第五話 元凶
「貴殿ら……何をしでかしたか分かっているのか?」
森王は四人の昨夜の行動に忌避感と疑問を感じ、とにかく非難していた。そこには比較的若い男女が五人座っている。非難されているのは散歩と称して里から出た男性三人と女性一人だ。残る一人は大人しくして外に出なかった理解ある人物である。その中で一際イキったリーダー風の男がおもむろに立ち上がる。
「おいおい、王様。何のために俺らをこんな辺鄙な異世界に呼び出したんだよ?世界平和の為だろ?」
テーブルの上に置いていた果物を一つ取ってそれをボールのように指の上で回す。絶妙なバランス感覚だ。ここに来る前はスポーツマンだった可能性がある。
「違う。貴殿らを呼んだのは、あくまでも特定の個人の抹殺だ。戦争に絡めとは一言も申しておらん」
「何言ってんだよ。ゴブリンは害悪だろ?全世界の常識だ。それに力を使う事で、自分の力と強さが分かった。経験値ってやつだよ。そうだよなぁ?」
他の連中はへらへらしながら頷いている。それを確認した後、自分も合わせてニヤニヤ笑い果物を一齧りして傲慢さを引き立たせる。
「この世界のゴブリンは貴殿らの世界とは違う。ゴブリンの丘は人類側に傾倒していた。戦争に直接加担していないが友好人種だ」
それを聞いて流石にまずいと思ったのか、イキり野郎は黙って果物を頬張る。
「……丘の住民は全部殺したのか?」
「あ?どうだったかなぁ……」
助けを求めるように振り向く。視線が合った仲間は考える素振りを見せる。
「多分としか言えないっすわ。大体は殺したし、家屋も全部ぶっ壊した。助かってたら奇跡っすわ」
「そうそう、死んだってば。そんな目くじらを立てなくたって良くない?」
女は足を組み替えて挑発する。
「全部、殺したのか?」
「……だから多分って言ってるっしょ?耳悪い?」
森王はため息を吐いて呆れを外に出す。
「貴殿らの主観なんていらない。今後、考えて行動しないなら下手に敵を作る事になるぞ?」
イキり野郎は果物を握りつぶす。りんごの様な赤い果物は果実と果汁が飛び散った。
「それは脅しかい?」
「脅しに聞こえたのなら正常だ。案外、脳ミソはあるようだな……」
「ああ!?」
森王に詰め寄る。部下たちは斜め後ろでハルバートを構える。後ろで見ていた他三人が腰をあげようと足に力が入る。イキり野郎は右手の人差し指を一本、顔の横に掲げる。その指先に小さな火が点る。
「ここでやるか?俺たちはいいぜ?」
一触即発。今にもぶつかるかと思われたその時。
「……もういい……」
中性的な人物が、ポツリと声を出す。姿形にそぐわず高音で男か女か分からない。それこそ中性的な声だった。
「あ?」
「……何も分からない現状、味方を増やすのが最重要だ。周りがみんな敵じゃ八方塞がりになって動けなくなるぞ……」
常に冷静に対処しているからこそここで口を出した。思えば、彼らと一緒に転世させられた時、慌てふためいていた彼らが落ち着きを取り戻したのはこいつのおかげだったと森王は思う。
「なんだよ……久々に声出したかと思えばエルフの味方か?同じ世界出身だろうが!この裏切り者が!」
「何度も言わせるな。敵対するにしても状況の把握が急務だ。それが嫌なら、ここから出ていく事だな」
右も左も分からないのに、己の力だけで立つには基盤がなさすぎる。基礎を固めてから徐々に立つのが賢いやり方だ。
「ちっ!分かったよ!じゃどうすりゃいいんだ?今からあそこに行って確認すりゃいいのか?生き残りは殺しゃいいんだろ?殺しゃぁよ!」
イキり野郎は舌打ちをした後、不貞腐れて喚きだした。
「いや、ともかく当分は里からの出入りを禁止する。悪いが君たちは軟禁状態だ。この国の中でも移動の際は報告をするんだ。勝手をすれば、今後の処置を検討させてもらう」
「勝手だな。連れてきといて……」
奥でボソリと奥手男子が呟く。
「話は以上だ」
その言葉を無視して話を切り、部屋から出ていく。部下たちは部屋の入り口前に移動し、”守護者”の見張りに立った。
「ねぇ、何でおっ始めないの?ゴブリンは軽くのしたじゃん。ここだってちょっと捻れば私たちに楯突かないでしょ?」
イキりは黙ってギャルを見る。頭では同調しているが中性野郎の意見が口を閉ざすに至った。奥手が声を出す。
「僕らに何か出来るって事は分かったけど、それだけじゃ制圧は難しいかもしれないよ。現実世界じゃ手に入れられなかった能力。でも過信は慢心の元だし、この人が言ったようにこの世界を理解してからの方が……」
「何ゴチャゴチャ言ってんすか?うっさいんで黙ってくれないっすか?」
見るからにイキりの腰巾着は空気を読んで、イキりとギャルの味方につく。
「……当然このままじゃ終わらねぇよ……元の世界に帰る方法とか、探してぇし一生暮らすにしろルールがあるだろ?そいつが見つかるまでは我慢してやるよ」
イキりは不遜に机に足をのせて中性を睨む。
「お前も協力しろよな。今後、一人で行動するのは俺が絶対許さねぇから……よう、聞いてんのか?」
中性は腕を組んで目を閉じている。返事をする気など無い。
「ほら、返事しろって。協調性皆無っすか?」
「……黙れ。お前たちのとばっちりを私が受けたんだ。少しは反省していろ」
全くオブラートに包まずハッキリという中性。しかし、事実をありのまま突き刺すので結局言い負かされる。何せここに来て唯一ケチが付いていないのは中性だけだ。
そして自分たちの能力は把握したが中性の能力だけ分からない。万が一自分たちより強い場合、敵対すれば怪我では済まないかもしれない。最早、中性には言葉を掛ける事はなく、昨夜の成果や果物の味についてなど、四人で他愛もない会話をし始める。
「そういえば、あの巫女さんにはもう会えないんすかね?」
「あのエロい姉ちゃんか?そりゃ顔はいいけどもうちょっと出るとこ出てほしいよな」
「男子ってすぐそれだよね。まぁ、でも確かにやせ型のモデル体型って感じ?凄い綺麗だもん。エルフって太らないのかな?どの人も同じで……。正直、すっごく羨ましい……」
「綺麗だったよねー……」
「どいつもこいつも病人みてぇな体だぜ?蹴ったら折れちまいそうだよなぁ」
と、遠慮するでもなく大声で騒いでいる。見張りはムカッとしながらも不動の姿勢で耐える。何せ巫女が呼び出した守護者だ。エルフ族の平和の為に、その身は礎としなければ。昨夜はゴブリンに対し、優勢で戦ったと聞く。現在のゴブリンは一昔前のひ弱な奴と違ってかなり強いと聞いていただけに、守護者たちの力は破格のものであると推測する。無傷で帰ってきてる事からも期待して良い。
(森王は慎重すぎる。それだけ強いなら戦ってはいけない奴をピックアップし、野に放てば良いのだ。守護者はその為の者だ。そうすればかなりの結果が出せる)
こう考えるのは、エルフ族以外を下に見ている旧世代の老害達。ここにいる騎士も同様だが森王以外の政府高官は全て前時代的価値観と言って差し支えない。今は黙って我慢するのみだ。世界が救われるその時まで……。