第十九話 後悔
「……何でこんなことになるんだ……」
ゴブリンの死骸を見ながら後悔するラルフ。自分が殺した者達も含め、沢山の死体が辺り一面に広がる。その中にはゴブリン達の錦の御旗として振りかざされたザガリガの死骸があった。
「あぁ~……楽しかっタノぅ!ここに寄って正解じゃっタわ!」
ベルフィアはお腹いっぱい血を啜った今の状況に大満足して、未だ臓物を蹴散らしながらラルフの元に来る。
「そちノわがままもタまには聞いてやろうかノぅ、いや、ここに導かれタノはミーシャ様ノおかげか……なら、ミーシャ様に感謝すルノが筋じゃな!」
カカッと笑って勝手に納得している。
「………」
今は相手をするのも面倒なので放っておく。
「なんじゃ張り合いノない……それヨり、あノ二人とミーシャ様はまだ来ぬノか?」
辺りをキョロキョロ見渡してると、
「やはりこっちの方が多かったか」
という声が頭上から聞こえてくる。見上げるとミーシャが飛んできていた。
「これはミーシャ様。お待ちしておりましタ」
すっと跪き、ミーシャの前に頭を垂れる。自分が戦った場所より無惨で凄惨な光景だが、ゴブリンの事などどうでもいいミーシャはいたって冷静に降り立つ。しかし、うなだれるラルフを見た時、今しがたの凛々しい顔が消え、一転して焦った顔になる。
「どうしたラルフ!まさか怪我を?!」
駆け寄って体を見るがかすり傷である。ホッとして手を離すとラルフがミーシャの手を掴んだ。その動きに一瞬ベルフィアがピクリと反応したが、ラルフに対し、少々過敏ではないかと自分を戒めて待機を選択した。
「ラルフ?」
「助けたかっただけなんだ……俺はただ、お礼がしたくて……」
首を突っ込んだが為にザガリガは死んだのだ。恩に報いろようと頑張った事が全くの裏目。最近、自分が選択した事で失敗が多々あった。これもその一つだと思えば胸が苦しい。ミーシャはラルフを抱き寄せる。見た目はラルフの方が年上だが、実年齢はラルフの倍以上。母のように暖かい心はラルフを包む。
ラルフはそれに身を委ね、しくしく泣いた。ミーシャのまるで聖母のようなその姿に見惚れ、ベルフィアはあまりの尊さに口を閉じる。
「これは……一体なんだ?」
凄惨な光景の中で、魔族と抱き合うヒューマン。それを端から見守る魔族。第三者の視点から、何をしているのか疑問だった。アルルはブレイドの肩に手をおいて首を振る。
「そっとしておきましょう。今話しかけたら迷惑になるよ、きっと」
と、小屋に向かって登り始めた。
(単に関わりたくないだけだろ)
と思いつつも、ブレイド本人も話しかける事は出来なかった。
*
ラルフがひとしきり泣いて気が落ち着いた頃、気恥ずかしくなってミーシャから距離を取ろうと離れる。だが、ミーシャ的にはもっと甘えてほしいので後ろをついて回る。まるで懐いた動物の様にくっ付いて離れない。その様子に内心イライラしながらもベルフィアは気を落ち着ける為、ブレイドに話しかけた。
「こノ襲撃に関して、そちはどう見ル?」
「どうって……ザガリガしかここを知らない。首謀者をザガリガにして俺たちを狙ったのは早期解決を図ったと見るのが妥当だろう」
ゴブリンの死体を埋めながら自分の見解を出す。その若さに見会わない考え方にベルフィアは感心する。
「達観しとルノぅ……こんな辺鄙な山奥なら、そうなルノか?アルルは頭が……なんじゃ……アレじゃしな。しョうがないノかもな」
ザクッとシャベルを地面に突き立てる。
「口には気を付けてくれ。アルルはそんなんじゃない」
ブレイドの怒りを見たベルフィアはニヤリと笑う。
「ふふふっ……やはりまだ若いノぅ。しかし、気に入っタ。その気概、実力、そして洞察力。……ラルフよりは使えル」
「聞こえてるぞー」
ラルフはミーシャを引き連れ、ベルフィア達の元へとやって来た。
「俺もブレイドの意見に同意する。襲撃したヒューマンが誰か分からないから、俺たちをダシにしたんだ」
「ゴブリンなんぞ滅ぼしてしまえばいい」
ベルフィアは物騒な事を言ってゴブリンの殲滅を考える。
「殲滅には賛成よ。でもそれこそ寄り道でしょ?あいつらを殺すなんていつでも出来るわ」
ベルフィアの手を取り、鋭い爪を指の腹で触れる。本来なら皮膚が破れるが、ミーシャの皮膚は強靭だ。プニプニしている指に爪が触れ、ベルフィアは感激から体が震える。
「そうでしょ?」
「はっ!そノ通りでございます!」
ちょっとばかり上ずった声が出る。ブレイドもラルフもその様子にちょっと引くが「もし憧れの支配者に触れられれば、誰でもこうなるかも」と理解を示す。
「これからの予定だが、俺たちは最初の計画通り、ペルタルク丘陵を目指す。これからは補給と休憩は野営で補おう」
当初の予定に合った第一休憩所が潰された。早急な対応として挙げられるのは、今後、村や町などの住居がある場所は中立国であろうと侵入しない。無駄な争いを避ける為と言う事と敵がこれ以上増えるのを止める必要がある。
「ぺルタルク丘陵は魔族の領土だろ?未だ”蒼玉”が支配していたはず」
ブレイドは山奥で引っ込んでいたのにいやに情報通だ。
「ミーシャのコネでな。安全地帯がない俺達には頼るべき場所ってとこかな」
「コネって……ラルフさんはヒューマンだろ?入った途端に殺されるぞ」
この反応は当然の事だし言っている事も間違っていない。
「まぁ、ミーシャなら何とかなる」
絶大な信頼である。命を懸けて向かった先に本当に安全があると知っているかのように。
「……来てくれ、見せたい物がある」
ブレイドは小屋に向かって歩き出した。ラルフ一行は顔を見合わせ、それぞれ確認を取ると、後をついていくように小屋に向かって歩き出した。




