第九話 到着
小ゴブリンの家から出て二日、立派な宮殿が眼前に聳え立つ。ラルフ達はこれといった魔獣たちの急襲もなくゴブリンキングがいるこの宮殿にやって来た。ゴブリン達だけなら半分は犠牲になっていたかもしれないが、ミーシャとベルフィアのいるこのパーティーを襲おうと思うバカな魔獣はリクスターか、ワーム系の虫類くらいだろう。運良く出会さなかった為、遅滞なく進めた。魔王さまさまである。
「ふむ。ゴブリンノくせに、良き建物に住んでおルノぅ……少々、侮っておっタワ」
ベルフィアはゴブリン族の王と一市民達とを比べて、その文明の違いに驚きを隠せない。丘の連中の家が竪穴式住居だった事を鑑みればその差は歴然である。
「相手は王様だ。分かってると思うけど失礼の無い様にしてくれよ、ベルフィア」
「そちは妾をなんじゃと思うておル?建前くらい普通に使えルワ」
ベルフィアはラルフを鼻で笑う。
「あとミーシャ。喧嘩しに来た訳じゃないから、無駄に威圧したり、怖がらせたりは無しな?」
「ふむ……了解したわ。私も魔王よ!出来ない事なんてほとんど無いわ!」
チームが一丸となったところで、小ゴブリンがラルフの裾を引っ張る。早く行こうと催促してきた。ラルフもこのあとの展開を想像しながらゴクリと生唾を飲む。緊張しているのだ。気難しかったり、曲解するような奴なら、それこそミーシャが壊滅させるかもしれない。そうなればゴブリン印の武器がこの世から消えてしまうこともある。
ドキドキしながら草を掻き分け門まで辿り着く。壁を挟んで宮殿がある為、まだここは敷地内ではない。壁の門前には門番が二人立っていた。ゴブリンを連れ立ってやってきたラルフ達を当然の事ながら警戒している。
「よし、ゴブリン達。彼らに事情を話して来てくれないか?そうじゃなきゃ俺たちはどうしようも出来ないからな」
ラルフはゴブリン達に対話を任せる。ゴブリンは特権階級しか話せないのだから、この門番たちも話せないと踏んだのだ。七体のゴブリン達は率先して門番に近寄る。小ゴブリンはしばらく様子を眺めた後、ベルフィアに背中を軽く押された。一瞬振り返ったが、ポテポテついていった。
「なんだ、あの小さいのと仲良くなってたのか?」
「まぁノ。同じゴブリンに迫害されとルみタいじゃし、可哀想じゃから見てやっとル」
ベルフィアにもそんな感情があったのかと思ったが、牙でガリッといかれても怖いので、発言は控えて、心に仕舞った。
「おっ!見て、中に入っていくわ」
ミーシャは敷地内に入っていくゴブリン達を見て嬉しそうに伝えた。ラルフもベルフィアもこれで中に入れると思った矢先、門番は門を閉じた。
「は?」
何をしているのか分からず、思わず目を擦るが門は閉ざされ、門番のゴブリン達は体に合ったこん棒を持って、利き手とは違う方の手に弾ませている。こっちに来るならぶっ叩くという牽制行為だろう。しばらくその様子を眺めていたが、一向に変わる様子はない。
「どうなっとル?なぜ奴らは入れて、妾達には威嚇すルノじゃ?」
もしかしたら先に上の連中に事情を説明しにここで待たせている可能性が浮かぶが、その可能性は極めて低いと察する。この様子はつまり……。
「……利用するだけ利用された可能性があるな……」
「え?……っと、どういうこと?」
ミーシャが聞き返す。
「つまり、俺らは単なる護衛としてタダ働きさせられたって事だ」
そうとしか思えなかった。それを聞くなり憤慨するベルフィア。
「なんじゃと!?何ノ為に引き受けタと思う?!今回ノ首謀者に関すル情報ノ取得じゃろうが!!」
顔に血管が浮くほどの苛立ち。
「落ち着けベルフィア!あくまで可能性だ。まだそうと決まった訳じゃ……」
「いや!こノ状況を見れば一目瞭然!というヨりそれ以外がしっくり来んワ!」
手がビキビキと音をたてて蠢いている。殺意という感情を絵に描いたような動きだ。
「こうなっタら、彼奴らに思い知らせて……」
と言った所で、何かに気づいたように元来た道を見ている。「ん?」となって振り向くと、そこには三人の人が立っていた。ラルフはその中の一人に見覚えがある。
「ザガリガ!生きていたのか!?」
彼は丘でラルフに良くしてくれた例のホブゴブリンであり、一宿一飯の恩がある。
「ラルフ?ココデ、ナニヲ、シテイル?」
「……なんだザガリガさんの知り合いか」
金髪で赤バンダナをした若い男が身につけた剣の柄から手を離した。すぐ近くには赤髪の如何にもな魔女の姿をした若い女性が、とんがり帽子を持ち上げてのんびりした目でこちらを見ていた。ベルフィアは金髪の男に対し、敵対心剥き出しでギロリと睨み付けている。ミーシャは腕を組んで、その二人を観察していた。ラルフは見知った顔を見るなり、遠慮なく距離を詰める。
「よう、心配したんだぜ?丘に行ったら建物はメチャクチャで、住民は殺されて……何人かは助けたんだけど、一体何があったんだ?……っと、この人たちは?」
ようやく余裕の出来たラルフは一緒にいるヒューマンの存在に気付いて紹介を促す。というフリをする。勿論ザガリガを心配しての行いだが、ザガリガを出汁に危険人物か見極めようと近付いたに過ぎない。
「失礼。俺はブレイド。こっちはアルル。魔獣に襲われていたのを助けて、ついでにここまで送ったんだ」
ザガリガはその通りだと言った顔で頷く。悪い奴では無さそうだ。そして、警戒していたのはラルフたちだけではない。ブレイド達もまた、警戒していた。
「貴方達も助けたというが、そのゴブリン達はどこに?影も形も見えないようだけど……」
「先に門を潜って行っちまったよ。俺たちが来たのは情報の取得の為ってのももあったんだが……待ちぼうけで、どうも願いは叶いそうにない……」
ここでザカリガに会えたのは予期せぬ偶然であり、そして幸運だった。
「ザガリガ……知り合いの好で、誰に襲われたのか教えてくれないか?頼むよ」
その問いに対し、ザガリガは快く承諾した。