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第三十二話 探求

 町を出たのはそれからすぐだった。森王との通信にはエルフの二人と公爵、団長を加えた四人で行い。連絡に要した時間は僅かにニ十分足らずだった。それもそのはずで”古代種(エンシェンツ)”が関係していると思っていたが、結局のところ”(みなごろし)”が中心となって災いを起こしていた事を知り、ハンターたちの早期帰還を要請した為である。

 到着した途端にとんぼ返りだ。早く帰られるのは嬉しいが、拍子抜けにもほどがある。なんせ来た意味などほぼ無いからだ。

 気になったのは森王の深刻な顔だった。この世の終わりを悲観するような、そんな深刻さ。グレースはそんな事を思いつつ、ふとアルパザから北に位置する森の奥に、不気味な城を見つける。


「あれは?」


「あれはドラキュラ城。伝説の怪物、吸血鬼の住んでいたっていう噂の城さ」


 近くにいた騎士、バクスが反応する。


「吸血鬼の……」


 ハンターは先の連絡の際、その種族名が出た事を思い出す。本当に住んでいた事には驚きだった。


「死体の方が衝撃が大きかったから見逃してたわ。お城って目立つし、結構大きいのに不思議ね」


「そういうものだよ。景観と死体じゃ見るものが違うし、感情面に訴えられたらどうしようも……。まぁ、印象があるモノの方がどうしても目立って、大きな物さえ見逃してしまうのは、普通の事だね」


 ハンターはグレースとの会話を楽しむ。それを尻目に騎士たちは地走蜥蜴に向かって歩いていく。置いて行かれない様に、ハンターは駆け足でついていこうとするが、グレースは立ち止まって城を見ている。それに気づいたハンターも振り返ってグレースに呼びかける。


「グレース?」


「そうよ……印象が強いものが目立っちゃってる。”(みなごろし)”が全部悪いの?魔族の数が多いけど、人間(ヒューマン)はそこまで死んでいない。それは何故なの?」


 グレースは自問自答し始めた。それを聞いたハンターはそれに参加する。


「それは単に裏切り者の方を優先しただけじゃないかと推測出来るね。人間(ヒューマン)に興味がなかった……とかさ、あり得るんじゃない?」


 グレースがハンターに向き直る。


「興味がないなら何で殺すの?」


「さあね。……敵だから?」


「だとするなら名前に偽りありね。この実力なら人は逃げられない。それこそ町が静かになってなきゃおかしいでしょ?ほら、見てよ」


 グレースは町を指差す。壊れた壁を修復している大工と手伝う守衛が時に、笑いあいながら直していた。生き残ったのは戦ったからではない。ただ、悪夢が過ぎ去るのを身を潜めてやり過ごしただけの町民だ。勇敢な守り手は人柱となって、墓地に眠っている。


「ああして今も生き延びてる人達と死んでしまった人達は何が違うの?」


「うーん……町を守る為に立ち向かったのが死に直結したとしか……勿論、立派な事だけど相手が悪すぎただけと思うしかないよ」


 魔王は例外なく破格の強さを持つもので、それこそ一般人では歯が立たない。赤ん坊と大差無いほどに蹂躙されるだろう。


「つまり向かってくる奴は容赦しないけど来ないなら見逃すのね。聞いた情報と違うわ……」


 ハンターはグレースが何を言いたいのか考える。噂は所詮、噂でしかなかったと割り切って疑問符で、言葉遊びをしているのか?噂にある情報との不一致が、違和感となって疑問になり、理由と原因を探っているのか?根拠の無い違和感に噂を並べて、唯々、整合性を取ろうとしているのか?

 その全てに該当しそうだが、あえて選ぶと理由と原因を考えているのではないかと思った。グレースは学者なので、理由や根拠を重視する。それが”(みなごろし)”とどう関係するのかさておき。


「そもそも、あの連絡に違和感があったのよ。公爵と団長が口裏を揃えているかのような……”(みなごろし)”をこの世の敵にしたいような口ぶりだった。ウチらが喋ったのはほんの一言二言。死体の多い少ないの数くらいじゃない?」


「魔王は敵だよ。こと”(みなごろし)”に至っては最悪のね。君が論より証拠を重視するなら、数々の虐殺を蔑ろにしてまで話すはずないよね?多い少ないで言っても人の死体は十数人だけど魔族側の死体は百じゃ利かないし……」


 ハンターの言葉にムッとする。確かに学者だし、論よりも証拠を重視してきた。戦場を駆けてきた戦士だからこそ生きる事に対してのありがたさや実感。死に対する悲しみと想いを持っているのだろうが、学者だからこその反論がある。


「あんたは思わなかったの?これだけの力を持つ魔王が町の破壊をしないなんてどういう事なの?消滅せずに残ったのがおかしいとは思わないの?」


 それはハンターも思わなかったわけではない。


「ゼアルさんが牽制してくれたからじゃないかな?彼はそれこそ桁違いの強さだし……」


 しかし、町に白の騎士団の上位に食い込む強さを持つ魔断がいたし”銀爪”を屠った時に身体の欠損がない事からもその強さは破格と言っていい。そんな魔断を前にすれば撤退を余儀なくされたのも頷けるのではないか?


「彼がどれほど強くても、それはレベルの低い考えだと思わない?さっきウチに虐殺の歴史を根拠として提示したのに、たった一人に怖がって撤退なんてあり得る?」


「戦場ではままある話だよ。それこそ”(みなごろし)”がいい例だよね。軍事最強と謳われたイルレアンが彼の魔王を前に逃亡したのは一度の敗戦以降ずっと例外なくだし、個が軍を上回るのは、あり得ないわけじゃないよ」


 有名な兵士であればよくあるとまで豪語する。学者であるグレースは歴史や理論を根拠として議論をするが、自身も実体験は重視している。その時見た物や触ったもの、感情や感想など経験に勝るモノはないという様に、あった事や体験した事を否定する事は出来ない。


「つまり、団長を見て攻撃を中止したわけ?」


「そうでなきゃ、団長がほとんど無傷で生き残っているのがおかしいでしょ?」


 それを考えればそうだが、魔王の動きはやはり奇怪である。ハンターの考えを考慮しても、町を……守衛や騎士団を含めた話となればどうしても話は変わってくる。


「彼ら騎士団の話では、魔族の裏切りが元で、あの凄惨な現場が生まれているけど、人に危害を加えた理由にならないんじゃない?気まぐれで襲ったにしては損壊が少ないし、団長を見て撤退するにしては死体の数が多い。これは推測だけど、町の位置と死体の位置から考えて、”(みなごろし)”は町を守ろうとしたんじゃないかな」


 単なる憶測で妄想の範囲を出ないが、グレースにはその方がスッキリする。


「なんでこの町を守るの?意味が分からない。何か特別な思いとかあるっていうの?」


「とにかくこの問題は魔族内の痴話喧嘩だけじゃないわね。何かあるわ……」


 死人に口なし。団長は公爵と口裏を合わせて内々でひた隠しにしている。事の真相を知れば、消されるかもしれない。ハンターはグレースの身を案じ始めた。


「もうやめようよ。調査はなくなったんだし、君だって里に帰りたがっていたじゃないか」


「違うわハンター。始まったのよ」


 グレースはふつふつとやる気が湧いて出てきた。真相は別にある。裏切られた魔王は何故この辺鄙な町を救ったのか?公爵と団長が口裏を合わせてまで隠そうとした真実とは?


「森王が帰国するように厳命したんだよ?僕らにはそれを蹴る権限はない。とにかく帰ってその後に、もう一度来るとかしないと……」


「悠長ね。ウチに外出許可なんてこれ以降下りるわけないじゃない。今しかないのよ今しか」


 とんでもない天邪鬼である。行けと言われたら行きたくないと言い、帰れと言われたら帰りたくないと言う。権限があっても手の中から離れれば、命令を行使するのは難しい。どれ程その国や王に対して忠誠心があるかで、決まってくるようなもの。グレースは自身の探求の為なら簡単に蹴れる。外出しない為に研究に没頭していたが、理を追求するのは楽しいからやっていた。自身に運動をするだけの才がないからとも言えるが、学者として経験を積み上げた以上譲れる部分と譲れない部分がある。

 ハンターは忠誠を取るのか、恋を取るのかで板挟み状態になっていた。


「……別にあんたにまで付き合えとは言わないわ。ウチがいなくても研究は進むけど、あんたは今後の事もあるし、いないと不味い事の方が多いでしょ?」


 グレースは自己を卑下していた。どちらも次代を担う若き精鋭である事は変わりないが、その価値は違う。居なくてもいいと居ないとダメは雲泥の差だ。


「終わったら頃合いを見て帰るし、誰かに里の近くまで送ってもらう。ウチは一人でも大丈夫。……たぶん」


 胸を張って言える程、自信はないが迷惑はかけたくないのが本音だ。実際、この我儘が迷惑である事は考えてもいない。ハンターは肩を竦めるとグレースに向き直って、


「分かった、僕も付き合うよ。森王は僕が何とかする。帰りたくなったらいつでも行ってね」


 二人はこの地の滞在を決めた。公爵に直接話すのは気が引けたので、バクスに手紙を渡す事で伝えてもらう様にお願いした。


「本当に大丈夫かい?」


 横幅の広いバクスという男はここまでの道中で一番仲良くなった騎士だ。ゼアル団長に代わり、この強行軍を率いた優しき軍人。


「お世話になりました。バクスさん。ここでお別れですが、旅の無事を祈っています」


「こちらこそ!あなた方に出会えて良かった!もしイルレアン国に来る事があれば、ぜひ家にお越しください。妻共々、あなた方を歓迎いたしますので!」


 朗らかな笑顔と握手で送り出され、町に戻る二人。書状を受け取った公爵は最初こそ「意に沿わない」と憤慨したが、団長が元々町民に提示した駐屯所の件を利用し、騎士を配備して二人の動向を窺う事にした。任命された騎士、二十名くらいを残して騎士団はアルパザの地を後にした。

 二人が見るのは、紛い物の虚構か、真実の闇か。今は知る由もない。

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