第四十三話 観測者
『次元を渡る……これが推奨される日が来ようとはな……』
あどけない男の子が超次元戦艦ムサシの艦橋の上で立っている。吹き荒ぶ風が彼の服を棚引かせるが、体は微動だにしていない。簡単にバランスを崩してしまいそうな華奢な体とは思えない不思議な光景に奇妙な感覚を覚えることだろう。
天の神ネレイド。
神々の中でも異彩を放つ彼は地の神ミネルバといつも行動を共にしている。
件のミネルバはネレイドの隣で猫のような四つ足の小動物として地上に顕現し、これまた風に煽られることなく呑気に欠伸をしている。
『あれぇ?ネレイドも話を聞いて来たの?』
背後から聞こえた声にネレイドはフッと微笑する。
『そうだ。聞かされた当初は困惑したものだが、こうしてラルフたちを見ればそれも有りかと気持ちを入れ替えたところだ。サトリの作った怪物、異世界人、魔王、吸血鬼、半人半魔、そしてラルフ。この突出した戦力を補う魔法使いと戦士たち。極め付けはこの船。あれらにこの世界は狭すぎる』
『だよねぇ』
スッと隣に座って足をプラプラさせているのはアシュタロト。ミネルバはチラッと彼女を見た後丸まって寝始めた。その背中を撫でながらアシュタロトは目を瞑る。
『あっという間だったねぇ』
『うむ、 吾らは何をしていたのだろうな……』
藤堂 源之助の開けた次元の穴。そこから侵入した魔族の群れ。神々は創造物を守るために次元の穴を塞ぎ、もう二度と開けられないように守護獣を生み出して封鎖した。神の力のほとんどを注ぎ込んで生まれた守護獣は立派に務めを果たした。
藤堂も封印して力が半分以上使えなくなった神々は、事故だと言える魔族の侵略に対応しようと動き出す。人族に比べて強すぎる勢力と力の喪失で神の半数以上がやる気を失くしてしまい、多数決で放って置くことが決まった。
この時に出来た色々な約束事を頑なに信奉するアトムやエレクトラたちと、自由奔放なサトリやアシュタロトたちで対立が起き、過半数が休眠状態に入ることで千年という時が過ぎたのだ。
ネレイドの言葉は、もっと早くに介入していればここまで拗れずに済んだのかもしれないという終わったことを蒸し返す意見だった。
『いいんじゃない?別に僕らだって万能ってわけじゃないんだからさ。成るようにしか成らないってのが僕の率直な意見さ』
『私もそう思う』
急に現れた男性を肩越しで確認するネレイドとアシュタロト。
『バルカンさぁ。急に話しかけられるとビックリしちゃうじゃんか』
『すまない。驚かせるつもりなかったのだが……』
『冗談冗談、全然驚いてないよ。けどやっぱりそうだよね。単なる巻き込まれただけのヒューマンがさ、世界を変えちゃったんだよねぇ……』
アシュタロトが視線を落とすと甲板ではしゃぐ草臥れたハットの男が視界に入った。仲間たちも揃って馬鹿騒ぎをしている。
『何でもなかったただのヒューマン。サトリに見初められたのもミーシャを助けたから。そう、ただ運が良かっただけ……』
『私はそうは思わない』
バルカンはいつになくハキハキとものを喋る。
『私は最初奴を殺そうと思った。とはいえ背後からいきなりというのも気が引けてな。とりあえずどんな男なのかを知ってからと思い、話しかけたのだ……』
『ふっ、当てようか?思ったよりも面白い奴だったのだろう?』
バルカンはネレイドの言葉に大きく頷いた。
『ああ、殺す気が薄れるほどにな。ヒューマンが全員あんな奴だとは思っていない。運が良かったというだけでは片付けられない何かが奴にはあったのだ』
しみじみと語るバルカン。呆れたようにアシュタロトは肩を竦めた。
『それさぁ、バルカンとの相性が良かっただけでしょ?あ、悪い意味で捉えないでよ?僕は良い意味で使ってるから』
茶化すように口を開いたアシュタロトにバルカンはブフッと吹き出した。
『ん?何?』
『……いや、何処かで聞いたことがあると思ってな。案外君もあの男と相性が良いのかもしれんな』
『やめてよ小っ恥ずかしい。彼にはサトリがいるんだから僕なんて不要だよ』
『ええ、まさにアシュタロトの言う通りです』
これまた唐突に現れた美女。これには先ほどと違って皆目を丸くする。
『ふふっ、何ですか?皆さんがここに居るのは気配で分かりますよ。ラルフたちの門出を見物に来られたのでしょうか?』
『ああ、まぁね。てかずっとあの二人から離れない奴がいきなり現れたら驚きもするでしょうよ』
アシュタロトは両手を上げて『やれやれ』と首を振った。
『それほどですか?……そういえば他の方々がいらっしゃらないようですが、どうかしました?』
『其も白々しいな。本気で戦い、結果敗れたのだぞ?吾がもし何処かで手を出していればここには居なかっただろうな』
ネレイドは腕を組んでため息をついた。
『そうですか?こんな機会二度とないと思いますが……』
サトリはもったいないと言わんばかりに肩を竦めた。その様子にバルカンはずいっと前のめりに質問する。
『まさか君も行くのかい?箱庭の外へ……』
『ええ、そうです。良かったらどうです?楽しい旅になるんじゃないでしょうか?』
サトリの勧誘に苦笑する面々。
『……でしょうね。せっかくですし彼らと一緒に楽しみませんか?もうすぐお別れなのですから少しくらい』
サトリの提案に無視を決め込む面々。その反応はサトリにとって心を読むまでもなく当然の反応であるといえた。これに対する言葉は以下の通りである。
『……でしょうね』
サトリは思わず苦笑した。