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第六話 ブレイドとアルル

 ブレイドはホブゴブリンと小屋に入るとすぐに朝ごはんの支度の為、火をおこす。かまどに薪を投げ込み、着火道具で木屑に火をつける。魔道具はこんな山奥でも一丁前に存在し、さも当然のように使い、竹の筒で息を吹き、火を大きくしていく。原始的な方法と、魔法の組み合わせで素早く調理を開始する。

 小麦粉を練って寝かしていたタネを冷蔵室から取り出し、フライパンの上に乗っけて釣り鐘型の蓋で閉じて、蒸す。時折、蓋をとってタネをひっくり返したりして多少の焦げ目をつける。きつね色に焼き上がったのを見て皿に移し、パンみたいな主食の出来上がり。次にまたフライパンを温め、長期保存用の干し肉と最近手に入れた貴重な卵を使用し、俗に言うハムエッグを作る。卵は新鮮さが命。遠出するのに残していては腐ってしまう可能性がある。多少、もったいない気もするが、食べられなくなるより百倍いい。

 すぐ側の畑で栽培している野菜類を添えて朝食の完成だ。既にテーブルについているホブゴブリンの前に朝ごはんを差し出して食べるよう促す。ホブゴブリンは頷いて食べ始めた。余程腹が減ってたのか、その食いっぷりは気持ちが良い程だ。


「アルル、朝ごはん出来てるぞ。冷めない内に食えよなー」


 小屋は二人分のベッドが奥にそれぞれ隅に並び、片方は掛け布団が盛り上がって人がいると教えている。一見、狭そうな小屋だが、よく見ると奥行きが大分あり、思ったより広い。二人住む分には申し分ないとも言える。

 多少時間も経ち、日が照り始めた頃。盛り上がったベッドがモゾモゾ動き出す。顔を覗かせたのは赤髪の女性だった。


「ふぁ……おはよ~……その人誰?」


「ゴブリンの丘から来たホブゴブリンだ」


 ホブゴブリンは軽く会釈する。人の見た目など良く分からないが、この前来たラルフとかいう人間と比べれば若いブレイドが生活感あふれるこの小屋と、この女性といる事を考慮すると、既に身を固めひっそり暮らしていたと察する。そんな幸せな家庭にお邪魔していたのかと少々驚いていた。


「オレノ、ナハ、”ザガリガ”」


「ああ、すまない。ザガリガさんだそうだ。訳あってゴブリン宮殿まで送り届ける事になった。アルルも支度しろ」


 しばらくボーと眺めていたが、もうひと欠伸した後肌着とパンツ丸出しでベッドから出てきた。全体的にむっちりした体形で、特に胸がでかい。肌着を押しのけんばかりだ。その魅力満点の豊満ボディを一応大事なとこだけ隠して、その他は気にも留めず歩き回る。ブレイドの方が恥ずかしくなって顔が赤くなる。


「ちょ……お前さ……その恰好……お客さんの前でみっともないぞ?少しは隠す事をだな……」


「何赤くなってんの?言いじゃん別に、ここは私の家だし。ご飯食べたらすぐ着るから」


 ブレイドはザガリガに助けを求めるように視線を向ける。視線を向けられた所で、客であるザガリガが何かを言えるわけではない。


「キニスルナ。オレハ、ベツニ、カマワ、ナイゾ?シュウチシン、ナド、ウチノ、オンナ、ドモモ、モッテナイ、カラナ。スッパダカデ、アルク、ナド、アタリマエ、クライダ」


 それは果たしてフォローと言えるのか分からないし根本が変わらない上、良いとは決して言えないが、それで諦めるしかこの問答を収める方法はない。アルルはザガリガに笑顔で返礼する。その笑顔を見てザガリガも不格好な笑顔を見せる。食べ終わって一息つくと、お湯が出てきた。よく見ると茶色く濁っていて、良い香りが漂う。


「ナンダ?コレハ?」


 初めて見るものに興味津々なザガリガ。


「お茶だよ。俺の畑で採った自家製の奴。気分が落ち着くから飲んでくれ」


 良く働く男だ。さっきから見ていれば、目の端に映っては何かをし、その都度風景が変わる。お茶が出てきたのもその一環で、これはそっちあれはあっちとずっと片付けている。食べ終わった皿もさっと持って行き、流しで蓄えた水で洗ったかと思うと水切り場において次の行動をしている。布巾で手を拭いた後、小物入れをゴソゴソ、アルルと呼んだ女性の髪を櫛で溶かしたり、タンスから女性ものの服を取り出したり、自分もその傍ら着替えを行ったりと忙しない。

 そこでブレイドが着ている服を脱いだ時、引き締まった筋肉が顕わになった。木こりだし、切った木を持ち運ぶなら当然だと思えるが、戦士を知るゴブリン一族の目は誤魔化す事が出来ない。


「キコリ、トイッテ、イタガ…センシ、ダッタカ……ドウリデ、サキノ、マジュウモ、カンタンニ……」


「俺は木こりだ。ただ単に……戦わなくちゃこの山で生きられないだけだよ」


 あくまで自然に適用したと言い張るが、これはいつか戦う為に鍛えている男の体だった。何と戦う為か定かではないが、危険なほどに筋肉を鍛え上げてその強さを身に纏う。ザガリガは食い下がるほど馬鹿ではないが、勘ぐってしまうのも仕方がない。何せつい昨夜、ヒューマンに襲われたのだ。さっきまであった親切も優しさも、彼の中で吹き飛ぶ程に体が震える。そう考えるが、頼る当てがないのも事実。機嫌を損ねない様に、キングの下に安全に運んでもらわなくてはいけない。


「……キングハ、シャレイヲ、ダスト、オモウ。オレハ、ナニモ、モッテ、イナイガ、ゼッタイニ、ソンハ、サセナイ」


 ブレイドは上着を羽織ると、ザガリガに振り向く。


「心配するな。俺のは単なる親切心。長居するつもりはないし、ただ危ないから送る。それだけだから、謝礼なんて思ってもないよ」


「えぇ~、ここを空けるんだから、謝礼の一つ貰いましょうよ~。割に合わないじゃん」


 アルルは口の周りに自家製ソースをべったりつけて駄々を捏ねている。見かねたブレイドはすすっと近寄って布で口周りを拭い、流しで洗う。良く絞って布掛け用の棒にかけると


「お前はいいから服を着ろ」


 と、一喝。アルルはしょんぼりして自分のベッドに置かれた服を身にまとい、あられもない姿から一気に肌を隠す。出ているのは手の先と顔だけ、一見すると魔女のような見た目に変化する。


「おいで、アスロン」


 ペットを呼ぶような軽い感じで何かに語り掛けるとアルルのベッドの下からにゅるっと刃物が顔を出した。刃物の真ん中には大きな赤い水晶がはめ込まれ、それがまるで目のように見える。小動物のように辺りを見渡すと、蛇のようににょろにょろとベッドの下から這い出てきた。


「コ……コレハ……?」


「こいつは魔法使いでね。あれはいわば魔法増幅の為の杖の役割だってさ。生きた魔道具、魔槍”マギーアインス”。アスロンって呼んでる」


「まるでペットだよな」と一笑に付すが、ザガリガには信じられない光景だった。何せ、見た事も聞いた事もない。


 この小屋の周りだけやたら平和なのも、この女が関わっている為ではないかと思った。ここだけ現実から隔離された別の空間ではと深読みしてしまう程に頭がこんがらがった。何にせよ、この二人と一本がついてくるなら無事に宮殿につけると確信が持てる。普段ならこんなに気持ちが悪くなる空間は一秒でも早く離れたいが、丘以上の安全地帯だと思うと、今だけここ以上に落ち着ける所もない。ザガリガは改めて二人に向き直り、


「キュウデン、マデノ、ケイゴヲ、タノム!」


 と言って頭を下げた。ブレイドとアルルは顔を見合わせて、気恥ずかしそうに頬を掻いた。


「ああ、任せろ。無事に送り届けてやる」

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