第二十一話 不出来
その部屋は空の酒瓶が床一杯に転がり、ベッドの上に四人の女がひしめき合う。その中心に逆髪の優男がサングラスをゴーグルの様にかけて眠っていた。もう昼近くだというのに薄暗く、カーテンを締め切っている。そうした寝やすい環境の上、体力を使い果たした女達も抗う事なく静かに寝息を立てていた。
ドンッドンッ
扉が乱暴に叩かれ、折角気持ちよく寝ていたのに優男は不機嫌に目を覚ました。両手に侍らせたサキュバスを退かせて起き上がると自慢の逆髪を撫で上げる。
「……なんだ?」
寝起き特有のしゃがれた声で受け答える。
「モウ昼ダ。イツマデ寝テイル」
その声は男のよく知る声。王である男に対して無礼極まりない態度だが、友である彼にはその態度を敢えて許可している。
「あー……もうそんな時間か?」
近くで寝ていたサキュバスの顔をペチペチ叩く。それに気付いたサキュバスは目を覚まし、裸体を晒しながらも急いで起き上がる。彼女が他の娼婦たちを急いで起こすと服を着始める。
「……入れ」
まだ着替え終わっていないというのに男は外の友を招き入れる。
入ってきたのは牛頭の人間。魔人ミノタウロスの純粋な血統であり、この国でもあまり存在しない希少種である。頭が牛、上半身が人で、下半身が牛。二足歩行の化け物然とした姿は見るものを震え上がらせる。熱い胸板、盛り上がった筋肉、黒い毛並み、そして雄々しい角、どれをとっても強そうだ。
彼はカサブリア王国の騎士、オルド。元は単なる傭兵かぶれだったが、前”銀爪”が彼を大層気に入り、騎士爵を与え、王の剣として供回りを任命するほど能力ある家臣である。現在の銀爪とは師弟関係にあり、王になった後もオルドにだけは敬語の類を禁止にした。
「……酒ニ女ニ怠惰ナ生活……イイ身分ダナ」
ヅカヅカと窓際に歩いてカーテンを勢い良く開ける。陽光が差し込み目が眩む。サングラスをかける男には関係ないが。
「そりゃそうだ。俺は魔王だからな……」
くくっと笑って気持ち良さげに伸びをする。首を左右に傾け、ゴキゴキ鳴らしながら体を慣らす。徐々にほぐれていく体に気持ち良さを感じながらオルドを見据える。
「……んで?なんか用か?俺の眠りを妨げたんだ、それなりの用事だよな?」
「女共。早ク出テイケ」
オルドはサキュバスの面々を睨みつける。その顔に恐怖を感じながら頭を下げて退出する為、動き出した時、銀爪が手を掴んでそれを止めた。
「何言ってんだよ。こいつらはもう家臣だ。俺直属のメイド。だよなー!」
銀爪は手を掴んだサキュバスを引き寄せ、腰に手を回す。サキュバスは返答せずに、銀爪の引き締まった胸筋に寄りかかり抵抗しない。
「な?家臣の前で言えない事か?」
「……オ前ガソレデイイナラ別ニ構ワン。聞キタイコトガ二ツ、三ツアッテナ……」
オルドは腕を組んで外に顔を向ける。
「……ビルデ伯爵ヲ、殺シタソウダナ」
それを聞いた銀爪は、腰に回した手を離す。
「……外に出てろ……早く!!」
サキュバスは驚いて飛び退き、全員部屋から出て行く。出て行ったのを見計らって、足元に転がっていた空瓶を蹴り飛ばす。バリンッという音が鳴り、破片が飛び散る。
「あのクソ鳥が俺に楯突いたのが悪いんだよ……。稲妻と竜巻くらいでピーピーピーピーと、俺さえいりゃ何とでもなんだからよ……」
「精鋭部隊、稲妻ノ隊長ハ彼ノ甥ダ。確カ、数年前ニハ息子モ入ッタト、大ハシャギシテイタノヲ思イ出ス。実ニ親族思イノ善キ伯爵ダッタ……」
オルドはその時の様子を思い出し、感慨に浸る。
「ソレヲ、オ前ハ事モアロウニ癇癪デ殺シタト?呆レカエルナ……国ハ民ガイナケレバ国デハナイ。部下ヲ粗末ニスレバ国ガ破綻スル。父ノ言葉ヲ忘レタカ?」
銀爪は黙ってオルドの言葉を聞く。
「……オ前ハ稲妻ト竜巻ヲ、”クライ”ト吐イタガ、アレラハ王国ノ最強部隊。名前トハ、ソレ即チ”力”。父王ノ二ツ名ガ、オ前ニ襲名サレタノモ、ソレガ主ナ理由ダ。ソノ名ヲ穢スノカ?」
「あーあー!はいはい!そういう事ね!うんうん!分かった分かりましたよ!俺が悪うございました!これでいいか?話は終わりかよ!」
途轍もなく幼稚な反応である。それはそうだろう。自身でさえあの部隊が負ける等考えてもみなかった。鏖は物量では殺せない。どころか一体一体が質の高い上位種の魔鳥人が、あれだけの数集まって勝てなかった。稲妻の隊長が恥知らずにも生きて帰り、報告を上げた時、戦慄したのと同時にシザー隊長に対し苛立ちを覚えた。隊長としての任を解き、後続育成の為と理由付け閑職に回した。銀爪は殺す事も考えたが、家臣の猛反対を受け、とりあえず稲妻は名前だけ残り、一命はとりとめる。
竜巻は全滅。ただの一体もエアリゲーターさえ戻ってこなかったので”牙狼”の一員であるジュリアを調査に出し、全滅の裏がとれた。ビルデ伯爵の反発を受けたのは、この時期だった。ただでさえ苛立ちが募り、吐き出せなかった銀爪は伯爵を惨殺。腰ぎんちゃくの男爵達もついでに領地没収という八つ当たりに合い、力と権力に物を言わせて家臣連中を黙らせた。そこでやって来たのが静観を決め込んでいたオルドというわけだ。
「あんたも大変だよな。俺と老人共との板挟みだ」
くくっと笑って、ベッドから立ち上がる。クローゼットを空けて服を取り出す。
「竜巻ノ全滅ハ既ニ他国ニ知レ渡ッテイル。ヒューマンガ、マタ攻メテクル日モ近イ……。何ヲ考エテ部隊ヲ貸シ出シタ?」
「女」と言いたかったが、流石にまずい事は銀爪の足りない頭でもわかる。
「コネクションの構築と、示威行為……だな」
これはイミーナが通信の際、言っていた事だ。今回の件はカサブリアとグラジャラクの国交を結ぶ事。元から二国が国交を結ぶのは特に問題なく、今後の事も踏まえて二人三脚で歩いて行く事を約束した。その上で、鏖討伐の栄誉をカサブリア王国の勢力が賜る事になれば、他国に責められる事は、完全には無くならないが、今まで以上に短絡的な侵攻は無くなる。民の為にもなるし、その威光を持てば国の繁栄にもつながる。銀爪にとっては単なる副産物ではあったが、国にメリットがあるなら、それも享受するのが王の方針であり、知恵者の在り方だ。
「似合ワンナ。オ前ノ考エデハ無カロウ、誰ノ入レ知恵カ?」
オルドは弟子が操られている様な危機感を感じる。
「俺は王だぞ?民の事を考えるのは当然だろう?」
すっかり着替え終わった銀爪が指輪を嵌める。その時、リザード兵が鎧をガチャガチャ鳴らして走ってやって来た。
「銀爪様!ヲルト大陸ヨリ使者ガ参リマシタ!現在、応接間ニテ、オ待チイタダイテオリマス!」
「そうか!ははっ、タイミングバッチリだな!オルド、よくやった!」
オルドは一応、銀爪に頭を下げる。
「んじゃ今から行くから、大臣を呼べ」
「ハ!畏マリマシタ!!」
リザード兵は頭を下げて大臣の元へと走り去る。
「それじゃオルド。この辺で……あ。そうそう」
ピタッと止まって、オルドを見る。
「……ナンダ?」
「ヲルトとオルドって似てね?」
銀爪はケラケラ笑いながら部屋を出て行った。オルドはこの国の行く末が気になった。
(アイツニ、国ノ運営ハ荷ガ重イ……)
ため息を吐き、外に目を向けた。




