第二十話 増員
ラルフ達が小屋に戻ると、ブレイドは物置から何やら大きな紙を取り出した。
「これは……地図?」
そこに描かれてあるのはラルフの持つ地図を細分化したような、明らかに精度の高い地図だ。ラルフはこの地図を見てゴクリと唾を飲む。ラルフの持つ地図はヒューマンの町にある最高の地図である。二ヶ月分の生活費を使って購入したが、これなら一年分の生活費が飛ぶ。それに気付いたベルフィアがラルフを見る。
「そちノ地図ヨり精密な地図じゃノぅ」
「ああ……すげぇ……こんなに細分化された地図は見た事がない……。どこで売ってるんだ?」
ブレイドはラルフの問いに半笑いで答える。
「いや、売り物じゃない。これは親父が制作したこの辺りの地図さ。多分、暇つぶしだろう」
ラルフを馬鹿にした笑いではなく、親父に対して「意味あったのかよ……」と嘲笑する笑いだ。
「すっげ……どんだけ根気強い人だったんだ?英雄ってのは嘘じゃねぇな……」
「私なら途中で破り捨てそうな細かさね」
ミーシャも感心している。
「フンッここまで細かくなくても問題などない。そうじゃろ?ラルフノ持つ地図くらいで十分じゃ」
「そう、ベルフィアさんの言う通りだ。ここまで細かくなくたっていい。しかし、これを見せたかったのはここのところだ」
ここから西に少し行ったところで、炭鉱があるように描かれている。ラルフは自分の地図を取り出し、見劣りする事に劣等感を覚えつつ、ブレイドが指した場所を確認した。
「……炭鉱がない」
「ここは、常人で踏破するのは難しい場所なんだ。親父はラルフさんも知っての通り、強かったから問題なく散策が出来たようで、寂れた炭鉱を見つけたってわけだ。中も一応、見に行ってて出口まで直通である事が描いてる」
正に幸運。ここを通れればものすごい近道だ。ここがなければ山脈を越えるか、避けて平野を大周りするかのどちらかしかなかった。どの道危険である事は確かだが、命を狙われ追われている関係上、目的地までの道は出来るだけ近いに越した事はない。
「ありがとう。感謝するわ」
「ああ、そうだ……君らのおかげで早く目的地に着けるよ……本当にありがとう」
ブレイドに握手を求める。その手を眺めると、意を決したようにラルフを、ミーシャとベルフィアを見る。
「折り入って頼みがあるんだ……良ければ……俺達も連れて行って欲しい」
ブレイドは必死の目を見せる。アルルはその様子をベッドから眺めていた。
「な……まぁ確かに、もう安全とは言えないよな……ここはゴブリンに攻撃されたし、ミーシャとベルフィアがいなきゃここも無傷ってわけには行かなかったしな……」
そして、聞いた話ではブレイドは半人半魔。見た目には分からないが、ハーフにはなにかしら力を秘めている事がある。それが感情の発露によるものなのか、力んだだけで魔族の部分が出る様であれば、人里で日常生活は難しい。もしドアノブをひねっただけで扉を破壊してしまうなら一発でバレる。
小屋では大丈夫そうだからそんな面倒な類では無いのだろうが、毎日緊張して生きる事が果たして出来るだろうか?出来ないから今までここで生きてきたのだ。なら、ここを奪われることは二つの意味で行き場を失うと言う事だ。
「アルルはどうだ?ブレイドは分かるが、お前は人里でも生きて行けるだろう?ここを離れるのは異論無いが、俺たちと来るとまた、えらい目にあうぞ?」
「ラルフさんは私とブレイドを別れさせたいの?」
その言葉には棘がある。
「い、いや……そうじゃなくてな?」
「私はブレイドの行く所に一緒に行く。私はブレイドと生きていくの」
その目はその若さに似合わない覚悟があった。十台だった若いころを思い出し、懐かしさが心を染める。(俺にもこんながむしゃらな時期があった)と。
「その覚悟……認める。俺は賛成だ」
ラルフはブレイド達を連れて行こうと言う。
「ここ以外に行き場所がないなら、一緒に行きましょう。ぺルタルクは美しい所よ」
ミーシャもこれには賛成だ。単なる物見遊山なら断っていたかもしれない。しかし、自分たちの境遇並に切実な状況は逆に断る事が難しい。
「ミーシャ様が仰ルなら、意義など存在しません。妾も実力は買っとル。ともに来ルがヨい」
ベルフィアは既に賛成しているとこがあったので全く関係ないが、ミーシャが賛成するなら、自分の意志など存在しない。血の色をミーシャが青と言えば、今後その色はベルフィアにとって青なのだ。
「ありがとう。俺達がここに案内します。これからよろしくお願いします」
ラルフの出した手を両手で握り、そのままお辞儀する。
「そういえばウィーはどうするの?」
ミーシャがふわっと思い出す。小屋内にいる全員が「あっ」という顔だ。そこで、ウィーの姿が小屋の中にない事に気付き外に出る。ウィーは柵内の前で外を眺めていた。その視線の先を確認しに行くと、未だ埋め切れていなかった死体にシャープエッジの他、多くの魔獣たちがその肉を食らっていた。ウィーは涙も枯れた顔でその様子を見ていた。一応、気持ちだけ考えて墓を作っていたが、山になればこうして自然が片付ける。
ラルフはウィーに並んで立つ。しゃがんで目線を合わせ、肩を並べて魔獣達の様子をともに見た。
「ごめんな、ウィー……俺はお前の仲間達との戦闘を避けられなかった。こうなっちまったのは全部俺のせいだ……本当にすまない」
ラルフはウィーに謝罪する。だが、ウィーは全てを見ていた。同胞達は助けてくれた人達に対し武器を向けた。助かったはずのザガリガを殺し、自分にも矢を放った。幸運にも怪我すらしなかったが、彼等がいなかったら死んでいたのは自分だった。ウィーには「丘の同胞が同士討ちしたのでは?」とまで思えるほど、ゴブリン達は最悪だった。
優しかった肉親を思い出す。丘に初めて行った時、自分が迫害されているのを幼少の時から既に気付いていた。しかし両親から「いつかは受け入れられる」と言われ続け、それを信仰のように信じていた。
良い事をすれば受け入れられる。
良い武器が出来れば受け入れられる。
通い続ければ受け入れられる。
いつかは丘で住める。仲間とワイワイ言いながら、楽しく生きて行けるのだと本気で思っていた。
結局、丘は滅びた。
結局、受け入れられなかった。
結局、迫害された。
あまつさえ殺されかけた。もう未練はなかった。
「……俺たちと一緒に来るか?」
ウィーはその言葉を待っていた。同胞からは永遠に聞く事は出来ないだろう。
「ウィー!」
ウィーは声を張り上げ、元気よく頷いてその気持ちを表した。両親の言葉は嘘ではなかった事が証明された。思ったのとは違っていたが、ウィーは受け入れられた。
この日、ラルフ一行は六人に増えた。