エピローグ
「虫どもをこの世界に入れるな!!一匹残らず皆殺しにしろ!!」
黄泉が吠える。ベルゼバルの死後、統率を失った虫魔人たちは元の世界に帰るものとこちら側に逃げようとするもので別れた。ラルフが急に穴を閉じることを恐れての行動だったが、次元の穴を通らないものは魔王たちに殺されていったので、生き残ることだけを考えたら次元の穴が閉じないことを祈りながら通るしかなかった。
そうして行く内に静けさを取り戻す。こちらに入りかけた虫魔人の全てを駆逐し、次元の穴は邪魔な存在がないスッキリとして綺麗な正円を描いていた。
ラルフはミーシャを伴って戦艦の上に戻ってきた。というよりラルフは元々そこに居たので、ミーシャを連れて次元の穴から顔を出したというのが近いかもしれないが、そんなことは些細なことだ。
「劇的な始まりって奴?」
ラルフのドヤ顔はこれからの旅に勇気と希望をもたらす。ラルフに頼もしさを感じることがあるなど誰が予想しようか。
「調子に乗ルな。妾達ノ旅はこれからだというに、これほどノ歓迎を受けタとあっては今後ノ旅が不安でならんワ」
ベルフィアは相変わらず異を唱える。しかしこれが彼女だ。
「まぁまぁ、あっちの支配者さんがここで倒れたのよぉ?もうそこまで警戒することもないんじゃなぁい?」
エレノアは楽観的に見ているが、勝利の余韻に浸ることなくロングマンが口を出した。
「甘いな。あれが言ったことを鵜呑みにするのは考えなしも良いところだ。ラルフ如きに敗れた以上、それほど強い手合いではなかったのやもしれんぞ?」
「如き、だと?ラルフさんだから何とか出来たとは思わないのか?」
ロングマンの言葉に反発するブレイド。冷ややかな目を向けつつ鼻で笑う。
「若いな」
そういうと踵を返して戦艦内部に戻っていった。その背中を睨んでいたブレイドだったが、頭に柔らかいものを押し付けられて一歩吹き飛ばされた。慌てて振り向くとジニオンが仁王立ちでそこに居た。
「はっ!簡単に背後を取られてんじゃねぇよ。ロングマンが言いたかったのは要するに油断大敵ってこった」
後頭部に感じたのが豊満な胸だと分かり、ブレイドは顔を赤くしながらバツが悪そうに唇を尖らせた。それを見ていたアルルも同様に唇を尖らせる。ジニオンは揶揄い甲斐のある奴らだと内心楽しみながらラルフに顔を向ける。
「よぉ大将!俺たち全然体を動かせてねぇぞ?!今度は地上で戦わせろ!俺たちを飽きさせねぇようにな!」
血の気の多い連中は今回の戦いに参加出来なかったフラストレーションをどこで発散させるのか。戦艦内で暴れられては面倒なので、ジニオンの言う通りどこぞで戦わせるのが良いだろう。しかし率先して戦場に赴くような行為はしたくない。今後の旅の課題が一つ見えた。
「今回はムサシの試運転も兼ねての戦闘だったからな、次回はそういう戦いになれるように祈ってるさ。……ありがとなブレイド。いつも感謝してるぜ」
ブレイドの肩をポンっと叩いて双方笑い合う。それを歩は羨ましそうに見ていた。
「ちょっと、どうしたの?」
アンノウンはその目を見て不思議そうに尋ねた。
「あ、いや。何となく良いなって……」
「別に羨ましがることもないでしょ?あなただってちゃんと活躍してるんだし」
「それはそうなんだけど、何て言うのかな……信頼関係が出来ているって言うか。親友とかってああ言う感じなのかなって思っちゃって……」
元よりコミュニケーションに難があった歩は友達が居なかった。その辺りをようやく克服出来た頃には次の目標が無意識に出来上がっていたようだ。
「はぁ?そんなのなっちゃえば良くない?」
その会話を聞いていた美咲が口を挟む。元より人との会話が苦ではない彼女にこの手の相談は向いていない。
「そうだな。どうせ長い旅になるんだ。もっと気さくに話しに行けよ」
正孝も歩の背中を押す。それが引き金となったのか、歩は意を決したように顔を上げる。
「……分かった。僕ももっと自信を持ってみるよ」
歩はブレイドの元へと歩く。運命共同体となった異世界からの迷い人たちは四人で一つのチームのような雰囲気を漂わせている。五人全員で帰ることが出来れば最高だったのだろうが、茂はこの世にはもう居ない。せめて自分たちだけでも無事に帰るのだと、茂の死を各々胸に秘めている。
そんな四人をジュリアは遠くで見守る。アンノウンと比較的仲の良かったジュリアは自ら一歩引いた位置で見ている。きっと普通に会話してくるだろうし、今後も関わってくれるだろう。けど何処かで別れがやってくる。その時に彼女は自分の道を行くのだ。
「達観していますねジュリアさん。哀愁が漂ってますよ?」
優しい微笑みで甲板の隅にいたジュリアにイーファが声を掛けた。一瞬顔が強張ったが、警戒すべき相手ではないと表情を崩す。
「チョットダケ疎外感ヲ感ジチャッタセイネ。魔獣人ハアタシ一人ダシサ……」
「そう悲観することはないですよ。私たち姉妹も妖魔です。同じ魔族同士です。もっと仲良くしましょうよ」
「ン、アリガト。オ近付キノ印ニ忠告シトク。ラルフ ハ諦メタ方ガ良イヨ。ミーシャ様ニ殺サレタクナカッタラネ」
「ちょっ……そんないきなり……ふぅ、大丈夫です。私にはあまり魅力を感じないようなのでとっくに諦めてますよ」
「ソウ?ソンナ事言ッテ隙ヲ狙ッテルンデショ?……手伝エル事アッタラ言ッテネ。面白ソウダシ」
「……なるほど。その時は是非宜しくお願いします」
イーファはジュリアとガッチリ手を繋いだ。そこにメラたちデュラハン姉妹の面々が合流し、やいのやいのと楽しそうに会話を始めた。
「……ふんっ……誰も彼ものほほんとしていますね。全くお笑いです」
それぞれがこの旅のために最適な場所を見つける中、イミーナがポツリと呟く。それを黒影は見逃さない。
「神経が図太いのでしょうな。こうでなければ新しいことは生まれませんよ。特に次元を越えて旅をするなど前代未聞。仲間意識を育てるのはある意味当然ではないでしょうか?」
ちょっとした愚痴りだったが、それを拾われ且つ正論だった時の返しほど鬱陶しいものはない。特に仲間意識というのにピクリと来た。
「私は血の契約を結ばされているのでミーシャに反対は出来ませんが、多次元なんて行きたくありませんからね?絶対この首輪を解いて見せますから……」
「アンチ魔法ですか?あまり感心しませんね。私は常に見張っていますよ」
イミーナは嫌な奴に目をつけられたと辟易する。これ以上ボロを出さないように閉口し、そそくさと部屋に戻る。
クゥゥゥッ
聞き覚えのある音が鳴り響いた。かなり久しく聞かなかったミーシャの腹の虫だ。
「うん……そういや腹が減ったな。ブレイド、すぐ飯にしてくれ」
「はいっ!」
ブレイドは急いで厨房に走る。ミーシャは顔を赤らめながらプイッと顔を背けた。
「恥ずかしがることはないだろ?俺とお前の仲なんだからさ」
「恥ずかしいものは恥ずかしいの!でも……何か嬉しい……」
ラルフの袖を指で摘む。いじらしい反応に思わず顔がほころんだ。
「鼻の下を伸ばしてるなよラルフ」
ズラッと並ぶ魔王たちにラルフは手を挙げた。
「おっとそうだった、悪い悪い。長いようで短い付き合いだったけど、ここでお別れだな」
ちょんっとハットの鍔を摘んで挨拶を交わす。
「清々するわ」
「もう戻ってくるなよ」
「……元気で……」
各々の別れの挨拶は簡単なものだったが、言葉以上に今回の活躍がラルフたちへの旅を祝福している。ラルフにはそれだけで満足だった。
「それじゃあ、生きてたらまた会おうぜ」
「いや、だからもう戻ってくるなって……ふっ、何でもない。またな」
鉄は最後の言葉を訂正し、その場を離れた。魔王たちが並んで船を見送る背後で神々がうっすらとその姿を現した。ラルフは見送りに来てくれた神々に答え、草臥れたハットを取ってお辞儀をした。一応誠意を見せた形だ。
『みんなで旅が出来るのですね。すごく楽しみです』
「ウィー!!」
いつの間にそこに居たのか、サトリがウィーを胸に抱き、ウッキウキの笑顔で次元の穴を見ている。
「ああ、全くだ。これからどんなお宝が俺たちの前に現れるのかワクワクが止まらねぇよ。トレジャーハンターの血が騒ぐってもんだ!」
超次元戦艦ムサシは次元の穴に飛び込んだ。
イイルクオンと未知の世界への穴はその後瞬時に閉じられ、一先ずはある種の平穏が訪れる。
『……今だけはこの平和を噛み締めようよ。ね?』
アシュタロトの言葉に神々は聖域へと帰っていった。
ラルフ一行の活躍により世界の均衡は崩れた。この世界はまた再建が必要となる。
人族と魔族は互いが互いの良し悪しを認め、譲り合い、次の段階へと静かに上がる。
裏では密かにマクマインの企みが画策されているものの、世間はそれを知る由も無い。
新たな戦いは目の前に迫っている──。
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
今後も作品を投稿していきますのでご期待ください。




