第七話 避難場所
ラルフたちはせっかく雨風を凌げると踏んでこの地を訪れたのだが、誰かの襲撃でそれがおじゃんとなり、テントを設営する事にした。ゴブリンたちの遺体を埋葬するのに時間がかかり今日はひとまずここで寝る事になる。そこに小ゴブリンがやってきて、ラルフの手を引っ張った。
「ん?なんだ?」
宮殿の方角を指差し、あっちに行こうと言っているみたいだ。しかし前述の通り、既に日が落ち掛け今から行くとなると、暗い夜道を進む事になる。
「今日はもう無理だから、明日行こう。な?」
小ゴブリンに視線を合わせて伝える。小ゴブリンはラルフから手を離し、ゴブリンに近付く。ゴブリンに「ウィーウィー」言ってるとゴブリン達は頷いてラルフに近寄り、やはり宮殿の方角を指さして移動を促してくる。
「今すぐ行きたいみたいだね」
ラルフは頭を掻きながらどうするか考える。
「暗い夜道で、しかも森の中とくれば危険な事くらい分かりそうなもんだけどなぁ……」
ベルフィアはニヤニヤ笑いながらラルフに近寄る。この顔をした時のベルフィアは碌な事を言わない。
「ええんじゃないか?そちが送ルって言いだしタんじゃぞ?わがままくらい聞いてやっては如何かノぅ?」
(そら来た……)してやったりの顔で、犬歯を覗かせて笑っている。ラルフはため息を吐いて頷く。
「分かったよ……とりあえず、気の済むまで歩いて疲れたらそこで休憩を取ろう」
ラルフは一応ライトを取り出しておく。ゴブリン達にとってこの辺りは庭みたいなモノだろうから、目を瞑っていても歩けるだろうがラルフはそうは行かない。だが、簡単にはライトを点ける事は出来ない。この辺りは森の中という事もあり基本暗い。明かりを点ければ、魔獣を呼び寄せる可能性があるからだ。無駄な戦闘を避ける意味でも緊急の時、またはどうしても必要な時に点けようと心に誓う。
小ゴブリンが先導してゴブリンがついていき、その後ろをラルフ達がついていくようになる。歩幅の少ない小ゴブリンはマイペースに歩くが、それは単なる渋滞の元だ。見かねたゴブリンの一人が小ゴブリンを背におぶり誘導をお願いしてさっさと進んで行く。先程より早く進んだ先に家を見つけた。
「ん?こんな所に家が……」
建築方法からしてゴブリンのものだと確信する。ゴブリンたちは洞窟生活の名残からか、竪穴式住居を採用している。住むと決めた所に住む人数に合わせた穴を掘って、窪めたその場所に複数の柱を立てて、梁や垂木をつなぎあわせて家の形を構成する。そこに、木々や藁で作った屋根をかぶせて覆う。こう言ってはなんだが原始的な家を建てる。そしてそこには一家族分の家が建っていたのだ。
「なるほど!ここならゴブリンたちの寝床を確保出来る。この日の為の緊急避難場所というわけか。ゴブリンも考えたものだな」
ミーシャは感心して私見が出る。それを聞いてラルフも納得する。確かにあのままならゴブリンたちは野ざらしになってしまう。万が一また襲撃があれば、やられる可能性もある事を考慮に入れてなかった。正しい行動として、襲撃された側は移動するか高い壁を築かないと次の襲撃に耐えられない。ラルフたちより襲われた当の本人たちの方が危険回避能力が高い。
「しかしミーシャ様。ここ以外に家があるヨうに見えませんが……万が一ノ避難場ならもっと大きく作ルか、何軒も作らねば意味がないヨうな気も……」
ベルフィアも私見を挟むが、それを無視してゴブリン達は中に入っていく。八人全員が入った所で、ラルフ達も中を覗く。そこは足の踏み場が無い程、ぎゅうぎゅうに押し込められたような状態だった。
「中が狭いな……俺たちは外でテントだな」
ミーシャはちょっと期待していたようで、がっかりしていた。ゴブリンたちはウホウホ言いながらお腹を強調している。ご飯を小ゴブリンに要求しているようだ。小ゴブリンはしょんぼりした顔で申し訳なさそうに下を向いた。その動作からご飯がない事に気付くゴブリン達。呆れたような顔で小ゴブリンを見ている。
小ゴブリンは自分の食事をその日に自分の分だけ獲るので食べられない日もあり、貯蓄もない。そんな事を知らないゴブリン達は避難の目を向けて小ゴブリンを責めている。雨風を凌げるだけでは満足しなかったようだ。
「待て待て。俺たちは食事を持ってる。これをやるから食べろ」
ラルフは鞄から昼の残りを取り出し、自分たちの分を抜いた八人分の食事を出す。ベルフィアはその様子にイラっとする。
「おどれ、ミーシャ様ノ食事を勝手に……」
「まぁまぁ、私たちの分はあるし、そう目くじらをたてなくったっていいよ。テント建てよう」
ミーシャはベルフィアの裾を持って引っ張る。その行動に苛立ちはスッカリなくなる。むしろ少し喜んでいるくらいだ。ラルフも家から出てミーシャに近寄る。
「ごめんなミーシャ……なんかいたたまれなくて……」
「今後はそちノ鞄に入れない様にせねばな。勝手にいろいろされては困ル」
散々な言い様だが、今回はラルフのわがまま全開なので言い返す事は出来ない。
「私も思う所はあるけど、どうしようもない事に何かケチつけるなんて意味ないし、今後考えて行けばどうとでもなるよ。これも経験だね」
「流石ですミーシャ様。妾はまだまだ未熟でございましタ。精進いタします」
ラルフはその寛容な心に感謝しつつ、テントを設営していつもの様に寝床を確保する。リクスターの身を半分こして食事を済ます。ちょっと早いが就寝の準備を整えて床に就く。ベルフィアはいつもの様に寝ずの番だ。ラルフは何度か交代制を申し出たが、信用していないのか交代する気は全くなく、ミーシャの抱き枕を務めるのみだった。
(正直きついんだよなぁ……)
ミーシャの抱き枕に徹するのは別に構わないが、ミーシャは魔王という所を除けば普通の女の子だ。ハッキリ言って生殺しもいい所だ。一度男としての性欲をスッキリさせたいが、その暇を与えられない。それを誰かに相談したいが、万が一ベルフィアがラルフの性欲の事を知れば、蔑んだ後で去勢される恐れまであるので我慢している。気持ちを抑えつつミーシャに抱きしめられ、無を取得した後、徐々に意識を飛ばした。
ベルフィアが外に立ち、辺りを見渡していると小ゴブリンが外に出ていた。(排泄か?)と思って放っておくが、小ゴブリンは家に入ろうとしない。入り口傍で外側に向いて座り込み、外敵の侵入を防いでいるかのような体勢だ。ラルフが中のゴブリン達は女だと言っていたのを思い出す。守る為に寝ずの番を買って出るとは見上げた奴だと感心する。
実際はそうではない。女ゴブリンに追い出されたのだ。小ゴブリンは男であり、婚姻関係のない男女が一緒になるのは非常識という屁理屈をこの緊急時にも関わらず振りかざし、自分の家から叩き出された。その上体力に自信のない小ゴブリンを蔑み、自分たちの方が強い為、力を付けるという名目でリクスターの身も食べさせてもらえなかった。
普段は特に嫌ってはいないゴブリン達だが、役立たずと一緒にいるとどうしても非難や批判、差別が横行するものだ。ホブゴブリンはなまじ頭が回るのでこの状況を常に感じ、ゴブリン社会から抹殺したいほど嫌っている。その気持ちが頭の悪いゴブリン達もやっと分かった。というより、勝手にムクムクと湧き出たのだ。誰より仲間を思い、仲間の為に尽力した小ゴブリンの努力など、成果の前にはごみクズ同然。もはや追い出されるくらいは優しいのだ。殺されないだけましと言う事だ。腕力の無い小ゴブリンにこの理屈を覆す手はなく、我慢を強要される。空腹には多少なり慣れている小ゴブリンはこの要求を受け入れ、外にご飯を探しに行ったが見つける事は出来なかった。
途方に暮れた小ゴブリンは家の外で座るしかやる事がなかったのだ。グゥゥゥ……。今日はいつもより動いたせいで久々にお腹が鳴る。でもどうしようもないのでただ座る。
「ノぅ、そち」
ベルフィアが声をかける。小ゴブリンがベルフィアを見ると、こっちに来いと手招きをしている。全く逆らう事なくぽてぽて歩いて近寄る。
「腹が減っておルノか?」
お腹を押さえて頷く小ゴブリン。
「中々食いしん坊な奴じゃノぅ。ほれ、こいつを食うか?」
ベルフィアは缶詰を取り出す。ラルフの鞄から缶詰をくすねていた。その物体を見た小ゴブリンは何なのか分からず、首を傾げて食べられる物かを判断する。
「こノままじゃ食えんぞ」
ベルフィアは缶詰を缶切りなしで爪でグリグリ開けていく。爪を入れた時のプシッという音と共に匂いが漂う。魚の煮物を入れた缶で既に調理済みの為、美味しい匂いが鼻をくすぐる。
「ウィー」
手を伸ばして食べ物を請う小ゴブリン。
「焦ルな。すぐやルからノ」
完全に開け切って、蓋を取ってやる。多分残せば手を切るだろうと思ったからだ。開けた魚缶を掌に乗せると、感動したのか小ゴブリンはジッと見つめた後、指ですくって少しずつ食べていく。じっくり味わう様に。
「美味いか?」
「ウィ!」
「そうかそうか。美味いか。ヨぉ噛んで食えヨ」
小ゴブリンは至福の時を手に入れた。こんなにも美味しいご飯を食べたのは生まれて初めてだったからだ。二人は並んで寝ずの番をする。途中、小ゴブリンは寝てしまうが、その顔は幸せそうだった。