プロローグ
暗くジメジメした森の、沼地を越えた先にその場所はあった。
ゴブリンの丘。小鬼族が住まうこの丘は、ゴブリン一族の誇る最高の鍛冶場がある事で有名な丘である。ここにいるゴブリン達は鍛冶をする為に体が変化し、どの個体も優れた肉体を有していた。ここ以外にも別の場所に移り住んだゴブリン達がいる為、餓鬼のように腹だけ出た小人亜人は今ではほとんど淘汰され、強い種だけが残った。
昔は中型魔獣にすら勝てず、洞窟に住んでいたゴブリン達は、今では表に出て逆に狩る側に回ったくらいだ。人類はこの戦力をどこかで使えないか、戦場に引っぱり出せないか利用の時を常に考えている。この日は一週間に一度、この丘の男達が集合し一斉に鍛冶場で武器を作る。一番人気は剣だが、中には斧や槍、メイスやハンマーに至る様々な武器を、作りたい様に作るゴブリン達もいる。
獣のように吠えながら、鋳造技術で力を合わせ力任せにハンマーで打ち付けたり、力任せに研いで鋭利な武器を作る。身振り手振りで命令したり、ウホウホ言いながら意思疎通している。ここだけは変わらず原始人のような振る舞いだ。
「サァ!ハタラケ!!ドンドンウッテ、ドンドンツクレ!!」
監督官のホブゴブリンは彼らと違い言葉を発する。言葉は解するものの、喋れないゴブリンたちは唸り声でその言葉に答える。武器が山になって出来上がるが、どれも稚拙でまるで子供の工作の様な歪な武器ばかりが詰み上がる。武器の体すら成さないものは監督官が見つけ次第、突き返す。それをまた熱で溶かして鋳型に流し、力任せに作る。何組も何組も大勢で大量に作る為、見逃される稚拙な武器は多い。
監督官はいつでも見れるわけではない為、稚拙なものばかりで、多くの山を作った。どれもこれも売り物にならない。それでもこの中に必ず一本だけ、最高にしてドワーフすら憧れる武器が紛れ込む。一年に調子のいい時では三十本。悪い時では十数本出てくる。その武器は人の国で高値で売れる。ゴブリンの国家予算はその武器が捻出しているといって過言ではない。
監督官は今回は出ないだろうと判断する。気合だけはいっちょ前だが、技術というものがまるで感じられない。毎週毎週、何故か出てくるあの武器が一体誰の手によって作られているのか不思議でならなかった。ゴブリンたちは筋肉ばかりが育った猪戦士。自分が操らなければ作戦などないも同じ。
ゴブリンキングに何度もせっつかれる自分の身にもなれと、ゴブリン達を睨む。朝から始まって昼休憩をはさみ、夜まで続く。既に暗くなった屋外を確認し、監督官は甲高い指笛を吹いて作業を止める。
「ソコマデダ!キョウノ、サギョウ、オワリ!カエッテ、シッカリ、ヤスメ!」
ゴブリン達は何となく作った武器を途中だろうが何だろうが、山に投げおいて鍛冶場を後にする。皆が出て行ったのを見計らって、屑鉄の山をかき分けて高品質の武器を探す。
全く期待していなかったが、なんと一本あった。何故か時折出てくる武器は剣である。監督官はホッとして剣をそっと取る。
「コレデ、キングニ、ホウコク、デキル」
キングは丘から二、三日離れた場所に宮殿を建てていてそこで暮らしている。この監督官が月に一度、献上の為に敷地内に入る事を許される。もし回収出来ない日が続けば懲罰の対象にされてしまうので素直に嬉しかった。
前に担当していた監督官が不甲斐ないばかりに処刑されたのは有名な話だ。彼に仕事が回ってから何とか五年半続けている。それもこれも何故か出てくるこの剣様々である。その上、今回は前回の鍛冶の日を合わせて二本。夕食会に参加できるかもしれない。
明日の朝に出立する為、準備を整えようと外に出ると小さな影がチョロチョロと動き回っていた。その影に気づいた監督官はスッと近寄り、その影を難なく捕まえる。
「ウィー!」
影は突然掴まれた事に驚いて声を上げた。それはゴブリンの中でも一際小さく、手足も細く、腹が出た由緒あるゴブリンだ。額に一本生えた小さな角がゴブリンの証。目が真ん丸で、出っ歯のマスコットの様な出で立ちである。このゴブリンはこの丘の恥であり、出がらしだ。既に親はなく、一人丘から離れた沼地で孤独に住んでいる。腕力も敏捷性もなく、見ればネズミの様な小動物を追いかけていたようで、皆が帰った後も今日の晩御飯の為に追いかけ回していたようだった。それを見て、この程度の事も出来ないのかと呆れて心の底から馬鹿にした。当て付けにネズミが何処かに行ったのを確認した後、小ゴブリンを下ろして監督官はため息混じりに言い放つ。
「トットト、カエレ、メザワリダ」
それだけ言うとさっさと帰路についてしまった。ネズミの見失った先をじっと見つめるが、逃げた獲物が帰ってくるはずもない。小ゴブリンはご飯を諦めて自分も帰路につく。ポテポテ一時間歩いて帰る。ポツンと建った一軒家を目指して。途中にある沼地で蟹らしき生物を捕まえ、家につくと火をくべる。
一応火は使えるので、鍋に水を張り、手で土を払った蟹をそのまま放り込む。ぐつぐつ煮え立つとスプーンを持って出汁を確認する。もしこれを人が啜れば、泥臭くて食えたものではないだろう。が、彼には関係ない。食べ物を得られただけでも喜ばしい事だからだ。普段木の実くらいしか食べられない彼には今日のご飯はご馳走だった。煮たった泥スープと蟹を食べて、藁を敷いた寝袋に包まる。
週に一度の鍛冶の日にしか丘に入る事のない彼は、また一週間、動きの遅いご飯と木の実を探す。他のゴブリンは特にこの小ゴブリンを嫌ってはいないのだが、監督官のホブゴブリンが蛇蝎の如く嫌っている。
何も出来ない奴は死ね。嫌なら寄り付くな。と、思われているせいだ。小ゴブリンは嫌われている事が分かるから敢えて近寄らない。いつか同族と一緒に暮らせる日を夢見て眠りにつく。生まれてからずっと夢見てきた丘の家。家族みんなで移住したかったが、両親に先立たれてとうとう叶わなかった。言葉を解するが、言葉を話せない彼はこんな時、どんな言葉があるのか考える。その答えが出る事なく眠りについた。彼が眠りについた頃、丘の近くの木々の上に人間らしき人影が降り立つ。
「ここが、ゴブリンの住む場所か……」
「やっぱファンタジーと言えばゴブリン狩りだよねー♪チョー楽しみ~」
「だよな、おれらの経験値。いただきだぜ!」
「どうする?とりあえず全滅?ゲームの世界じゃないから無限湧きしないよな……ってことは、早い者勝ちかぁ……自信無いなぁ……」
不穏な事を会話する四人の人影。彼らの言う危険な言葉が真実味を帯びるのはこの数分後だった。