドラキュラ城がメインの噂話。
「ねぇ、やっぱりドラキュラ城に行ってみない?」
「でも規制されてるよ?」
グレースは椅子から立ち上がり、資料をまとめて鞄に詰める。
「規制であって禁止じゃないわ」
肩から鞄を下げて扉の前に行く。扉の前で立ち、髪を揺らして振り返る。
「ほら、行くわよ」
ハンターはグレースの行動力に止めるのは無駄と判断し肩を竦める。
「今からかい?もう暗くなるよ。明日の朝行こう」
「あら?もうそんな時間?じゃあご飯にしましょ。今日はなにかしら」
一度戻って鞄を椅子に掛ける。グレースは扉を開けてハンターに手招きする。やれやれといった顔をするハンター。内心すごく嬉しいが、それを悟られると少し恥ずかしい。最近はずっとグレースの側にいる。
なまじ才能に溢れていたせいで幼馴染みと遊ぶ事も出来ず、ひたすらに訓練していた。もっと多くの時間彼女と過ごしたかったのに、外回りや王室勤務の仕事で会う事すらなかった。ここに来てようやく願いが叶った。それもこれも鍛練を続けていたから出来た事だ。ある程度の力がなければこの遠征に出られなかっただろうし、グレースの科学の才能に少しでも追いつけたからこそ一緒にいられるのだ。
エルフェニアに帰ることが出来たら彼女に結婚を申し込もう。食堂で向かい合わせに座る幸せを噛み締め、ハンターは豆スープを啜る。
「そういえば王様と話したんでしょ?アルパザは田舎すぎて報せが届かなくて外の情報が分からないのよねー」
とグレースが会話を振る。ハンターは自分の世界から引き戻される。一瞬反応が遅れるが、咳払いをしてテンポを戻す。と同時にハンターは周りを見渡した。聞き耳を立てるヒューマンがいない事を確認するとコソコソと話し始める。
「森王との会話は食事の場で話題にするような事じゃないよ。聞きたいんなら話すけど、後で話す」
「お堅いなぁ……」と言ってグレースはスープを喉に流し込む。テーブルマナーがなってないが、その行動は食事より情報が大事と物語っている。ハンターもグレースに倣って皿を傾ける。彼女にだけマナーを破らせるのは紳士としてあるまじきと判断したからだ。
森王からの特別報酬の話もある。グレースに伝えたいことはあるものの、果たしてゴブリンの情報を共有すべきか思案のしどころだ。今回のアルパザ虐殺騒動の魔王の行動。アルパザ崩壊の危機を守ったかもしれないというある種、英雄的見方をしている為だ。普通一般の意見からこれは完全に危険思想に当たる。人類が魔族を目の敵にしているのは、共存出来ないと歴史が証明しているからだ。ゴブリンの丘の破壊は歴史的観点から当然と言えるが、グレースはこれに納得するだろうか?
ハンターにとってもアルパザ騒動に納得いってない事は多々あるものの「恋は盲目」という程、周りが見れないわけではない。きっと自分には彼女のブレーキ役という任が課されているのだろう。グレースの両親を思い虚空を見る。
(僕が彼女を守るんだ……)
*
夜の闇に紛れ、颯爽と駆ける一つの影。木々や草木をかき分けて、急ぎ獲物を追跡する。その姿はこの辺りでは見かけることの無い魔獣人と呼ばれる種族だ。その中でも地上の狩りに適した体はシャープで切れ長という印象。人狼のジュリアはラルフ達の臭いを追い、着かず離れずの距離を意識し、さらに吸血鬼の索敵に引っかからない距離を保っていた。
彼女に与えられた使命は監視。戦闘は極力避け、やむ負えず接敵する場合は逃走を選択する。監視内容は”銀爪”を飛び越し、イミーナ公に直接報告する事を義務付けられている。兄のジャックスは国に帰り療養中。吸血鬼に蹴られた傷は深刻で、死ななかったのが奇跡であると後続部隊から聞かされた。折れた牙をお守り代わりに首から下げ、任務を続行している。
急勾配の山の上にある小屋が現在の奴らの居場所であり、そこでまた大規模戦闘が起こっている。ゴブリンたちが逃げ惑う姿を遠くから観察していたので、その戦闘のありように単なる虐殺であるとまたも認識させられた。目の前で動く今日のご飯を見ていると、ゴブリン達を思い出す。これが魔王達の観ている風景なのだろう。
それを難なく捕らえると、首をへし折り、頸動脈に爪を立て血抜きを開始する。この数十分で六匹。
(取リスギタカナ…)
と思いつつ小屋の見える定位置の木に登る。高い所は好きじゃないが、隠れられる場所がないし四の五の言っていられない。獲ったご飯の毛をぶちぶち抜き始め、小屋を見る。
(ラルフト鏖ト吸血鬼、ソレニ加エ一匹ノゴブリントヒューマン。得体ノ知レナイ臭イガ一ツ……マタ仲間ガ増エタトイウノ?)
ジュリアはピンク色になった生ものを口に運ぶ。イミーナ公に報告するべきか迷う。
(時期尚早……ネ)
実際に仲間であるかどうか分からない以上、下手に報告して「違いました」では報告の意味がない。信じてもらえなくなる。精度を高めるにはそれなりの証拠が必要になるのだ。しかし、一匹のゴブリンは別にしても、残りの二人はただ者ではない。遠目から見ていたのでハッキリと見たわけではないが、吸血鬼に負けず劣らずゴブリンを蹴散らしていた。
今も存命である事を思えば、少なくとも自分より強いだろう事は明白。これを一つのチームとして仮定するなら、軍隊を率いても、正直戦いたくない。稲妻と竜巻を単体で壊滅するだけの戦力を持つものがいる以上、カサブリア王国では相手にならない。というより、他の国でも相手になるのかどうか……。
ふと、丘の事を思い出す。あれは誰の仕業だったのか。ゴブリンと家屋の焼ける臭いのせいで、特定出来なかった。ラルフ一行の様子を傍から見ていたので、彼等ではない。だが、鏖以外にあの所業が出来るだろうか?
いや、あの杜撰な破壊は彼の魔王の所業ではない。彼女の放った魔法なら家屋など残らない。「丘がクレーターになりました」なんて事だってあり得る話だ。と、そこまで考えた所で頭を振る。分からない事を考えても答えは出ない。証拠もなければ憶測すら無意味。
(今日ハ、モウ動カナイダロウ)
大規模戦闘があったし、疲れて回復を図るはずだ。となれば動くのは明日の朝。ジュリアはご飯を食べつつぼんやり兄を思う。回復すればまた任務は可能だろうが、潰れた目玉は元には戻らない。折れた牙は元に戻らない。
(吸血鬼メ……!)
心の底から憎悪が湧く。現在、手を出してはいけないし、単体では勝てない。兄と戦ってやっと拮抗できるレベルの違い。それでも抑えられない屈辱の怒り。ジュリアはせめて体力作りの為、ストレス解消の為、今日獲った獲物を全て食す。いつかの勝負に向けて。