第四十六話 打ち合わせ
ヲルト大陸を後にして四日。ラルフは同じ面子を引き連れて黄泉の元へと直行した。
玉座の間に直通の入口を開いた折、一行が目にしたのは円卓の魔王たちだった。
第四魔王”竜胆”、第十魔王”白絶”、第十二魔王”鉄”。現ヲルトの支配者である第三魔王”黄泉”はもちろんのこと、離反した魔王であるミーシャやエレノア、そしてイミーナ。第六魔王”灰燼”を取り込んだベルフィアを含め、全ての魔王がヲルトに集結した。
「四日の猶予……何をするのかと思えば魔王の招集?よく集まったねぇ」
エレノアは目を丸くする。歴代の黒の円卓でもここまで集まった事例を見ることは稀である。エレノアが知っている中で集まりが良かったのは、ミーシャが初めて円卓入りした時と、つい最近第一魔王”黒雲”(エレノア)を追放しようとしていた時くらいだ。
「それだけこの問題が重要ってことよ、エレノア」
第四魔王”竜胆”と呼ばれるティアマトは腰に手を当てて顎を上げる。見下ろすような姿勢だが、これは単なる癖だ。
白絶は人形のように無表情でチラリとラルフたちを見ている。鉄は腕を組んでただ佇む。
黄泉がまとめ役として口を開く。
「これは魔族全体のことであると受け取った。現魔王の招集は必要であると悟ったのだ。……さぁ役者は揃った。ラルフ、詳細な説明をしろ」
*
多次元への旅。
これを言われても一体何を言っているのか分からない話だろうが、ラルフの特異能力で全て合点が行く。
「いや、やっぱり分からないわ。何を言ってるの?」
「おいおい……だから俺が次元の壁を開いて別次元に行くって言ってんの。その時に別次元から何かが溢れ出る可能性があるんだよ。こっちもそれなりに対処するけど、もし漏れ出たらごめんってこと」
ラルフはティアマトの理解力に難色を示したが、いきなり多次元だの何だの言われて混乱しない方がどうかしている。現にティアマトはまだ納得がいってない。
「……黄泉の勘が当たったな。これは我らも対応せねば不味い。別次元から面倒な侵略者が現れれば魔族の存続も危ぶまれる」
鉄は自分のすべきことを見つけ、組んだ腕を解く。
「……確かに……この件……僕たちにも関わりがある……でも解せないな……この件……人族にも関わりがあるのでは……?」
白絶は冷ややかに呟いた。
「白絶の意見は一理ある。でも人族は魔族に比べれば弱い。呼ぶだけ無駄になるだろ?」
「……魔断……あれなら……僕たちにも勝てるかも……?」
白の騎士団最強の男、魔断のゼアル。神の力を授かり、人智を超えた。魔族が束になって掛かって行っても勝ち目がないほど強くなった。魔王を相手にしても遜色なく戦えるどころか討伐してしまうことだろう。
「ふざけるな。人族なんぞに力を借りるつもりはない。ここは俺たちの大陸だ。足を踏み入れさせるなど有り得ん」
黄泉は身を乗り出して否定する。それに便乗する形でラルフも首を振った。
「せっかくの提案に水をさして悪いが、魔断の所在は不明だ。今から探すとなると時間が掛かり過ぎる。つまりは……却下だ」
ラルフは両手を上げてひょうきんに答える。白絶はふんっと鼻で笑った。その会話を聞いていたミーシャは手を振りながら素っ気なく口を出す。
「私たちの船は一応凄いらしいから人をかませるなんて無駄なことだよ。飽くまでもすり抜けた奴を何とかしてくれるだけで良いから」
「全くそノ通りでございますミーシャ様。……しかしそなタら、何というか素直じゃな。どういう風ノ吹き回しじゃ?」
ベルフィアの疑問に黄泉は苦々しい顔をする。その顔を見たイミーナはフッとバカにしたように笑った。
「ミーシャが怖いのでしょう?ミーシャと別次元から漏れ出た何かを天秤にかけて私たちの手助けをすることにした。まぁミーシャを相手にするくらいならそっちの方が生き残れるといったところですか。そうでしょう?」
口元を手で隠しながら馬鹿にする。魔王と認められた連中の中で間違いなく戦闘能力の一番低いイミーナに馬鹿にされるのは憤怒が湧き上がる。だが図星なので反論はない。ベルフィアもこれには納得だ。
「何はどうあれ殊勝な心掛けじゃ。自領を守ル為にも気張ルが良い」
「そういう言い方はダメよぉ協力してくれるんだからぁ。ねぇ?」
踏ん反り返るベルフィアにエレノアが注意する。ベルフィアも蜘蛛の巣を払うように手を振りながらエレノアに答えた。
「ベルフィア。反省しろ」
「はっ!申し訳ございません!……エレノア。妾を許してくれ」
ミーシャに絶対服従のベルフィアはエレノアに目一杯頭を下げる。相手が歴代の魔王の中でも上澄みに位置するエレノアにさえ不遜な態度を取るが、ミーシャには1mmも逆らうつもりがない。エレノアもそんなベルフィアに追い打ちをかけることなく「気にしないでぇ」と声をかけた。
「イミーナも。失礼でしょ」
イミーナは頭を会釈程度に下げた。ラルフは謝ったのを確認し、黄泉たちを見渡した。
「これで手打ちにしろっつーのは酷かもしれねぇけど、よろしく頼むぜ。それじゃ俺たちは船に乗り込む。あとは任せる」
これ以上は不毛であると悟ったラルフは無理矢理にでも終わらせ、全員を引き連れて船に戻っていった。
「勝手すぎるだろ……」
困惑する黄泉。鉄はそんな黄泉を慰めるように口を開く。
「脅威が自ら去る分には良いのではないだろうか?」
「そうよ!あいつらが居るってだけで、いつ襲ってくるかとヒヤヒヤしちゃうからこれで良かったのよ。いつまでも頂点面で話しかけられるのにはうんざりしてたのよ!」
ティアマトは肩を怒らせ、頭から蒸気でも出そうな勢いで憤慨している。とはいえまだ思考が出来ているのは、ラルフたちがここから離れたことで溜飲が下がったとも言える。
「……もう良い?……それじゃあ……用意しよう……」
白絶の言葉に三柱は無言で首を縦に振って肯定する。
何よりまずはこれを成し遂げることだと覚悟を決め、魔王たちは最後の戦いに立ち上がった。
これで文字通り世界が変わる。




